37.花
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六回目のコラン先生の授業は、雨だった。
これまでは庭にあるガゼボで受けていたけれど、今日はお屋敷の中での授業になった。
ちなみにコラン先生は、平民の出だ。類稀な魔法の才能で騎士団に入り、数々の功績を挙げて、国王陛下から男爵位を授けられたのだそうだ。
「昔は今より、魔物がうじゃうじゃいたからね。功績を挙げる場が多かっただけさ。ちょっと見た目の派手な魔法を使ってやれば、大活躍したように見えるだろう? そうやって、この屋敷も手に入れてやったんだよ」
そう言って、先生は豪快に笑った。私は広げたノートに、『派手な魔法で活躍を見せつける』と書き留める。
「……あんたはちょっと、素直すぎるね」
「? そうでしょうか」
「まぁ、いい。それじゃあ今日は、水魔法の応用だ。まず、基本の魔法式をそこに書くんだよ。それから、前回やった段階的な演算式を組み込んだものを五式。最後に、あんたの得意な応用式も書き出しな」
とんでもない量を、さらりと言ってくれる。魔法式は、文字に起こすと膨大な数字の羅列になるのだ。
私は袖を捲り上げ、大きく息を吸い込んだ。
「はい……! 頑張ります!」
「あたしは向こうでお茶でも飲んでるから、終わったら呼びにおいで」
ぱたん、と扉が閉まる音がしたのと同時に、私はノートにペンを走らせた。
先生の授業は、決して優しいものではなかった。板書はなく、全て口頭で、しかも早口。聞き取れずに躓くと、厳しい叱責が飛んでくる。課される宿題も、学校とは比べものにならない。それなのに、不思議とちっとも辛くなかった。
楽しい。楽しくて仕方がない。ペンだこのできた指に力を込めながらも、胸の奥がずっとうずうずしている。
「――……タ。リタ、ストップ」
「……え?」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、いつの間に戻ってきたのか、コラン先生が渋い顔で私を見下ろしていた。
「どこまで書けたんだい?」
「あと少しで終わります」
先生はノートを取り上げると、ざっと目を通してから表紙を閉じた。
「恐ろしい集中力だね……あんた、一度も休憩してないだろう」
「はい……?」
瞬きをひとつすると、乾ききっていた目に潤いが戻る。時計を見ると、開始から三時間が経っていた。
「途中で根を上げるか、まだまだ時間が掛かると思っていたけれど……もういい。お茶を用意するから、少し休みな」
「あ、はい。ありがとうございます」
どこか呆れた様子で、先生は踵を返して部屋を出て行ってしまった。
突然手持ち無沙汰になって、ぼんやりと部屋の中を見渡す。壁際の本棚には、あらゆる魔法書が所狭しと並び、魔導具らしきものが無造作に置かれていた。いかにも魔法使いの部屋、という雰囲気だ。
そんな部屋に、不思議なほどたくさんの絵画が掛けられている。どれも油絵で、湖畔や昼寝をする猫といった写実的なものから、滲ませるように色だけを重ねた抽象的なものまで、大小様々な額縁に入れられて、壁一面に飾られていた。
芸術の良し悪しは、よくわからない。けれどその中に、目を引く一枚を見つけた。ふわふわとしたピンクの花びらの、一輪の花の絵。
「ラパンの花……」
ラパンが魔法で生み出して、私の耳に掛けてくれた花だ。魔法の花だったので、数時間後には跡形もなく消えてしまったけれど、見たことのない花だったからよく覚えている。
あの時は、ラパンが創作した花なのかと思っていた。けれど、ここに絵があるということは、実在する花だったらしい。
「気に入った絵はあったかい?」
お茶の載ったトレイを持って、先生が戻ってきた。
「全部素敵ですけど、このお花の絵が好きです。有名な画家の絵ですか?」
「有名ではあるけど、画家じゃないね」
先生はにやりと笑う。
「私の趣味さ」
「先生の? これ、全部先生がお描きになったんですか?」
「まあね。魔法の研究ばかりやっていると、時々頭が爆発しそうになる。そんな時は、無心で絵を描くことにしてるのさ」
「あ。それでは、このお花の名前は何ですか? 珍しいお花ですよね」
私が指差した絵を見て、先生は小さく鼻を鳴らした。
「その花は、あたしの頭の中にしかないよ。あたしが適当に描いた花なんだから」
……え?
「な、ない……? この花は、実在しないんですか?」
「あたしは花には詳しくないから、似たような花はあるかもしれないけどね。……なんだい、そんなに驚くことかい?」
似たような花どころではない。ラパンが出してみせたのは、まさしくこの花そのものなのだから。
「この花の絵は、これ一枚だけですか……? 描かれてから、ずっとここに飾られていますか?」
「あたしは、同じ絵は二度と描かない主義でね。それを描いたのは十年くらい前だけど、ずっとそこに掛けっぱなしさ」
これは一体、どういうことだろう。年齢を考えれば、先生がラパンだとは思えない。となれば、ラパンはこの絵を知っている人物……?
「天才は、好みまで似るもんかねぇ」
「え?」
「あんたと同じような子がいてね。魔法が好きで、魔法式を書かせたら、同じように何時間も集中して書き続けるのさ。もっとも、あたしもそのタイプだけどね」
テーブルにお茶を置きながら、先生は続ける。
「あの子も、休憩時間によくその絵を眺めていたよ」
「そ、それって……?」
心臓が痛い。痛いほど、大きく鳴っている。
「あんたも知っている子さ。彼は――」




