35.憶測とは呼べない妄想
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父の離婚から半月が過ぎた。私がアリアナの姿を見たのは、あの時が最後になった。
アリアナは結局、マクシーネと共にブロックス家の屋敷を出て行った。学校では、情報通のルフィナ様を発端に、アリアナが父の実の娘ではなかったという話が広まった。その結果、アリアナは学校も辞めた。
父とママの話もどこからか漏れて、今では世紀のラブロマンスとして令嬢たちの間で語られている。私はもう、汚らわしい不倫の末に出来た私生児ではないらしい。奇跡の愛が生んだ、悲劇の令嬢なのだそうだ。
そんな無責任な噂話が飛び交う学校はやはり居心地が悪い。だから、休日に通えることになったマルゴット・コラン先生の魔法の授業が、今の私の唯一の楽しみだった。
「なるほどねぇ……」
昨日と今日、二日連続でコラン先生の邸宅に呼ばれた私は、言われるがまま魔法のあれこれを披露した。
コラン先生は、思っていたよりも年配の女性だった。白髪の混じった栗色の髪を後頭部で纏めた、細く鋭い目が印象的な方だ。
私を上から下まで舐めるように見つめた先生は、仕事の合間に顔を出したユリウス様へ向き直った。
「確かに、魔法の素質は十分に持った子だね」
「そうでしょう」
「でも、全っっ然ダメ」
すっぱりと切り捨てられる。
「魔法式を組む速さは大したもんだよ。けど、そもそもの土台がなってない。詳しい経緯は知らないが、自己流が過ぎるんだ。順序も法則もめちゃくちゃで、妙な応用ばかり得意なくせに、このへんてこな癖のせいで基本の魔法が組めやしない。飲み水を湧かしたり水をお湯にしたりする生活魔法はできるのに、旋風すら起こせないなんて、どんな順番で勉強したらそうなるんだい」
ものすごい早口でダメ出しをされて、私もユリウス様も口を挟めず呆然と立ち尽くす。
「こんなわけのわからない子、これまで見たことがないね」
「えっと……それじゃあ私は、早くも破門……ですか?」
先生は、ただでさえ鋭い目を更に吊り上げて、私を睨みつけた。
「馬鹿言うんじゃないよ。あんたみたいな無茶苦茶で面白い人材を、そう簡単に手放すもんですか」
「なんだかよくわかりませんけど、お眼鏡にかなったみたいですね、リタ」
ぱちぱちと、ユリウス様は呑気に拍手を送ってくれた。
「まずは火地風水の基礎を固めるところからだね。その出来を見て、攻撃、補助、治癒……どの分野を伸ばしていくか考えよう。ところで、ドラクレール卿」
「はい」
「この子、一つだけ騎士団で使えそうなオリジナルの魔法を持っているよ」
「それは興味深いですね」
先生とユリウス様が、揃って私を振り返る。
「ほら、卿の腕にアレをかけてごらん」
「は、はい……では、失礼します」
右手をユリウス様に向け、魔法式を唱える。
「白鎖の封縛!」
白く輝く光の鎖が、ユリウス様の右腕に絡みついた。
「これは……」
「生半可な力じゃ、この捕縛は解けないだろう?」
ユリウス様は、いくつもの魔法を試し、腰の剣で斬ろうともしてみる。その姿が、初めてラパンを捕らえた夜を思い出させて、思わず笑みがこぼれた。
「笑いながら恐ろしい魔法を使いますね、リタ」
「あ、いえ! ごめんなさい!」
力任せに振り切ろうとしたせいで、鎖がユリウス様の腕に強く食い込んでいた。私は慌てて魔法を消失させる。
「確かに、騎士団に欲しい魔法ですね。魔法式を教えていただけますか?」
「はい。もちろ――」
「阿呆! そう易々と教えるんじゃないよ!」
快諾しかけた私に、先生の厳しい声が飛んできた。
「新しい魔法ってのは、そう簡単に生まれるもんじゃない。特に『白鎖の封縛』は高等魔法だ。きちんと魔法式の特許を取った上で、騎士団に売るんだよ」
「う、売る……?」
「売り上げの二割があたしに入るようにしてくれたら、ややこしい手続きも騎士団との交渉も、あたしがやってやろう。どうだい?」
「はあ……えぇと……?」
「生きていく上での図太さも一緒に学べる、良い先生になりそうですね」
これまでに出会ったことのないタイプで戸惑いはあるけれど、先生は私の良いところもダメなところも、きちんと評価してくれる。この二日間で、私はコラン先生のことが好きになっていた。
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馬鹿げた話かもしれないが、ラパンの正体はユリウス様なのではないか――そんなことを考えることがある。
ラパンは髪や瞳の色も、声までも魔法で変えていたから、見た目に共通点はない。けれど、話し方や魔法の腕の良さ、そして何より、この間の『最低で最高のパーティー』という発言。
考えれば考えるほど怪しく思えてくる。それでも、確証もないのに真正面から訊くことなんてできない。もし違ったら、ラパンを追う騎士様への侮辱になってしまうかもしれない。だから、ただぼんやりと、そう思っているだけだ。
たとえユリウス様がラパンだったとしても、もう一度、ラパンとして会いたい。そしてまた、屋根裏部屋でのお茶会のように、他愛ない話がしたい。ここ最近は、そればかり考えている。
「熱に浮かされたような顔して、どうした? 好きな男でもできたのか?」
唐突にそう言ったのは、エドワードだった。私は口を半分開いたまま、今の言葉を反芻する。自分でも意外なことに、すとんと腑に落ちた。
「……そうかも」
「マジで? どこの誰? 俺が知ってる奴?」
「ふふっ。内緒」
「なんだよ、ケチだな」
エドワードは茶化すように言いながらも、手は止めずに、紙袋にチョコチップクッキーとマフィンを入れて差し出した。すかさず、私の後ろに控えていた侍女が代金を支払う。
この日は、コラン先生の四回目の授業の帰りだった。商店街の一角で、孤児院のお菓子を売りに来ていたエドワードを見かけ、付き添いの侍女にお願いして買ってもらったのだ。
「すみません、ありがとうございます」
「リタお嬢様。私はお嬢様の侍女ですから、謝罪もお礼も不要ですよ」
「あ、はい。すみません……」
お父様が新しく雇い入れた侍女のレーニは、小さく笑ってまた後ろに下がった。
「もっとお貴族様らしく、威張ってみたらいいのに」
「そんなの、できっこないよ……」
ブロックス家に来てから、名ばかりの私の侍女たちには、いつも無視されてきた。レーニのように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた人は一人もいなかったので、未だに慣れない。
受け取った紙袋から、ふわりと甘い香りが立ち上る。コラン先生のところで散々頭と魔力を使ったせいで、口の中にじゅわっと唾が溢れてきた。
――あ。ちょっと待って。
エドワードの前に並んだお菓子の数々を改めて見て、はたと動きを止める。
もしかして、ラパンの正体はエドワードという可能性もあるのではないだろうか。彼なら、孤児院のお菓子をいつでも手に入れられる。パーティーの時にアリアナを警戒してくれていたのも、彼だ。
「リタ? どうかした?」
「ねぇ。エドワードって、魔法は使える?」
「はぁ? いきなり、なんだよ?」
「あ、別に深い意味とかはないんだけど――」
言い訳を続けようとした時、横から近づいてくる人影があった。
「リタじゃん?」
「レオン様」
レオン様は片手を挙げて、私の横に並んだ。
「リタもお菓子、買いに来たのか?」
「はい。通りかかったら、エドワードを見かけたので」
レオン様はいくつかお菓子を注文すると、エドワードが包む間、私の顔をじっと見下ろしてきた。
「な、何か付いてますか……?」
「エドと喋ってる時、楽しそうだったからさ。良かったなって思って。学校じゃ、居心地悪そうだったからな」
「あ……そう、ですね……」
相変わらず、レオン様は私みたいな者のことまで、ちゃんと見てくれている。優しい人だ。
……もしかしたら、ラパンはレオン様という可能性も?
出会う人全員が怪しく見えてきた。私はぶんぶんと首を振って、頭の中に蔓延る、もはや憶測とは呼べない妄想を払いのけた。
そんな私を不思議そうに見ながら、レオン様が口を開く。
「そういえばリタ、孤児院への支援を打ち切らないでほしいって、ブロックス伯爵に頼んでくれたんだって?」
「はい。その……婚約破棄に、孤児院の人たちを巻き込むのは違うと思ったので」
「正直、伯爵の支援が切られたら痛手だったから、助かった。ありがとな」
「孤児院の奴ら全員を代表して、俺からも礼を言うよ。ありがとうございます、リタ・ブロックス様」
エドワードまで、わざわざ畏まって私に頭を下げた。
「や、やめてよ! ここのお菓子を食べられなくなるのが嫌だっただけで、特別なことをしたわけじゃ……こ、今度お父様にお会いした時に、みんなが感謝してたって伝えておくね!」
何だか急に恥ずかしくなって、逃げるようにその場を離れた。
馬車へ戻りながら、思う。ユリウス様の言った通り、ブロックス家に残ったことは、間違いではなかったかもしれない。




