33.新学期
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新学期が始まった。
高等部の三年に進級したものの、そもそもクラスはひとつしかない。教室の顔ぶれは、昨年度と何も変わらなかった。
変わったのは、席だけだ。『配慮』の名目でずっとアリアナの隣だった私の席は、彼女から一番遠い、教室の端と端になっていた。
もしかしたら来ないかもしれないと思っていたアリアナは、きちんと登校してきた。半月ぶりに見る横顔は、少し痩せたようだった。
長年、学校ではアリアナの隣で彼女の顔色を窺うのが当たり前だった。だからこうして、目も合わせず口もきかない静けさが、妙に落ち着かない。クラスメイトたちも、私たちにどう接していいのかわからないのだろう。ただ遠巻きの視線だけが、肌にまとわりついてくる。
「おはよ、リタ。寮に移ったんだって?」
そんな空気をものともせず、いつもと変わらない明るい顔でレオン様が教室に入ってきた。
「お、おはようございます。数日前に……」
「寮の飯、いまいちだろ? 俺、あの豆のスープが苦手だったんだけどさ、不思議なもんで、寮を出た今は時々食べたくなるんだよなぁ」
「あ……あはは……」
あまりにもいつも通りで、強張っていた肩から少しだけ力が抜ける。
「そういや、さっき先生が抜き打ちテストやるって――」
「レ、レオン様!」
横手から、アリアナの声がした。振り向いたレオン様の目を見て、背筋がひやりとする。笑みが、跡形もなく消えていた。
「……何?」
聞いたことのない冷たい声に、アリアナの細い肩が小さく揺れる。
「あの……パーティーの日から、きちんとお話ができていなかったから……その……」
「話ならちゃんと進んでるよ。親父に婚約破棄の件は伝えた。親父も、ラパンが関与したブロックス家とは関わりたくないらしくてさ。了承してくれた」
「な……っ! 何故ですの!? ラパンが関与したと言っても、お父様は不正とは何の関わりもなかっ――」
「いや、何言ってんの? 腹違いとは言え、妹にあんな酷いことする女と誰が結婚したいんだよ。なぁ?」
レオン様は近くのクラスメイトに、同意を求めるように声を掛けた。
「あ……いや、まぁ……確かにあれは、酷すぎるよな……」
「それと、エドワードから聞いたんだけど。パーティーでリタのドレスにわざと水をぶっ掛けたんだって? 溶けるドレスだって知っててやったんだよな。すげぇ根性だよ」
「そ、それは……! 知らなかったんです!」
「知らなかったわけねぇだろ。あんな扱いされてたリタが、どうやって娼婦のドレスなんか用意できるってんだよ」
「っ!」
怖い……! あの優しいレオン様が、怒ってる……!
青ざめたアリアナが、私を睨みつけた。その視線を遮るように、レオン様が間に立つ。
「学校では、お前がリタに手を出さないよう俺たちが見張ってるからな」
レオン様が教室を見渡すと、一人、二人と頷きが広がった。
「そ、そうだぞ! 俺たちの目が黒いうちは、リタに手は出させないからな!」
「これ以上、私たちを失望させないでください、アリアナ様!」
人望の厚い侯爵家嫡男に、逆らえる者などいない。つい先日まで私を白い目で見ていた人たちが、今度はアリアナを糾弾し始める。
アリアナが助けを求めるようにルフィナ様を見た。けれどルフィナ様は、そっと目を逸らした。
私は目の前に立つ背中を見つめる。
「レオン様……」
レオン様は、私がブロックス家に来た頃からずっと変わらなかった。皆が私を汚れた私生児として遠ざける中でも、彼だけは分け隔てなく接してくれた。
だから、アリアナに対しても同じ様に接し続けるのだろうと、心のどこかで思っていた。
「歪んだ奴は嫌いなんだ。そういう人間には、相応の罰が下ればいい」
そう呟いたレオン様の背中は、どこか少し寂しげに見えた。
新学期の初日から、抜き打ちの筆記テストが行われた。国語、数学、歴史、地理、自然学――全教科一斉のテストに生徒たちはざわついたが、理由は明白だった。
「必ず、ご自身のお名前をご記入ください」
開始の合図と共にそう告げた先生は、試験が終わるまで、私とアリアナの背後から離れなかった。
震える手で自分の名前を書き込んだそのテストは、その日のうちに返却された。
「リタ・ブロックス……全教科、一位です」
教室がどよめく。一方のアリアナの成績は、聞くまでもなかった。これまでテストも宿題も、全部私に丸投げしていたのだから。
翌日は、礼儀作法とダンス、そして技能の授業だった。
もう、わざとつまずいたり間違えたりする必要はない。これまで身につけてきたものを、ただ披露するだけだ。
中でも大きく態度を変えたのは、技能の先生だった。
「リタ・ブロックス! 貴女という人は……っ!」
魔法陣も詠唱も省いた私の手の中で、明かりが煌々と輝いている。それを目にした先生は、ぼろぼろと涙を流しながら私の頭を撫でくりまわした。
「不当に抑圧されて、さぞ苦しんだことでしょう! さぁ、押さえつけられていた力を、存分に解放してみせなさい!」
「えっと……」
そう言われても、何をすればいいのだろう。
首を捻ったその時、ふと思いついた。ラパンとユリウス様が、私の前で見せてくれたあの魔法にしよう。ラパンに借りた本にも載っていたものだ。そこに少しだけ、アレンジを加えてみる。
「煌めく花々」
キラキラと輝きを纏った色とりどりの花々が、天井からふわふわと降り注いだ。
「すごい……綺麗……」
誰かの呟きが耳に届いて、思わず頬が緩む。
「素晴らしい……素晴らしいわ、リタ・ブロックス! なんて美しい魔法なんでしょう!」
「あ……あの、リタ! 私にもこの魔法を教えてくださいませ!」
「私も! 是非とも覚えたいわ!」
気付けば私の周りには、たくさんのクラスメイトが集まっていた。




