31.父との対面
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その後の記憶は、曖昧だ。私はディアナ様に付き添われて騎士団の本部へと連れて行かれ、色々な検査を受けた。背中やお腹には複数の暴行の跡が残っていて、それについてあれこれと訊かれたような気がするが、何と答えたのかよく覚えていない。
やがてどこか別の場所に移され、あのパーティーから数日、私はどこかもわからないこの部屋でぼんやりと過ごしている。食事は三食きちんと出してくれて、温かいお風呂にも入らせてくれる。夜は柔らかいベッドで眠れたけれど、心はちっとも休まらなかった。
アリアナと義母は、あれからどうなったのだろうか。騎士様に尋ねてみても、現在調査中だとしか教えてくれない。アリアナも義母も、私にひどく怒っているだろうから、屋敷に戻ったら、前よりももっと酷い毎日が待っているに違いない。
これから先のことを考えると、不安よりも恐怖だった。気持ちを紛らわせるために違うことを考えようとすると、決まってラパンのことを思い出す。
あのパーティー会場に、ラパンはいたのだろう。取り巻く環境に諦めていた私に、諦めるなと証拠を突きつけてくれた。あの日の夜のように、薄暗い屋根裏部屋から月明かりの下へと引っ張り出してくれた。
だからこれから先は、怖いけれどちゃんと自分の足で立ちたい――そう思えた。
「夜はしっかりと眠れていますか?」
何日目かの昼過ぎ、ディアナ様が部屋を訪ねてきてくれた。
「はい。色々とお気遣いくださり、ありがとうございます」
「リタ様……」
ディアナ様は大きく息を吐くと、勢いよくぱちんと両手で私の頬を挟んだ。
「んぶっ!?」
「どうしてもっと早く、あたしやユリウスに助けを求めてくれなかったんですか!? 折角リタ様とお近付きになれたのに、あたしたちはそんなにも頼りありませんでしたか!?」
「ち、違います!」
「だったら、どうして……!」
ディアナ様は手を放し、がっくりと項垂れる。
「すみません……そうですよね。長年あのような状況に置かれていれば、身動き取れなくなりますよね……」
もう一度ため息をつくと、ディアナ様は顔を上げた。
「ユリウスは、あたし以上に落ち込んでいましたよ。今もリタ様に合わせる顔がないと言って、ラパンの捜査に没頭しています」
「ラパンの……」
騎士団にとっては、私生児が冷遇されていたことよりも、そこにラパンが関与したことの方が重要だろう。
私は何度もラパンとの関係性を尋ねられたが、知らぬ存ぜぬを貫き通している。ラパンに盗まれたママのブローチは、今後万が一誰かに見つかった時に言い訳が立たないので、パーティーの前夜に窓際に置いてあったとだけ証言した。
パーティーで流れた映像の記憶石は、会場内から騎士団が回収したらしい。しかし会場に筒抜けだったアリアナの肉声の原因は、未だ解明されていないとディアナ様は言った。
「恐らくアリアナは、知らないうちにラパンに魔導具か何かを着けられていたと思うんですよね」
「魔導具、ですか」
「髪飾りやドレス、レオン・カーマイン様に捨てられたネックレスも回収して調べましたが、何も出てきませんでした」
どうやったのか不思議には思うけれど、ラパンのことだから不利になる証拠なんて残していないだろう。
ディアナ様は軽く頭を振り、改めて私の目を覗き込むようにして見た。
「伯爵が面会を希望されています。お会いになりますか? もちろん、リタ様が会いたくないと言えば会わせません」
「お父様が……」
会いたいかと問われたら、会いたくはない。だけど、これからは自分の足で立って歩くのだと、心の中でラパンに約束したばかりである。
「――会います」
簡単に身支度を済ませて、馬車に乗った。おそらく私がいた所は、事件の重要参考人などを保護する施設だったのだろう。誰にも居場所がバレないよう、何度も馬車を乗り換えてブロックス邸へ向かった。
数日ぶりに見る屋敷は、なんだかいつもより殺風景に見えた。騎士団の馬車で、騎士様の付き添いがあるにも関わらず、出迎えた使用人があまりにも少なかったからかもしれない。
「お側に控えていましょうか?」
案内された父の書斎の前で尋ねたディアナ様に、私は首を横に振る。
「では、扉の前にいます。何かあれば、必ず呼ぶと約束してください」
「ありがとうございます」
固唾を飲み込み、ドアノブに手を掛ける。ゆっくりと開く扉の向こうに、見慣れた無表情の父が立っていた。
「……」
父の前に進み出るも、父からは何の言葉もない。私も何を言えばいいかわからず、ただ床の絨毯の模様を見つめた。
やがて沈黙に耐えかねてきた頃、ようやく父が口を開く。
「……使用人の整理を行った。マクシーネとアリアナの専属侍女を筆頭に半数以上解雇したが、お前に危害を加えた者がまだこの屋敷に残っているなら、それも叩き出す故、報告しなさい」
「はい……」
「マクシーネとアリアナについては、現在一切の外出を禁じている。今後お前に接触する際は、必ず中立的な第三者を交えることを約束させた」
父の言葉は事務的で、何の温度も感じない。
「お前に関しては、学校の寮に入れるよう手配しておいた。お前が希望すれば、このまま今日にでも入寮できる」
何を言われるのだろうと――父は私に何を伝えたいのだろうと、張り詰めていた気持ちが、すっと冷めていくのを感じた。
やはり、父は父だった。あの日彼の目に私が映ったのは、一時的なものでしかなかったのだろう。不倫相手の子供など、やはり厄介者でしかないのだ。
「もう……結構です。私はこの家を出て行きます。寮にも入りません」




