30.闇夜に隠された罪を、月明かりの下へ
もしかして……?
私の脳裏にラパンの姿が過ぎった時、ふっと会場の照明が落ちた。突然訪れた薄闇に人々の騒めきが一層大きくなると同時に、会場中央に、大きな白い兎の映像が浮かび上がる。
『闇夜に隠された罪を、月明かりの下へ』
どこからともなく、ラパンの声が聞こえてくる。あの予告状と、同じ文言だ。
「ラパン……!?」
一斉に会場中の騎士団が動き出す。その他の人々は、どよめきながら兎の映像に見入っていた。私も呆然とそれを見上げていると、兎が消え、別の映像に切り替わる。
見覚えのある景色――それは、ブロックス家の食堂だった。食堂には、アリアナと義母、そして私の姿がある。
『たくさん歩いてお腹空いたんじゃない? 可哀想だから、食べてもいいわよ』
アリアナの声が響いた。映像の中の彼女は、クスクスと笑いながら自分の皿に乗っていた肉を床に投げる。
映像は続く。床に膝をついた私の頭に、ワインを溢す義母。私の髪を次はどうしようかと相談し合い、ユリウス様にいただいたハンカチを汚し、お菓子を踏み潰し、魔法書を破り捨て、そしてティーカップを割る――あの日の出来事が、映像となってパーティー会場の真ん中で上映されていく。
「やめて! 誰の仕業なの!? こんなことをして、許されると思っているの!? 早くこれを消しなさい!!」
アリアナが裏返った声で叫ぶ。その間にも、使用人になじられる私の姿や、食堂を隅々まで掃除をした日の映像、毎朝水しか用意されていない朝食の風景が流れ続けていた。
この映像の角度で、すぐにピンと来た。以前ラパンに、食堂に置くように指示された兎の置物――あれは、記憶石だったのだ。
「違う! これは……こんなの嘘よ! みんな、信じて!? 私はこんなことしてない! これは私じゃない!」
「そ、そうよ! 誰かが捏造したものに違いないわ! 騎士団の皆様、早くこの悪質な悪戯の犯人を見つけ出してくださいませ!」
けれど、表立ってアリアナと義母の味方につく者は誰もいない。人々は半信半疑の眼差しで、今の映像について囁き合っている。
「あの白い兎って……ラパンよね?」
「もしかして、ラパンが暴きたかった悪事って……?」
「でも、あのアリアナ様が? とても信じられませんわ……」
そんな中、主賓の席に着いたままだった父が立ち上がった。真っ直ぐに前を見据え、こちらへとやって来る。
こんな状況になっても、父の考えが未だ読めない。騒ぎを起こしたとして、私は今から父に打たれるのだろうか。それとも、いつものように無関心なまま帰宅を促されるだけかもしれない。
怖くなって両目をぎゅっと閉じて俯いた私の前で、父の足が止まった気配がした。誰もが父の言葉を待つように、会場全体が静まり返る。
「今の映像はなんだ」
父の声は、こんなにも低かっただろうか。私は顔を上げることができず、震える声を絞り出そうとした。
「あ……あの……」
「今の映像はなんだと訊いている! お前たちは、この子にあんな惨い仕打ちをしていたのか!? この子を家族として迎えろと言った私の言葉を忘れ、お前たちはこの子の尊厳を踏み躙り続けていたのか!?」
「ひっ……!」
義母の小さな悲鳴が聞こえた。
「ち、違うわ、カルロス! 作り物よ! 今の映像は、誰かが作った物よ!」
「あれは本物だ。朝食の席、私はずっと書類ばかり見ていた。目の前にいるこの子に朝食が運ばれていないことにも気付いていなかった私は、紛れもなく本物だ」
肩に父の手が乗せられ、私は恐る恐る顔を上げた。
「リタ……申し訳ない……!」
見たことのない父の顔だった。怒っているような、それでいて泣きそうな顔。私は初めて、父の目に映る私の姿を見た気がした。
「お父様!? 私は――」
「黙れ! 続きは屋敷に戻ってからだ!」
アリアナを叱責した父の元に、ユリウス様が静かにやって来る。
「ブロックス伯爵。今の映像が事実だとすれば、我々も介入せざるを得ません。リタを一時的に保護します。マクシーネ夫人からも聴取させていただきたいのですが」
「……協力します」
「あなた!? 私は嫌よ! 何も悪いことなどしていないわ! ちょっと、触らないで! 私は伯爵夫人よ!? やめなさい!」
「お母様!」
騎士様に手を拘束され、義母が会場の外へ連れ出されていく。それを追いかけようとしたアリアナを、レオン様が引き留めた。
「レオン様……わた、私……違うんですの。これは本当に、きっとラパンが」
「アリアナ」
レオン様の手が、アリアナの頬に触れる。その手はゆっくりと首元へ移り、彼女のネックレスを外した。
「レオン様……?」
「残念だ、アリアナ。お前みたいな奴とは結婚できねぇよ」
レオン様は、ネックレスを近くにいたエドワードのトレイのグラスの中に投げ入れた。
「……うそ……い、嫌……嫌よ! レオン様!? これは何かの間違い……リタ! あんた、早く説明しなさいよ! あんたが全部やったんでしょ!? 私たちへの復讐のつもり!? 今すぐ土下座して、全部私がやりましたって謝りなさいよ! 小汚いあんたがブロックス家にいられるのは、私のお陰なんだから!」
アリアナはもう、自分が何を言っているのか分かっていないのだろう。半狂乱になって、皆んなの前で私を罵り続ける。
「いい加減にしろ!」
父が動いた。乾いた音を立て、父の手がアリアナの白い頬を打つ。
「お……父様……」
「怪盗に暴かれて困るようなことは、何一つないと思っていた。だが、身内の闇を……自分の不甲斐なさを、こんな形で知ることになるとはな。パーティーをぶち壊してしまって、本当に申し訳ない」
父は会場全体に向けて、長く、深々と頭を下げた。それから嫌がるアリアナの手を無理やり引いて、会場を後にした。




