03.技能の授業
――一限目の授業は『技能』である。私たちは剣技・魔法のどちらかを選択することができる。
一般的にこの国の貴族は、男性は剣技を、女性は魔法を嗜みとして身につける。とは言え魔法は生まれ持った魔力の有無、性質、量が各人異なる上、魔法理論は複雑で、魔法式は数学よりも遥かに難解だ。
貴族令嬢に求められる魔法は、せいぜい明かりを灯す、小さな傷を癒す程度の簡単なものに留まる。
「リタ・ブロックス! 貴女は何度間違いを指摘すれば直るのですか!?」
魔法指南担当の先生からの鋭い叱責が飛び、私は虚空に描いていた魔法陣を霧散させた。
「魔法陣の火の図形が違っています! 今のは水の図形ですよ!」
「ごめんなさい」
「それに、魔力を集めるのは指先! 足先に集めてどうするの!?」
「ごめんなさい」
「一年間、毎回同じ注意を繰り返すのはもう沢山です! やる気がないのなら、今からでも剣技に移りなさい!」
「ごめんなさい」
私は機械のように同じ謝罪を繰り返した。授業の度に同じ失敗を見せられたら、そりゃあヒステリックにもなるだろう。
「……あ! 先生! ご覧くださいませ、明かりが灯りましたわ!」
「アリアナ・ブロックス! 素晴らしいわ! 苦労しましたが、ようやく明かりを出せるようになりましたね!」
先生はアリアナの爪先に宿った、蛍のように小さな明かりを認め、盛大に褒めちぎった。
良かったね、アリアナ。ようやく一つ、魔法を習得できたね。
私まで嬉しくなって、彼女の耳元で囁く。
「アリアナ、おめでとう。じゃあ私ももう――」
「は? あんたは魔法は使えないって設定でしょ?」
……あう。やっぱり、ダメなの?
私が明かりを灯す魔法を覚えたのは、十歳の頃だ。たまたま屋敷で基礎魔法の本を見つけ、試しにやってみたら出来てしまった。
けれどアリアナは、私に魔法を使うことを禁じた。理由は単純。自分よりも優れたものを、私が一つでも持つのが許せないからだ。
だから私は、学校ではずっと落ちこぼれを演じている。
魔法だけではない。宿題は提出してはいけないし、授業で挙手をしてもいけない。定期テストでは、アリアナは私の名前を書いて赤点を取り、私はアリアナの名前を書いて満点を取る。礼儀作法や舞踏の授業でも同じだった。
そして学校でのアリアナは、私がボロを出さないように、『お世話係』の顔をしてずっと横に張り付いているのだ。
「少しでも約束を破ったら――『アレ』、捨てるからね」
「ご……ごめん。約束は、ちゃんと守るよ」
私の胸がきゅっと小さく痛んだ時、剣技を選択した男性陣たちの方から何やら賑やかな歓声が上がった。
我に返ってそちらに目を向けると、レオン様と剣技指南の先生が、互いに木剣を構えて激しい打ち合いを繰り広げているところだった。
……すごいなぁ、レオン様。先生は手加減している様子はないのに、互角に渡り合っている。
横目でアリアナの様子を見てみると、予想通り目がハートマークになっていた。
本当にレオン様のことが好きなんだね、アリアナは。結婚したら、少しはこの性格が丸くなるといいんだけどなぁ。
「よしっ、そこまで! 腕を上げたな、レオン」
「あざ……っした!」
「お前は本当に……将来は領主より、騎士団の方が性に合うんじゃないか?」
「ははっ。親父にもよく言われます」
先生から受け取ったタオルで汗を拭いながら、レオン様は爽やかに笑った。
「レオン様が騎士……それもそれで大いにアリですわ!」
隣でアリアナが鼻息荒く頷いている。
この国で騎士になるということは、大いなる誉れとされる。特に才を見込まれて騎士団から直々にお達しが来ることもあり、それはこの国最高の栄誉と言われていた。
レオン様は剣技が得意なようだし、決して夢物語ではないはずだ。
「騎士団かぁ……」
いいなぁ、と少しだけレオン様を羨ましく思う。
騎士団に入れるかもしれないから、ではない。将来の明るい展望が見えていること自体が、羨ましい。
私はこの先、どうなるのだろう。少なくとも、明るい未来などではないことだけは確かだ。
仕事人間の父はきっと、私を政略結婚の道具として使うだろう。アリアナも結局は同じことだが、彼女の場合は義母が相手を吟味し、人脈を駆使し、あちこちに根回しをしてレオン様という最高の相手を選び出した。恐らく私の時は、ブロックス家に益をもたらす者の中から、最低最悪の人格者を選び抜いてくれるに違いない。
そんな結婚をするくらいなら、私は外に出て働きたい。騎士団なんて贅沢は言わないから、せめて朝食にパンが食べられる程度のお金を自分の手で稼ぎたい。少しだけ欲を言えば、お花屋さんになりたい。
……ま、それこそ夢物語なんだけど。




