28.ダンスの時間
エドワードのトレイからグラスを一つ貰って、喉を潤す。今のところ綺麗なドレスを着て、美味しいご飯も食べられて、最高のパーティーだ。
「この間は大変だったみたいだな。その……ラパンの予告状」
「あ、うん。お騒がせしちゃって、ごめんね」
「……」
エドワードは少し躊躇うように口をつぐんだが、やがて意を決したように言った。
「ラパンは、悪い奴じゃない」
「うん」
「悪人からしか盗まないし、怪我人も出してない」
「そうだね」
エドワードの視線は、会場正面の主賓席に向けられていた。父と義母が到着し、先生たちと挨拶を交わしている。
「お父様がどんな仕事をしているのか、私は詳しくは知らないけど……あの不正には関わっていないと思うよ」
「……俺は、ラパンを信じてるから」
「エドワード……」
あの事故で親を亡くした子供の悲しみを、彼は間近で見てきたはずだ。きっと、不正に関わった人たちへの怒りも人一倍強いのだろう。
掛ける言葉が見つからず口籠もっていると、楽団の音楽が一際大きく鳴り響いた。ダンスの始まりを告げる合図だ。
「踊らないの?」
「私は、この隙にデザートを食べるわ」
パートナーと手を取り合い、中央へ集まっていく生徒たちを眺めながら、私は一口サイズのケーキをお皿に集めていく。エドワードは奇妙なものを見る目で私を一瞥すると、仕事に戻っていった。
優雅な音楽に乗せて、色とりどりのドレスが揺れる。その中でも、アリアナとレオン様は一際目を引いた。
アリアナは綺麗だ。これからも、彼女は光の中で笑って生きていくのだろう。レオン様を見つめ、見つめられ、幸せの中に身を投じていくのだろう。
手を取り合って踊る二人を見ていると、ひどく惨めな気持ちが込み上げてきて、私は食べることに意識を集中させた。
やがて一曲目のダンスが終わった。ちらりと主賓席を見遣ると、無表情な父の隣で、義母は満面の笑みで愛娘に大きな拍手を送っていた。
「どうだった、リタ? 私とレオン様のダンス、ちゃんと見てた?」
飲み物の入ったグラスを片手に、アリアナが一人、会場の端にいる私の隣にやって来た。
「うん、見てたよ。すごくお似合いだった」
「ねぇ、どう思った? 何でも持っている私が羨ましいと思った? 自分の浅ましい生い立ちを呪った?」
アリアナは天使のような笑みを浮かべたまま、私の耳元で毒を吐く。
「可哀想なリタ。ダンスパーティーなのに、誰からも相手にされず、端っこで食べているだけだなんて」
「私は別に……」
「売女の娘は売女らしく、下品な色香でも使って殿方を誘惑してみたら?」
アリアナはさっと周囲に視線を走らせる。その次の瞬間、持っていたグラスの中身を、私のドレスへぶち撒けた。
「っ!?」
急いで拭かなければ――そう思って体を揺らしたと同時に、濡れたドレスの裾がドロリと溶けた。
「……え……?」
水が布に染み込むように、どんどんドレスの裾が溶けて消え、素足が露わになっていく。
「ア……アリアナ……これ――」
「嫌だ、リタってば! 何をしているの!?」
アリアナが大きな声を上げる。その声に、周囲にいた生徒たちも私のドレスの異変に気付き始めた。
「え……何してるの、あの子」
「あ! あのドレスって、アレじゃないか? 娼婦たちの間で流行っているっていう、水を掛けると溶けるドレス」
「娼婦のドレスを着てくるなんて、信じられないわ! 一体何を考えているの!?」
騒めきが、大きくなっていく。
今すぐここから逃げ出したいのに、ドレスはすっかり膝上まで溶けてしまっていて、恥ずかしさのあまり足から力が抜けていく。
どうしよう……どうしよう……!
アリアナは、私にだけ見えるように笑っていた。大勢の前で恥をかかせる――彼女の狙いは、これだったのだ。
羞恥に耐えきれず、その場に膝をつきそうになった時――
「リタ!」
白い大きな布を広げたエドワードが駆け寄り、それを私の腰に巻いてくれた。
「これ……」
テーブルクロスだ。ひとまず脚が隠れたことにほっとして、エドワードを見上げる。
「あ……ありがとう」
「それだけでは、少し味気ないですね。――【花】」
ユリウス様もやって来た。優しい目で微笑んだ彼の手に、沢山のバラの花が生まれる。それを器用に、腰に巻いたテーブルクロスへ挿していった。
あっという間に、みっともなく半分溶けたドレスが、バラをあしらった素敵なドレスへと生まれ変わった。
周囲の人たちは、エドワードとユリウス様の鮮やかな機転に感嘆の声を漏らす。その中で、アリアナが密かに奥歯を噛み締める音がした。それでも彼女は安堵の表情を作り、ユリウス様に頭を下げる。
「申し訳ございません、ユリウス様。この子ったら、突然ドレスに水をこぼしてしまって……まさかこんな奇妙なドレスを着ていたなんて、私、全然気付きませんでしたわ」
「あんた――」
エドワードが何かを言いかけた時、騒ぎを鎮めるように二曲目のダンスの音楽が奏でられた。冷たい視線を私に残して生徒たちが離れていく中、私の前にレオン様がやって来る。
「お騒がせしてしまって、ごめんなさい! どうぞ、私のことは放って――」
「リタ。俺と一曲、踊ってくれる?」
「は?」
声を漏らしたのは、アリアナだ。
レオン様はにこりと笑うと、有無を言わせず私の手を引いて中央へと歩き出した。
「レオン様!? わ、私、ダンスは踊れません!」
嘘。授業で習ったから踊れる。けれど、ここで踊ってしまったら後が大変なことになる。
「踊れなくても、音楽に合わせて揺れてるだけでいいんだよ」
「でも……!」
さすがにこれは見過ごせなかったのか、アリアナが追ってきた。
「レオン様のパートナーは、私ではないのですか!?」
「義妹と一曲くらい、いいだろ?」
「……っ!」
アリアナは震える手を握りしめ、離れていった。青い顔でその背中を見送る私の手を取り、レオン様が一礼する。
「せっかくのパーティーなんだから、踊らないとな」
「うぅ……っ」
レオン様の大きな手が私の腰に添えられ、音楽に合わせて足を動かし始める。私は、どうすればアリアナの怒りを最小限に抑えられるかを考えていた。
ここで派手に転んで見せようか。それとも、このテーブルクロスを剥ぎ取ってしまおうか。けれど、どちらを選んでも助けてくれた彼らの厚意を無にしてしまうと思うと、実行に移せなかった。
「めっちゃ食ってたな」
「……へ?」
踊りながら、笑いを堪えた声でレオン様が耳元で囁く。
「パーティーが始まってから、ずっと食ってただろ? 俺も腹減ってきたから、何か食べようと思って。何が一番美味かった?」
「ミ、ミートパイ……かな。一口サイズのがあって。チョコケーキも美味しかったけど……」
「あ、やべ。涎出てきた」
そんな事を言って笑うものだから、私もつい釣られて笑ってしまった。
その後もレオン様は、踊りながらずっと冗談を交えて話しかけてくれた。だから私は、わざとステップを間違えなければならないことも忘れて、束の間の時間を楽しんでしまったのだった。




