26.パーティーの準備
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あっという間にひと月が過ぎた。
このひと月の間、騎士団や民間の記者たちは躍起になって父の不正を探ったが、仕事に対して実直な父からは埃一つ出てこず、私が密かに危惧していた女性の影も一切なかった。やがて世間では、ブロックス家に届いた予告状は偽物だったのではないか、という憶測が飛び交い始め、騒動は収束を迎えつつあった。
ラパンとは、あれ以来会っていない。もう会えないと分かっている。しかし、誰にも吐露できない寂しさが、私の胸にぽっかりと穴を開けていた。
「……納得できません」
昼休みの学校の一角。レオン様にアリアナが呼び出されている間、私はいつものように学校を訪れていたユリウス様と、並んでベンチに腰掛けていた。
ユリウス様が、憮然とした表情で呟く。
「どうしてラパンは、僕が不在の時にばかり現れるんでしょう」
「それは、ユリウス様の実力を恐れているのではないかとディアナ様がおっしゃっていましたよ」
「だとしたら、どうして僕の実力を知っていて、どうして僕の不在が分かるのでしょう。そしてあの日、どうやってブロックス家の屋敷に入り込んだのか……屋敷の周りに設置していたどの記憶石にも、出入りした様子は記録されていませんでした」
屋敷の周りに記憶石が設置されていたなんて、聞いていない。恐らく義母が許可したのだろうけれど、ラパンが映っていなくて良かったと内心ほっとする。
「……すみません。リタに言っても詮無いことでした」
「いえ。騎士様も大変ですね……」
「リタの大切な物を、みすみす奪われることになってしまって……申し訳ありませんでした」
この一件以来、ユリウス様は目に見えて気落ちしていた。この謝罪も、もう何度目かわからない。
「本当に、お気になさらないでください。形見は他にもありますし、大丈夫ですから」
でないと、事件の依頼者として心が痛すぎる。
ユリウス様は深い溜め息を吐いた後、ようやくその顔に笑みを浮かべた。
「明日から学年末パーティーですね。高等部は明々後日でしたか」
パーティーは初等部、中等部、高等部に分かれて行われる。高等部のパーティーは、卒業後社交界に出ても恥ずかしくないよう、それなりの格式を持って催されるそうだ。
「僕たち騎士団も、明日から学校の警護に入ります。リタと仲良くなったディアナも来ますよ」
「本当ですか? またお会いできるの、楽しみです」
「それから、エドワードたちも。会場設営の手伝いを頼まれたとかで、何人かこちらに来るそうです」
この学校は、ブロックス伯爵家が後援している。ブロックス伯爵家とカーマイン侯爵家が懇意になったことで、侯爵家が後援する孤児院を伯爵家も支援する方向に進んでいるのだろう。何にせよ、孤児院との繋がりが持てるのは嬉しいことだ。
それにしても……孤児院と聞いて、自然と涎が溢れてきてしまうのは、淑女としていかがなものだろうか。
「今回はお菓子がなくて残念でしたか?」
「なんでバレて……い、いえ、そんな、私は別に……!」
「食いしん坊なくらいの方が、可愛らしいですよ。どうか、そのままのリタでいてください」
くすくすと可笑しそうに笑うユリウス様に、私の顔が熱くなる。
さっきお腹いっぱいランチを食べたところなのに、恥ずかしい……
気まずくて俯いていると、レオン様との話を終えたらしいアリアナがやって来た。いつもなら私がユリウス様と話していると嫌な顔をするのに、今日はやけに笑顔が明るい。
「お待たせ、リタ。そろそろ教室に戻りましょう」
「あ、うん」
「ではユリウス様、失礼いたします」
小さく一礼すると、アリアナは私に腕を絡ませ、スキップ混じりに歩き出した。
「な……何か、いいことあった?」
「ふふっ。レオン様から、パーティーで身に着けるネックレスをいただいたの。婚約者の証ですって! 真っ赤な宝石が綺麗な、とっても素敵なネックレスよ」
そういえば、以前そんな約束をしたと言っていた気がする。
アリアナは上機嫌だ。
「ドレスは宝石に合わせて、ボルドーにしたの。もう十七歳ですもの、少し大人っぽいデザインにしたわ」
「きっと、よく似合うね」
「当たり前でしょ。あんたにも、立派なドレスを用意してあげたわよ。当日は侍女を貸してあげるから、目一杯オシャレしなさい。お父様もお母様もご出席されるんだから、ブロックス家として恥ずかしくないようにね」
……嫌な予感しかしない。アリアナが善意で私に優しくするなど、あり得ない。絶対に何か企んでいるに違いない。――けれど、ラパンの最後の言葉が頭を過ぎる。
『きっと、最低で最高のパーティーになるよ』
何が起きるのかはわからないけれど、欠席するわけにはいかないだろう。
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意外なことに、アリアナが用意してくれた私のドレスは、とても美しいものだった。フリルの沢山ついた、淡いブルーのドレス。それに合わせた靴も、この短い髪を可愛く飾ってくれるリボンも。薄くお化粧を施されると、まるで別人のようだった。
「うわぁ……絵本の中のお姫様みたい……」
もっとも、お姫様はこんなちんちくりんな頭はしていないだろうけれど。
過去にアリアナの気まぐれで学年末パーティーに参加させてもらった時は、喪服と見間違うほど地味なドレスだったのに、今年は一体どういう風の吹き回しだろうか。警戒心はますます深まるが、それでもやっぱり、綺麗なドレスを着られるのは嬉しい。
「最後に、アクセサリーを着ければ完成です」
終始無表情で無愛想な物言いの侍女が、水晶かガラス玉をあしらったネックレスを首に着けてくれる。続いて同じデザインのイヤリングを着けようとしたところで、私はその手を止めた。
「あの……このイヤリングを着けたらダメですか……?」
ママの形見の、真珠のイヤリングだ。侍女はちらりと目を向けると、呆れたように息を吐き「お好きにどうぞ」とだけ言った。
鏡を見ながら、慣れない手つきで耳たぶにイヤリングを挟む。金の髪の間で光るそれは、幼い頃見上げたママの姿を思い出させてくれた。
鏡の中の自分に見惚れていると、準備を終えたアリアナが部屋に入ってきた。
「あら、リタ。よく似合っているじゃない。この私が選んであげただけのことはあるわね」
「ありがとう。今日のアリアナは、特別綺麗だね」
「でしょ? 見てよ、このネックレス。とっても綺麗でしょう?」
アリアナはボルドーのドレスの裾を摘み上げ、真っ赤な宝石のネックレスを見せつけながらその場でくるりと回って見せる。あの無表情だった侍女が、満面の笑みで拍手した。
「本当にお綺麗ですわ、アリアナ様。レオン様も、アリアナ様にお似合いのネックレスをよくご存知でいらっしゃいますね」
「レオン様のお衣装も、私に合わせてくださるっておっしゃっていたの。楽しみだわ」
アリアナは上機嫌なまま、私を一瞥する。
「あんたは端っこで、みっともなく料理でも貪っていなさい」
「うん!」
言われなくとも、そのつもりである。




