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落ちこぼれ私生児令嬢は怪盗白兎を捕まえる  作者: ままはる


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24.兎の跳躍

⭐︎


 ラパンが深夜に屋根裏部屋を訪れたのは、それから五日後。騎士団もすっかり引き上げ、以前と変わらぬ日々が戻ってきた頃だった。


 私は予告状が届いてからの出来事を、矢継ぎ早に話して聞かせた。ラパンは笑みを浮かべながら、耳を傾けてくれた。


「――それで、他の形見も戻ってきたのよ」


「それは何より。これで形見は、全てリタの手に戻ったわけだね」


 ラパンは青い石のブローチを、私の手にそっと乗せた。


 間違いない。ママがいつも身に着けていたブローチだ。


「ありがとう……本当にありがとう!」


「今の話だと、ブロックス伯爵は私に興味を示さなかったようだけれど、それが盗まれたと聞いても同じだった?」


「うーん……」


 私は腕を組み、あの時の父の様子を思い浮かべる。


 ラパンが現れた時、父は仕事に出ていた。報せに使いを走らせたものの、父は仕事を切り上げることなく、帰宅はいつも通りだった。そこでママのブローチが盗まれたことを伝えると、父は一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。その後は無言のまま、書斎に入ってしまった。


「何でそんな物が、というより、ショックを受けたような顔に見えたけど……」


「相変わらず、何をお考えなのかよくわからない御仁だ」


 ところで、とラパンは続ける。


「そのブローチの中にある鍵は、どこの鍵だい?」


「鍵?」


 何のことだろうと、ブローチに目を落とす。ほとんど触れたことがなかったので気付かなかったが、このブローチはロケット仕立てで開閉できるようだった。開けてみると、中に小さな鍵が入っている。


「……あ」


 幼い頃の、朧げな記憶が蘇る。時折ママは、鍵のついた箱を取り出していた。


「何か心当たりが?」


「箱……中身は知らないけれど、箱があったの。ママと暮らしていた家の床下に隠してあって……」


 あの家を出る時、すっかり箱の存在を忘れていた。今もあの家の床下にあるのだろうか。そもそも狭くて古いあの家は、まだあそこに残っているのだろうか。


 窓の外へ視線を向け、今すぐ確かめに行きたい衝動に駆られる。


「以前暮らしていた家というのは、ここから遠いのかい?」


「マノイっていう、ずっと郊外の小さな村よ。歩いて行ったらとても一日じゃ辿り着けないわ」


「マノイか。急げば夜明けには帰って来られるかもね」


「無理よ。一体どうやって――」


 ラパンは立ち上がり、いつものように窓から身を乗り出して宙に浮かぶ。


「リタ、おいで」


「おいで、って……?」


 戸惑う私の手を、ラパンが掴んで引き寄せる。


「ま、ま、まさか、私を負ぶって跳んでいくつもり!?」


「お母様の形見は、全部回収しないと」


「う……っ」


 それはそうだ。この機会を逃せば、次にマノイに行けるのはいつになるかわからない。


 私は意を決して、空中に浮かぶラパンの腕の中へ飛び込んだ。


「しっかり捕まってて」


「ぅわっ!?」


 ラパンの首元に両腕を回してしがみ付くと同時に、体が大きく揺れた。軽い浮遊感と共に、ブロックス邸の屋根の上へと運ばれる。


「この格好だと目立ち過ぎるから、少し待って」


 そう言ってラパンは魔法式を唱え始めた。紡がれる呪に応じて、淡い光がラパンを包む。そして――白い兎は、あっという間に黒い兎へと姿を変えた。白髪に近い銀髪も、夜に溶けるような黒に染まっている。


「すごい……そんなことまでできるのね」


「リタも魔法を勉強すれば、このくらいはできるようになるよ」


 黒いマントを揺らし、ラパンは再び私を抱き上げようとする。


「あ、ちょっと待って。折角だから私も試してみたい」


「試すって、何を?」


「私も、跳べるかもしれない」


 ラパンが貸してくれた魔法書に、跳躍の魔法が載っていた。これがラパンの移動方法だと知り、何度も頭に叩き込んだのだ。


 私はママのブローチを握り締め、深夜の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。そして魔法式を唱えながら、屋根の上を駆け出した。


「ま、待って、リタ! まずはもっと低い場所で練習してから――」


「【兎の跳躍(グランソーラパン)】!」


 屋根を蹴った足が、ふわりと浮いた。


 まるで羽か風になったみたいだ。重力なんて感じない。体は何にも縛られることなく、広い夜空に躍り出る。


 屋敷から少し離れた、庭の使用人棟。その屋根に、私は音もなく着地した。


「できた! ねぇ、ラパン! 見てた!? 私、跳べたわ!」


「み……見ていたよ……お陰で寿命が縮んだけどね」


 後を追ってきたラパンが、私の手を掴む。


「リタが魔法に関して天才的だというのはわかったけど、この魔法は魔力の消耗が大きい。マノイまで一緒に跳ぼう」


「一緒に、って?」


「要領は今と同じ。ただ、私の手に集中して、呼吸を合わせて。それでお互いの消耗が減るはずだから」


「わかったわ」


 ラパンの手をしっかりと握り直し、深呼吸をする。繋いだ手から、彼の体温と流れる魔力を感じた。


「行くよ」


 私とラパンは、同時に屋根を蹴る。次の屋根に着地して、また大きく跳び上がった。


 ラパンの視線の先へ。息を吸って、吐いて。同じタイミングで呼吸を合わせながら、月明かりの下を手を繋いで跳ねていく。見たことのない景色に胸が熱くなり、鼻の奥がツンと痛んだ。

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