23.盗まれたものは
「――……タ……リタ! おい、リタ! しっかりしろ!」
暗転から私を緩やかに引き戻したのは、体を揺する不快な振動と誰かの声だった。
ひどく重い瞼を無理やりこじ開けると、視界いっぱいにレオン様の顔が映し出される。
「……あれ……?」
「リタ、大丈夫か? どこか痛むところはないか?」
頭がぼんやりとして、何を言われているのか掴めない。二、三度瞬きを繰り返していると、近くで誰かが『ラパン』と口にする声が耳に入った。
――そうだ、ラパン!
「ラパン! 今そこに、ラパンが……」
そこでようやく状況を飲み込んだ。
私の傍らにはレオン様が膝をついていて、倒れていたはずの使用人たちは皆、体を起こし騎士様たちに取り囲まれている。ラパンの姿はどこにもない。
どうやら私たちは、ラパンに眠らされていたらしい。
「彼らがラパンを目撃したって。リタも見たのか?」
レオン様に尋ねられ、私は小さく頷く。
「私……どのくらい気を失っていたの……?」
「あたしたちと別れてすぐだとしたら、三十分程度です」
答えたのはディアナ様だ。彼女は片手で頭を抱えながら、私の傍らに片膝をついた。
「屋敷の周りはあたしたちが取り囲んでいたのに、一体どこから……」
「それよりも、怪我人は出ていないのか?」
険しい顔でレオン様が尋ねる。
「はい。リタ様を含めここで倒れていた四名、全員、眠りの魔法で眠っていただけです」
「被害は?」
「現在確認中です」
「アリアナも夫人も金庫を側に置いていたし、俺も昼からアリアナと一緒にいたけど、誰も近づいた様子はなかった」
「レオン様ー! 私とお母様の金庫の中身は無事でしたわ!」
階段の上から、嬉しそうなアリアナが駆け下りてくる。その後ろには、同じく安堵の表情を浮かべた義母の姿があった。
「では、ラパンは一体何を盗んでいったのでしょうね」
「あの――」
別の騎士に付き添われ、ふらつきながら立ち上がった侍女がこちらへやって来る。
「ラパンは、物置から何かを取り出しておりました」
「物置?」
ディアナ様が、侍女が指し示した階段下の物置部屋へと向かう。私もその後に続いた。
義母が掛けたはずの大きな南京錠が、開いていた。
「……ありました」
カードだ。満月と兎の描かれたカードが、物置の一角に置かれている。
「夫人。こちらには何が?」
「えぇ? こんなところに、何もありませんよ。古くなった家具や、掃除用具を入れておくだけの場所ですから」
義母にとっては、私のママの形見など所詮その程度のものということだろう。そこに仕舞ったことすら覚えていない様子に、悔しくてぎゅっと拳を握り締める。
「……ママの、形見……」
「あら嫌だ、本当ね……ああ、この子ってば昔、産みの親の大切な形見だったワンピースを破いてしまったことがありましてね。それ以来、悪戯できないようにここに仕舞っておいたんですの」
「具体的には、何がなくなっているんですか?」
「え? 何だったかしら……アリアナ、覚えてる?」
アリアナは、ふるふると首を横に振る。私は物置の中に入り、埃を被った白い真珠のイヤリングと銀の指輪をそっと指先で撫でた。
「ブローチです。青い石のついたブローチが、ありません」
傍の騎士が素早くメモを取る。
「それだけですか?」
「はい」
私が頷くと、背後でアリアナと義母が浮かれた声を上げて笑い出した。
「なぁんだ。ラパンてば、こんなところのブローチなんて盗んでいったの? そんなに価値のあるブローチだったかしら」
「騎士様に囲まれていたし、取り敢えず何でもいいから盗んだだけだろうね。あぁ、ほっとしたよ」
胸の奥がズキンと痛む。この人たちにとっては、本当にどうでもいい物だったのだ。けれど――そでいい。ラパンは、約束通り盗み出してくれた。
私は部屋に戻ろうと踵を返す。その時。
「リタの母親の形見が盗まれたのに、ほっとしたっていうのは違うんじゃありませんか?」
レオン様の言葉に足を止め、振り返る。アリアナも義母も、失言に気付いたのか顔色を変えた。
「あの……ち、違いますの! 被害が……だ、誰も怪我がなくて良かったという意味でして……!」
「形見が埃を被ったままでは可哀想です。リタももう悪戯をするような年ではありませんし、返してあげては?」
「え、ええ……そうね。レオン様がそうおっしゃるのなら……」
義母は取り繕った笑みを浮かべ、イヤリングと指輪を摘み上げると、私の手のひらに乗せた。
「大事になさいよ」
これは夢だろうか。せめてブローチだけでもと願っていた形見が、今、この手の中にある。
いつもママの耳元で光っていたイヤリング。荒れて硬くなった指に嵌められていた指輪。薄れかけていたママの面影が、瞼の裏に鮮明に蘇る。
「ありがとう……ございます……!」
私は形見をしっかりと握り締め、レオン様に深く頭を下げた。




