20.予告状
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「警備は不要です」
翌日の夕刻、ラパンからの予告状を手にブロックス邸にやって来た騎士団に、父は毅然として言い放った。
応接室には父と義母、アリアナ、そして私。向かいのソファには騎士様が三人並んでいる。中でも最も位が高いと思われる騎士様は、父の言葉に虚を衝かれたのか、開きかけた口を閉じそびれていた。残る二人のうち、一人はユリウス様だ。
「ブロックス伯爵……我々の警備は不要、と。そうおっしゃいましたか?」
「はい、必要ありません。怪盗だか何だか存じませんが、欲しい物があるならば勝手に持って行けばいい」
「お父様!? あの怪盗ラパンですわよ!? これまでの被害者宅では、いずれも高価な宝石や貴金属が盗まれておりますわ! 我が家も無事では済みません!」
「だから、勝手に持っていけばいいと言っている」
非難の声を上げたアリアナには目もくれず、父は苛立ちを滲ませて切り捨てた。
アリアナは息を飲み、騎士様たちは困ったように顔を見合わせる。私はそっと首を伸ばして、テーブルに置かれたラパンの予告状に目を向けた。
真っ白な封筒の真ん中には、妙に癖のある字体で『ブロックス伯爵一家』と記されている。中には白いカードが一枚。同じ字体でこう綴られていた。
『闇夜に隠された罪を、月明かりの下へ』
ラパンらしい、気取った文句だと内心感心してしまう。
「しかし、そちらは犯罪者を取り締まるのがお仕事。屋敷内に立ち入らないのであれば、敷地内への出入りはご自由にどうぞ」
「ブロックス伯爵」
ソファから腰を浮かしかけた父を、ユリウス様の声が引き止めた。
「これまでの被害者には、共通する事由があると見ています。念のため、伯爵の身辺を調べさせていただいてもよろしいでしょうか」
父は鼻で笑う。
「造船にも建築にも関わった覚えはありませんが、どうぞご自由に。執事に声を掛けていただければ、必要な過去の帳簿や取り引きの記録をお渡しします」
「それともう一つ。こちらは過去の被害者宅とは異なる点があります」
ユリウス様が封筒の宛名を指差す。
「『ブロックス伯爵一家』――これまでの宛名はいずれも個人でしたが、この一通だけがご家族全員に向けられています。何かお心当たりは?」
「怪盗の考えることなど、私には見当もつきません。もうよろしいでしょうか。仕事が立て込んでおりますので」
今度こそ父は席を立ち、応接室を後にした。
もとより家に執着のない人だとは思っていたが、こんな時でも揺るがぬ姿勢に、畏怖に近いものすら覚える。
「お母様……私、怖いわ。ラパンは一体何を狙っているのかしら……」
義母に身を寄せるアリアナ。私はラパンの言葉を思い出して、おずおずと口を開いた。
「お……お父様は、高価な物はあまり好んで持たれていないので、お義母様やアリアナの宝石……とか……?」
屋敷内に警備が入らないのなら、意味のない誘導かもしれないけれど。
その一言に、アリアナと義母の顔からさっと血の気が引いた。
「お母様! やはり警備は必要ですわよ!」
「そ、そうね。でも……」
義母は父に逆らえない。父が不要と断じたものを覆すのは、容易ではないだろう。
「夫人。ひとまず庭と正門、裏門に警備を配置いたします。我々としても、いつまでもコソ泥一人に手を焼いているわけにはまいりませんので」
「ええ、お願いいたします。主人はああ申しましたが、私は極力ご協力したいと考えております」
隊長格の騎士様が立ち上がると、ユリウス様ともう一人もそれに倣った。
「ユリウス様……ラパンは、私たちに危害を加えたりするのでしょうか」
玄関までお見送りする道すがら、アリアナが不安げな表情でユリウス様を見上げる。
「これまで、使用人も含めて負傷者は出ておりません。ですが、用心するに越したことはないでしょう」
「ラパンはどのような手口で侵入してくるのですか? 私たちは、何をどう対策すればよろしいの?」
「僕自身は現場に居合わせたことがないので断言はできませんが、まるで煙のように現れるそうです。そして気付いた時には、宝石は満月と兎の描かれたカードに変わっている……と」
ユリウス様は団服のポケットからカードを取り出し、私たちに見せてくれた。黒インクで滑るように描かれた満月と兎の絵だった。
「リタ。先ほどから口数が少ないですけれど、大丈夫ですか?」
「あ……だ、大丈夫です! 少し、ビックリしちゃって……」
事が大きくなっていく一方で、依頼主としては冷や汗が止まらない。
屋敷内に警備が入らないことは、ラパンの計算外なのではないだろうか。もし騎士団員に扮して侵入する計画だったなら、それは頓挫したことになる。
「できるだけ僕もこちらの警護に加わるようにします。何かあればすぐに駆けつけますので、リタも気付いたことがあれば教えてください」
「は、はい。ありがとうございます」
ユリウス様は私を安心させるように、そっと肩に手を置いた。それから思い出したように、アリアナへも笑みを向ける。
「アリアナも、どうかお気をつけて」
「はい!」
騎士様たちが帰られた後、アリアナと義母は自室へと駆け込み、それぞれのネックレスや指輪を鍵の掛かる金庫へしまい込んだ。




