17.白いハンカチ
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どうしてラパンが、あの孤児院のチョコチップクッキーを持っていたのだろう。
もしかして彼の正体は、あの孤児院の関係者なのだろうか。……いや、あのお菓子は施設運営資金の足しにするため販売していると言っていた。誰でも手に入れられるのだから、関係者とは限らないか……
「――それでね、レオン様ってばあのお優しい笑顔でおっしゃるのよぉ」
でもラパンは、船の難破事故と教会の崩落に関わった人たちばかりを狙っている。あの孤児院には、事故のせいで孤児になった子が何人もいた。これが、ただの偶然なのだろうか。
「……ちょっと。あんた、さっきから私の話ちゃんと聞いてる?」
「へ?」
突然アリアナに脛を蹴られ、思考の渦に飲まれていた私ははっと我に返った。
翌朝、学校へ向かう馬車の中だった。アリアナは険しい目で私を睨みつけ、もう一発蹴ろうと足を動かしかけている。
「ご、ごめん! ちゃんと聞いてる! 昨日のレオン様の話だよね!?」
慌てて取り繕うと、アリアナは足を下ろしてにっこりと笑った。
「二ヶ月後の学年末パーティーに着けるネックレスを、プレゼントしてくださるんですって。それで何色の宝石がいいか尋ねられたから、赤色がいいって答えたの」
「そっか。良かったね」
「家同士が決めた婚約だし、レオン様はあまり乗り気じゃないのかと思っていたけれど、近頃意識してくれるようになってきたのよね。やっぱり、私が可愛いからかしら?」
「うん。アリアナが可愛いから、照れているだけだったのかもしれないね」
適当に合わせる私の言葉にも、アリアナは満足そうにニコニコして上機嫌である。
「あんたも、学年末パーティーに出てもいいわよ。私がドレスを用意してあげるわ」
「え? いいの?」
去年も一昨年も、目障りだから参加するなと言われて仮病を使って休まされたのに。
「レオン様にいただいたネックレスを着けて、レオン様と踊る私が見たいでしょ? レオン様も、将来の義妹に私たちの姿を見て欲しいんですって」
「うん、見たい見たい!」
正直それはどうでもいいけれど、パーティーのご馳走にはありつきたい。
それにしても、レオン様の力は偉大だ。プレゼント一つで意地悪なアリアナを、ここまで柔らかくできるだなんて。未来の義兄に感謝しつつ、学校に到着した馬車を降りた。
「リタ!」
すぐに横手から声が掛かった。アリアナをエスコートしながら首だけ動かすと、ユリウス様がこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「ユリウス様。おはようございます」
「リタ、昨日はごめん。リタの気持ちを考えず、僕の気持ちばかり押し付けてしまって……」
アリアナの挨拶を聞き流し、ユリウス様は心底申し訳なさそうな表情で私に頭を下げた。僅かに顔を顰めるアリアナの隣で、私は慌てて両手を振る。
「いいえ、私の方こそ温かいお気遣いをいただいたのに、お礼も言わずに馬車を降りてしまってごめんなさい!」
「女性を泣かせてしまった僕の罪に比べれば、そんなこと……」
ユリウス様の右手が、軽く私の頬に触れた。同時に、周りにいた登校中の令嬢たちやアリアナから悲鳴のような声が上がる。
「本当は涙の訳を聞きたいけれど、リタが言いたくないなら無理には聞きません。けれど昨日の話は本気ですから、気持ちが変わればいつでもお声を掛けてください。それから――」
ユリウス様は、上着のポケットからリボンの付いた包み紙を取り出して私に差し出した。
「ささやかですが、昨日のお詫びです。受け取ってください」
「そんな! そこまで気を遣っていただかなくても――」
「これから仕事に向かわなくてはいけません。馬車を待たせていますので」
包み紙を私の手にそっと乗せると、ユリウス様は小さく微笑んで踵を返した。
「……何、今の」
ユリウス様の背中を見送っていると、隣でアリアナの低い声が聞こえた。
「昨日、ユリウス様と何があったの? 私、何も聞いていないけど?」
「あの……か、帰り道、送ってもらっただけだよ……」
「ふぅん?」
人目があるから抑えているけれど、アリアナは怒っている。さっきまでの上機嫌な笑顔は、嘘のように消えていた。
「それ、何をいただいたの?」
「何だろう……?」
包みを開けて、アリアナに中身を見せる。小花の刺繍が施された、真っ白なハンカチだった。
――あぁ……以前水を飲んだ時や、昨日も涙を服の袖で拭ったりしたからだ……
恥ずかしさの反面、誰かにプレゼントを貰うのはやっぱり嬉しい。
「……」
無言で私を見つめるアリアナの視線が痛い。自分を差し置いて、令嬢たちに人気の騎士様からプレゼントを貰った私が許せないのだろう。
「あの、アリアナ……」
「早く教室へ行きましょう、リタ」
「う、うん……」
ハンカチをポケットに大事に仕舞い、私たちは教室へと移動した。




