16.帰りの馬車で
「――本日は温かいご支援を賜り、本当にありがとうございました」
昼食の後片付けを終えた後、帰る私たちを孤児院の皆んなが見送ってくれた。私はざっとエドワードを探したけれど、彼はあれから私たちの前に姿を現さなかった。
院長先生は深々と頭を下げると、後ろに控えた子供たちに目線で合図を送る。皆、一様に紙袋を手に持っていた。
「こちらは、我々の運営資金の足しとして販売しているものでございます。せめてものお礼にと、子供たちが心を込めて作りました。どうかお受け取りください」
そして生徒一人ずつに、その紙袋が手渡される。
「おじょーさま、どうぞ。これ、とってもおいしいのよ」
「ありがとう」
私に渡してくれたのは、食事の時隣にいた少女だ。
また来たいなぁ……でもきっと、もう来られないだろうと思う。恥をかかされたアリアナが、次も行くとは思えないからだ。
そう思ったところで、はっとした。そうだ、アリアナは恥をかかされ、めちゃくちゃ機嫌が悪いはず。帰りの馬車の中のことを考えると、顔面から血の気が引いていった。
「リタ。帰りましょう」
アリアナが笑顔で、しかし少し乱暴に私と腕を絡ませる。体を寄せ合ったその隙に、アリアナは自分が受け取った紙袋を、私の制服のポケットに捩じ込んだ。
「いらないの?」
「甘い匂いがするから、どうせお菓子でしょ。子供たちの手作りなんて汚くて食べられないから、あんたにあげるわよ」
全然懲りていないアリアナに呆れたけれど、食べ物を貰えるのは純粋に嬉しい。
半ば引きずられるように馬車に向かっていると、そこにレオン様がやって来た。
「アリアナ。良かったら、俺の馬車で送るよ」
「え……?」
アリアナの表情が、一瞬で恋する乙女に変わった。
「俺たち、婚約者だし。あんまりそれっぽいことしてやれてないから、せめて送るくらいはさせてくれよ」
「ありがとうございます、レオン様! 嬉しいですわ!」
アリアナはぱっと私から手を離し、嬉しそうにレオン様の元へ行く。
「ごめんな、リタ。アリアナ、借りて行くよ」
「はい、どうぞどうぞ!」
「リタも気を付けて帰れよ」
ありがとうございます、レオン様! これで不機嫌なアリアナとの密室が避けられる。誰にも気を遣わず、馬車に揺られながら子供たちに貰ったお菓子が食べられる!
二人の背中を見送った後、ウキウキとした気分でブロックス家の馬車に向かう。その時。
「それじゃあ、リタは僕が送らせてもらおうかな」
「……はい?」
横手からユリウス様が現れた。
「騎士団の馬車に乗ってみませんか?」
「え? わた、私ですか?」
「ここに『リタ』は一人しかいないと思いますが」
「いえいえいえ! 騎士様のお手を煩わせることになりますので!」
「遠慮しないでください。ブロックス邸は、僕の帰り道ですから」
「いや、えっと……」
「ご迷惑でしたか?」
「迷惑だなんてとんでもないです!」
「では、どうぞ」
これは、アリアナ的にどうなのだろう? レオン様に誘われて上機嫌だし、余計なことを話さなければセーフかな?
「では……よろしくお願いします」
すごく迷ったけれど、あまりにも強く断るのも失礼な気がしたので、お言葉に甘えることにした。
ブロックス家の馬車も豪華で乗り心地は良いけれど、騎士団の馬車も格式のある内装で椅子もふかふかだ。
「本当は公休に騎士団の馬車を乗り回したら、怒られるんですけどね。個人的な馬車を所有していないものでして」
「え゛……?」
「でもほら、ご令嬢が同乗していたら、バレても何かしらの言い訳が立つでしょう?」
あっはっはっ、とユリウス様は軽快に笑い飛ばす。本当に掴みどころのないお方だ。
「な……何故私を選ばれたのですか? ご令嬢なら、他にも沢山――」
「それは勿論、貴女に興味があるからですよ」
ユリウス様は笑みを浮かべた綺麗なそのお顔を、私に寄せた。
「本気で魔法の勉強、しませんか?」
「ま……魔法……?」
「何度か授業にお邪魔しましたが、貴女には魔法の才能があると、僕は思っています」
「そんなはずありません! 前にも言ったように、私は頭が悪いので魔法はさっぱりわからないんです!」
以前ユリウス様に指摘されてから、魔法陣を描く時は出力する魔力も調節して弱々しくなるようにしたし、盛大に失敗してみせたことだってある。
「魔法陣を描く魔力を調節していますよね? そんなこと、凡人には出来ません。それに先日、光る水を出してみせましたね。あんな魔法、僕はこれまで見たことがない」
わぁ……全部裏目に出てるー……
「腕の良い先生を紹介します。そこで真剣に取り組んで実力を確かなものにすれば、騎士団に入ることも夢ではありませんよ」
「……騎士団? 私が?」
「伯爵への口添えが必要でしたら、僕が出向きます。ただ、あくまでも授業を受けていただくというだけですので、入団の確約というわけではありません。芽が出なければ――」
「まっ、待ってください! あの……こ、困ります! 私は本当に、魔法のことは全然わからないし!」
――ああ、やってみたい。
胸の奥底で、私が叫ぶ。
「勉強も嫌いだし、数式なんて見るだけで冷や汗かいちゃうんです!」
正しい知識を教えて欲しい。わざと間違えなくてもいい場所で、自分の実力を試してみたい。
「そんな私が、騎士様に目を掛けていただくなんて――っ」
ポロッと、何かが頬を伝い落ちた。膝の上で握りしめた拳に落ちて、それが涙なのだと知る。
どうしよう、涙が止まらない。
近頃私は、他人に優しくされ過ぎた。ラパン、エドワード、レオン様、それにユリウス様。私を見つけ出して、光を見せようとしてくれる。
決して私は、その光の中には行けないのに――
「リタ?」
ユリウス様が顔を覗き込んでくる。けれど私は、溢れてくる涙を止めるのに必死で、何も言葉が出てこなかった。
――泣きじゃくる私を乗せて馬車はブロックス邸へと到着し、私はろくにお礼も言えないまま馬車を降りた。
アリアナはまだ帰って来ていない。レオン様とデートでもしているのかもしれない。
泣き顔を誰にも見られないよう、顔を伏せて足早に屋根裏部屋へと駆け上がる。毛布に包まって暫くすると、昂っていた気持ちが緩やかに落ち着いていった。
「はぁ……泣いたら、お腹空いちゃった……」
あれからラパンは、来るたびに食料を置いていってくれた。甘いものだけでなく、非常食になるものまで。その中から何かお腹に入れようかと思ったけれど、孤児院でお菓子を貰ったのを思い出した。
毛布の脇に置いた紙袋を広げて中を覗き込む。一口サイズのクッキーが、五つも入っていた。一つ口に放り込むと、ふわりと香ばしいアーモンドの風味が広がった。
さくらんぼ柄のティーカップに魔法で飲み水を出して、喉を潤す。
「……あ。そうだ」
アリアナが私のポケットに捩じ込んだ紙袋を思い出した。これにもクッキーが五つ入っているだろう――そう思いながら、袋を開けた。
「……あれ?」
違う。一口サイズのアーモンドクッキーじゃない。形が不揃いの、チョコチップクッキーだ。袋ごとに、中身が違ったのかもしれない。
思わぬラッキーに、私はチョコチップクッキーも一欠片口に入れた。
「うん?」
この既視感は、何だろう?
口の中に広がる甘みをじっくりと咀嚼しながら、首を傾げる。
「――あ」
チョコチップクッキーを袋から全部出して、一つずつ並べる。パズルのように割れ目を合わせてみると、それが元々大きな一枚のクッキーだったことがわかった。座った拍子に割れてしまっていたのだろう。
「大きなチョコチップクッキー……!」
それは、ラパンがあの夜持ってきたクッキーだった。




