13.作戦会議
ケーキと紅茶でお腹を満たし、いよいよ本題に入る。
「それで、ママのブローチを盗み出すのに、私はどう協力すればいいの?」
「まずは場所の確認だ。階段下の物置だと言っていたけれど、どこの階段?」
「正面玄関を入ってすぐの、エントランスホールの階段よ。向かって右側に、鍵の掛かったドアがあるわ」
「使用人の居住はどうなってる?」
「裏庭に使用人棟があるの。ほとんどはそこで暮らしているけれど、執事と侍女長、お義母様とアリアナの専属侍女は本邸の二階に部屋があるわ」
通学鞄からノートを引っ張り出し、簡単に屋敷の間取り図を描いていく。
描いているうちに、不安がどんどん胸の中で大きくなっていった。簡単に盗みをお願いしてしまったけれど、これはすごく危険なことではないだろうか。
「予告状、本当に出すの? きっとガチガチに警備されちゃうよ? しかもエントランスホールなんて、絶対に警備が張り付くと思うんだけど」
「予告状は私のポリシーだからね。それに予告状がなければ、私の仕業だと伝えられない。第一、これまでの四件はガチガチに警備されていなかったとでも?」
「それは……そうだけど……」
しかも三件目、四件目となるにつれて、騎士団の警備も厳重になっていったはずである。
「大丈夫だよ」
不安を拭えないままの私に、ラパンは唇の端を上げて不敵に笑った。
「予告状は出すけれど、そこには明確な日時や何を盗むかなんてものは書いていない。犯行は予告状が届いた当日かもしれないし、ひと月後かもしれない。もしかしたら真っ昼間かも。いつ現れるかもわからない相手に、常に全力で警戒するのは難しいんだ」
「なるほど……」
「ちなみに、ブロックス邸で一番高価な宝石は何だろう?」
「お父様は時計や宝石なんかに頓着されていないから、あるとすれば、お義母様とアリアナの装飾品……かな?」
「それじゃあリタは、ラパンの狙いはそれかもしれないとさりげなく伝えてくれるかい? そうすれば、二人の部屋がある二階に警備は固められると思う」
「わかったわ」
「それから――」
ラパンは胸元のポケットから何かを取り出し、それを手のひらに乗せて私に差し出した。
兎だ。親指くらいの大きさの、白い陶器でできた兎の置物。キラキラと光る赤い目は、ガラスだろうか。
「わぁ。可愛い」
「これを、そうだな……食堂に置くことはできるかな? 部屋を見渡せるところがいいのだけれど」
「やってみる」
すごく小さいし、他の置物に紛れさせれば誰も気づかないだろう。
兎を私の手に乗せながら、ラパンは微かに笑った。
「どうしたの?」
「レディは本当に無防備だなと思って。これが何なのかも訊かないし、私の言葉を疑う様子もない」
「訊いたほうがいいなら訊くけど、必要ないなら知らなくていいもの。それに今更、貴方が私を騙す理由なんてないでしょ?」
私の口を封じるつもりなら前回やっているだろうし、私に美味しいお茶やお菓子、それに魔法書まで渡す必要なんてない。
「貴方はいい人だわ」
「泥棒なのに?」
「うん。人の物を盗むのは、良くないね。でも良くないことをする人が、必ずしも悪い人だとは限らないと思う。それに、盗みを依頼しちゃった私も同罪だし」
「リタ」
不意にラパンの手が、私の頬に触れた。白いグローブ越しにラパンの熱を感じて、心臓が大きな音を鳴らす。
「リタは同罪なんかじゃない。大切な母親の形見を取り返すことが、罪であるはずがない」
「で、でも……」
ラパンの手が離れた。手際良く荷物を纏め始める。
「そのカップ、あげるよ」
「……いいの?」
「この屋敷に、君が自由にできるものは何一つないのだろう? 水が飲みたくなった時、入れ物がないと不便じゃないかな」
実はコップの一つくらい調理場からくすねてみようと思っていたのだけれど、それでもバレた時のことを考えて実行できずにいたのだ。
私はさくらんぼの描かれたティーカップを、大切に手の中に包み込んだ。
「ありがとう。大切にするね」
ラパンは微笑み、窓辺に移動する。それからなぜかピタリと動きを止めて、何かを考えるように上を仰いだ。
「ラパン?」
「……出来る範囲で構わないけれど、使用人全員の名簿を用意できるかい?」
全員の名前まで把握しておかないといけないなんて、やはり怪盗というのは事前の準備が大変なのね。
「わかった。次に来るまでに用意しておくね」
「ではまた、五日後に」
ラパンはどこかほっとした様子で笑った。
――それから五日置きに二回、ラパンとの作戦会議は行われた。
作戦会議とは言っても、ほとんどの時間はお茶を飲みながらの雑談だった。魔法書についてわからない箇所を教えてくれたり、私の愚痴を聞いてくれたり。
帰り際には、庭の詳細な見取り図や鍵の保管場所の地図などを依頼された。不謹慎だけれど、それらを用意するのはスパイにでもなった気分がして、少し楽しかった。
誰にも言えない、深夜の三十分程度の密会。いつしかそれは、色褪せていた毎日を彩る、私の大きな楽しみとなっていた。




