11.ブロックス家の罪
「それほどクッキーが好きだとは思わなかったな」
「もちろんクッキーは好きだけど、空腹なら何を食べても美味しいのよ」
「夕食だけでは足りなかった?」
「食べていないもの。私の命は、学校のランチで繋がっているの。だから週末はいつも憂鬱だし、長期休暇は地獄なのよ」
「……どういう事だい?」
仮面下の表情が、訝しげに歪んだ気がした。
私は甘いものをお腹いっぱい食べた多幸感から、饒舌に自分の置かれた状況を話した。
自分は父の不倫が生んだ私生児で、この屋敷で使用人からも虐げられていること。学校ではアリアナに常に監視され、落ちこぼれであり続けなければならないこと。将来に光など見えなくて、あと一年で学校を卒業することに恐怖を感じていること――
ラパンは静かに相槌を打ちながら、私の話を遮ることなく最後まで聞いてくれた。
「……もしかして、その髪も誰かに切られたのかい?」
「これはお義母様に。私のママが長い金髪だったんだけど、見ているとママを思い出して不快だからって、果物ナイフで切られちゃった。後から自分で整えたんだけど、思った以上に短くなっちゃったの」
髪を切られた時は悲しかったけれど、これはこれで手入れが楽だったりする。
「伯爵家の体面を保つためにお風呂は入らせてもらえるんだけど、どれだけ寒い日でも冷たいお水なの。だから長い髪よりも、短い髪の方が早く済むし、風邪もひきにくいのよね」
ラパンは私の話を聞いて、片手で頭を抱えて項垂れた。
「リタは明るく話すけれど、虐待を受けているという自覚はあるのかい? 騎士団に訴え出れば、少なくとも君の義母は逮捕してもらえるはずだ」
「無理だよ、証拠がないもの。それにお義母様が逮捕なんかされたら、それこそ私はアリアナに殺されちゃうかも。いくら私たちに無関心なお父様も、怒って私を叩き出すかもしれないわ」
「そんなこと……」
そんなことはないとハッキリ断言できず、ラパンは言葉を濁した。
「この家を出るぶんには構わないんだけど、せめて自活できる道を見つけてから出て行きたいのよね」
「自活? 例えば?」
「お花屋さんとか」
「確かブロックス伯爵は、花卉産業に携わっているのでは?」
「うん。私のママはね、その花を売っていたお花屋さんだったの」
平民のママと、貴族の父の出会いがどうだったのかは知らない。けれどきっと、花が二人を繋げたのだろう。
「私の手、ボロボロでしょ? これは掃除や水仕事で荒れた手だけど、ママの手も同じようにボロボロだったのを覚えてる。お花屋さんは水を使うし、花の棘で傷もできやすくて荒れやすいんだって。荒れ方は違うけど、この手を見るとちょっとだけママを思い出すんだ」
「リタ……」
ラパンはふっと息を吐くと、空になったカップと水筒をマントの中にしまった。
「母親の形見のブローチは、必ず盗み出してみせるよ」
「うん? 今日はその作戦会議じゃ……?」
「怪盗ラパンは、悪人からしか盗みを働かない。ブロックス伯爵に後ろめたいことがないなら盗むことに抵抗があったのだけれど、リタの話を聞いて、その迷いはなくなった。今夜はそれで十分だ」
ということは、以前レオン様が言っていたことは、的を射ていたということだろうか。
「けれどまだ準備も、リタとの打ち合わせも必要だから、今度は五日後に来るよ」
「あ、うん」
ラパンは窓の方へと歩き出しながら、床に置かれた魔法書に目を向けた。
「魔法は自己流で勉強を?」
「うん。月に一回、学校の図書室で本を借りられるチャンスがあるの。アリアナにバレないように、一冊だけなんだけどね」
「……」
ラパンは少し考えるように沈黙してから、三度マントの下を探った。
「読んでみるかい?」
取り出したのは、一冊の本だった。タイトルを見る限り、魔法書のようである。
「貸してくれるの?」
「興味があれば」
「ありがとう! もうあの本も読み終えたところだったの。嬉しい!」
「次に来る時は、お茶とお菓子と、もっと沢山の魔法書を持ってくるよ」
そう言って白兎は、前回と同様に夜の街へと消えていった。




