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その証明は、言葉の中に  作者: こなれたタオル


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7/20

偶然という名の追い風

 美玲が圭太と綾乃の関係に気づいたのは、ほんの些細なことだった。


青葉進学塾に営業で来ていた圭太のスマホが、打ち合わせの途中で鳴った。

圭太は軽く会釈をして、廊下に出る。


ちょうど授業終わりの美玲とすれ違う。その瞬間、視線はその手元にいった。


——あれ。


見覚えのある色だった。

去年の秋に出た、受注限定のスマホケース。


「彼女からなんですよ。限定品らしくて」


実家の塾で働いていたころ、圭太がそう言って少し照れた顔をしたのを、美玲は覚えていた。


偶然かもしれない。そう思いながら、視線を戻した。

同じように授業から戻った綾乃が、鞄から取り出したスマホも、同じケースで同じ色をしていた。


——青葉にいる彼女。


ああ、そういうことか。


美玲は小さく声を出さずに笑った。



 その日は、日が落ちたころから雨が降り始めていた。湿度ばかりが高く、落ち着かない夜だった。授業を終え、美玲は駅への道を急ぐ。


実家の柏木進学会から青葉に来て二か月。

最初は教務だけだったが、六月に入ってようやく補習の枠をもらえた。


あと一か月半で夏期講習だ。

それまでに成果を見せたい。室長に、きちんと任せられると認めさせたい。


青葉に来たばかりのころ、高瀬綾乃の姿を見たときは、さすがに目を疑った。

大学は別だったし、もう会うことはないと思っていたからだ。


だが、現実は違った。

青葉に来ても、結局あの子はいた。

同じ場所に立っているのに、

最初から違う場所にいるみたいな顔で。

歩いている間も、あの顔が頭から離れなかった。


 駅前近くのコンビニ前に差し掛かった時、自動ドアが開くと酔った様子の漆原圭太が店から出てきた。


「あれ、漆原さん? どうしたんですか?酔ってます?」


泥酔というわけではないが、それなりに酔っているようだ。漆原はすぐに美玲の声には反応せず、きょろきょろとあたりを見回す。


「漆原さん!私です。柏木美玲」


「ああ、柏木先生。こんばんは。今、帰りですか?」


「ええ、漆原さんは飲んでたんですか?」


「そうなんですよ。同僚と、やけ酒で」


圭太はそう言って、コンビニ脇の花壇の縁石に腰を下ろした。

ネクタイを緩め、額に手を当てる。


「一番仲良かったヤツが、四月から上に行って」


言葉が途中で途切れる。

美玲はその隣に腰を下ろした。


「あ、人事のことですか?」


「ええ。入社も一緒で、ずっと横並びだったヤツなんですけど。エリアマネージャーになって。最初は、肩書が変わっただけだと思ってたんですけどね」


少し笑う。


「でも会議になるとね。前まで俺と同じ席に座ってたのに、今は部長や課長の隣にいる。ああ、差がついたんだなって、目の前で見せられる感じで」


雨が細かくなってきた。


「なんか、気づいたら溜まってたみたいで。同じく上に行けなかったやつと、飲んでたんですよ」


「確かに、それはきついですね」


美玲は鞄からペットボトルを取り出し、一口飲む。


「私、漆原さんの気持ち、わかりますよ」


「ええ? 嘘でしょ。柏木進学会の娘さんがそんなことを?」


美玲は少し笑う。


「ご存じじゃないですか。新卒で入った塾、三年でクビになって。実家に戻っても、なかなか結果が出なくて。挙げ句の果てに、父に『修行してこい』って、二十九にもなって、今さら外に出されたんですよ?」


圭太は苦く笑う。


「それも、きついですね」


美玲は視線を逸らした。


「三十手前で、こんなこと言ってるのもどうかと思うんですけど」


「いや、俺も三十二です。似たようなもんですよ」


「あーあ、なんか私も飲みたくなってきちゃった。漆原さん、もう一軒どうですか?付き合ってくださいよ。女が一人で飲んでたら、変なのに絡まれそうだし」


美玲はわずかに身を乗り出した。


「私、奢りますから」


圭太はどぎまぎしながら、視線を逸らした。

ほんの一瞬、迷う。


「……ああ、少しだけなら」


「やった」


美玲は立ち上がる。


「私の知ってるお店でいいですか?」


美玲につられるように、圭太も立ち上がった。


 

美玲の知っている店は、駅から少し離れた一角にあった。

カウンターだけのバーで、バーテンダーが静かにグラスを磨いている。


「ここ、叔父がやってる店のひとつなんです」


「へえ。さすがですね。柏木さんのお父さんは学習塾で、弟さんはバーとかカフェとか、レストランもやってるんですよね。前に聞いたことあります」


「そうなんです」


美玲はカウンターに腰を下ろす。


「だから、安心して愚痴、ぶちまけちゃってください」


「はは、そりゃありがたい」


圭太もその隣に腰を下ろすと、店内をぐるりと見回した。


「素敵なお店ですね」


バーテンダーに向かって声をかける。


「ありがとうございます」


バーテンダーは軽く圭太に会釈すると、美玲に視線を向けた。


「美玲さん、いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」


美玲は圭太の方へ手のひらを向けた。


「こんばんは、増田さん。こちら、仕事でお世話になっている漆原さんです」


圭太も軽く会釈をする。


「初めまして、増田です。ごゆっくりどうぞ。お飲み物は何にされますか?」


美玲は圭太を見る。


「漆原さん、何になさいます?」


「ハイボールで」


「私も同じで」


増田が氷を落とす音が響く。

圭太は少し暗めの照明を見上げると、ひとつ、溜息をついた。

グラスが二人の前に置かれる。美玲は先にそれを手にとる。


「お疲れ様です」

かすかにグラスが触れ合った。


一口飲むと、美玲が先に話し始めた。


「こうやって漆原さんと二人で飲むのは初めてですね」


「そうですね。確かに初めてですね」


圭太は少し笑って、もう一口飲む。


「でも、本当によかったです。漆原さんが青葉に営業で来ていて。知り合いがいない場所に行くのは、なかなか大変ですし」


「確かに。しかも、柏木先生はご実家の塾を出たくて出たわけじゃないし」


「えー、漆原さん、意外と言いますね」


美玲は小皿に盛られたナッツに手を伸ばした。


「だけど、高島駅前教室には高瀬先生がいたから、少しは心強かったんじゃないですか? 同じ高校だったんですよね?」


「え? なんでそれ知ってるんですか?」


圭太は、慌てたように言葉を探す。


「いや、たまたま青葉で高瀬先生と話す機会があって」


「そうですか」


ほぼ同時に、二人はグラスに口を付けた。


「……漆原さんの彼女って」


美玲は、いったん言葉を切る。


「高瀬さん、ですよね?」


圭太の手が、止まった。

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