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その証明は、言葉の中に  作者: こなれたタオル


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3/17

間違えられた名前

 柏木美玲とは、高校時代に知り合った。

英語の宿題がきっかけだ。


英語はレベル別で、A・B・Cに分かれている。

綾乃はBクラス。美玲も同じだった。


担当教師は厳しいことで有名で、

宿題を忘れたと知られたら、その場で延々と説教される。


その日、教室に入るなり、美玲が小さく叫んだ。


「やば……ノート、間違えた」


机の上に出したのは、別の教科のノートだった。

前回のテストの点も良くなかった。

次も落とせばCクラス行き。

顔色が変わっていた。


綾乃は少し迷ったが、目をそらせなかった。


「これ、見ていいよ。急いで写して」


美玲が振り返る。


「え、いいの? 高瀬さんだよね? 本当に?」


「時間ないから」


綾乃はノートを差し出す。

美玲は一瞬、綾乃の顔を見た。


その目は、感謝と――

どこか計算の色が混じっていた。


教師が教室に入ってきた。

美玲はぎりぎりで書き終え、ノートを返す。


「ありがとう。助かった」


そのときの笑顔を、綾乃は疑っていなかった。


この出来事のあと、綾乃と美玲は英語の授業以外でも話すようになった。

近づいてきたのは、美玲のほうだった。


ある日の授業後、美玲が教科書を揃えながら言った。


「ねえ、高瀬さん。文化祭のスローガンコンテスト、一緒に出さない?」


「どうして?」


「うちのクラスの田島さんがさ、高瀬さん、中学のとき読書感想文で県までいったって言ってたよ。こういうの得意なんでしょ?」


「うん、まあ……」


綾乃は美玲の勢いに押され気味に答えた。


「駅前の“フレッシュ”って知ってる?」


「知ってる。入ったことはないけど」


「あそこ、叔父さんがオーナーやってるの。静かだし、落ち着くよ」


綾乃はうなずいた。駅前の喫茶店に入るのは、少しだけ緊張する。


「よし、じゃあ、明日はどう?短縮授業じゃん」


「いいよ」


「OK。授業終わったら、高瀬さんのクラスに迎えて行くから」


美玲は席を立つ。綾乃は、なんだか不思議な気分のまま席を立ち、自分のクラスへ戻った。



 翌日、短縮授業が終わると、美玲が教室の前に立っていた。

美玲は慣れた調子で店のドアを開けた。

コーヒーの香りと心地よいジャズが流れている。


美玲は、カウンターにいる男性に声をかけると、そのまま奥の席へ進んだ。


「こっちこっち。ここ、落ち着けるんだよ」


「う、うん」


綾乃は鞄を膝に置いたまま、椅子に座った。


「何にしようかなあ。まあ、私はいつものやつなんだけど。高瀬さんは何にする?おすすめは、カフェオレだよ。おいしいミルク使ってるんだって」


まだ綾乃がメニューを見ている間に、美玲は片手を上げた。


「マスター、私、いつものね。あ、あと期間限定ケーキも」


「私はカフェオレで」


「え、ケーキ食べないの?おいしいよ」


「あ、うん、そうだね。」


美玲はもう一度、カウンターに振り返った。


「マスター、もう一個ケーキ追加ね」


綾乃はメニューをそっと閉じた。


 

 ほどなくして、美玲のクリームソーダとケーキが運ばれてきた。


「このクリームソーダ、子供のころから大好きでね。ケーキはガトーショコラ。ベルギー産チョコレート使ってるんだって」


綾乃は鞄からノートとペン、スマートフォンを取り出した。


「そういえばさ、最近、図書室でよく話してる人いるよね」


「え?」


「北山君だっけ?」


「うん。本の貸し借りしてるだけだよ」


「へえ」


――図書室での交流なんて、隠しているわけじゃない。

そのとき、綾乃は深く考えなかった。


「でさ、どうする?スローガン」


美玲がケーキにフォークを入れながら言った。


「そうだなあ。ちょっと思いついてるのはいくつかあるんだけど」


「どんな感じの?」


綾乃はノートを広げると、丸で囲んだ部分を指でなぞる。


「自分色とか、空とか、そういう言葉を使いたくて。一番しっくりきたのは――『自分色の空へ、駆け出せ』かな」


「へえ、いいね」


美玲はスマホをいじりながら、クリームソーダのアイスをつついた。


「柏木さんのは?」


綾乃が口を開いたところで、ようやく綾乃のカフェオレが運ばれてきた。


「ああ、私の? 実はさ、考えてきたノート、家に忘れちゃって。スマホにメモしてないかなって探してたんだけど、なくてさ。こっちから誘ったのに、ごめんね」


「そうだったんだ。別にいいよ。気にしないで。この喫茶店来てみたかったし」


「よかった。でさ、お詫びってわけじゃないけど、私が高瀬さんの分も出しとくよ。実行委員、うちのクラスだし」


「そうなの。じゃあ、お願いするね。」


「うん。任せて」


美玲はうなずくと、スマホの画面をふせた。



 文化祭まで、あと三週間になっていた。

一階の職員室前の掲示板に人だかりができていた。


「ねえ、文化祭のスローガンの発表出てるって」


後ろから歩いてきた女子グループの声が聞こえ、綾乃は足を止めた。

掲示板には、白い大きな紙が貼られている。

いくつか並んだスローガンの中で、一番大きな文字が目に入った。


「自分色の空へ、駆け出せ」  2年F組 柏木美玲


綾乃は一度視線を外すと、もう一度その名前を見た。


「なんで……」


後ろからポンと肩を叩かれた。


「高瀬さん、ごめんね。ほんとにごめん!私、提出する時、名前を書き間違えちゃったみたいなの」


美玲が申し訳なさそうに立っていた。


「先生に、言いに行こう」


「いいよ。私が柏木さんに提出頼んだんだし。それにもうポスター作り、始まってるんでしょ?」


「まあ、そうだけど。ほんとにいいの? なんか私が取っちゃったみたいじゃない」


「大丈夫。気にしないで。」


綾乃は、掲示板から目を離した。


「じゃあ、私、次、音楽だからさ。行くね」


美玲はそう言うと、手をひらひら振って階段のほうへ消えた。

綾乃はゆっくりと歩き出す。

廊下を曲がったところで、現代文の山川先生と目が合った。


「高瀬。スローガン、出さなかったのか。期待してたんだがな」


「え、私、出してるはずですけど」


「いや。高瀬の名前はなかった。俺は審査に入っているから、間違いない」


「そうですか」


山川先生は、不思議そうに綾乃を見て、そのまま去っていった。

廊下に綾乃だけが残った。

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