面談室の証拠
綾乃が黒田からの報告をカフェ・ブルーバードで受けた、その日の夜。
美玲は自宅でワインを飲みながら、スマホを眺めていた。
昨夜、綾乃に送ったメールに対する反応はまだない。
グラスを傾ける度に、右手の人差し指の指輪が照明の光を小さく弾く。
「今頃、泣いているのかなあ」
美玲は、楽しそうに笑った。
黒田は綾乃と会った次の日、塾に到着すると早速並木のもとへ向かった。
「並木先生、今、いいですか?」
「ええ、では面談室で」
その様子を、美玲は講師室の机から横目で見ていた。
――へえ、珍しい。なんの話だろ。
美玲は一瞬だけ視線を向けたが、すぐにタブレットへ目を戻した。
面談室のテーブルにつくと、並木はさっそく黒田に問いかけた。
「それで、どうでした?」
「高瀬先生は、はめられました」
「どういうことです?」
並木は持っていたペンをくるくる回した。
「あの写真は、ある人物の意図があって撮られたものです。
あの写真に映っている男性は、冴島健斗君の父親です。
他の写真も入手しました」
「冴島さんですか。確かに、以前、面談で来ていただいたとき、高瀬先生を褒めていましたね」
「並木先生、冴島さんに連絡を取ってもらえませんか。
どういう状況で、あのカフェに行くことになったのか、知る必要があります」
「わかりました。あとで電話してみます。
それで、他にはどんなことがわかったんですか?」
「ああ、この続きは僕の授業が終わったあとに、また」
黒田はそう言うと、面談室を出た。
すべての証拠を並木に無防備に渡すわけにはいかない。
並木がどこまで信用できる人物なのか、まだ判断できなかった。
それから約二時間後。
授業を終えた黒田は、美玲が授業に向かうのを待って並木に声をかけた。
再び面談室に入ると、二人は向かい合って椅子に座った。
「あのあと、冴島健斗君のお父さんに電話してみました。
それで、新たにわかったことがあります」
「なんですか?」
「冴島さんは確かに高瀬先生と、あの写真にあるカフェで会われたそうです。
ただ、話を聞いているうちに、どうやらこの件に柏木先生が関わっているようだとわかりました」
「やっぱり、柏木先生がですか」
並木は驚いたように顔を上げた。
「やっぱり、と言うと?」
「僕、さっき写真を入手したって言いましたよね。それ、撮った本人からもらってきたんです」
「ええっ、本人からですか?よくその人を見つけられましたね」
「はい。同じ大学の学生だったんです、その人。それで、その本人が柏木先生に頼まれたって言っていて。実は、その話、ボイスレコーダーに録音してあるんです」
「なるほど。それは決定的な証拠ですね。ちょっと聞かせていただけますか」
黒田は鞄からボイスレコーダーを取り出すと、再生ボタンを押した。
並木はしばらく黙り込んだ。
深く息をつく。
「あの、並木先生?」
黒田は、じっと動かない並木に思わず話しかけた。
「ああ、すみません。この件は大きすぎて、私の手には負えません。
塾長にまず報告して、それから対応を考えたいと思います。
高瀬先生には、あとで私から謝罪の連絡をします」
「わかりました」
黒田はそう言うと、立ち上がった。




