裏口の取引
黒田は竹下にメッセージを送ると、そのままカウンターに座り、沢田が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。
しばらくして、スマホの画面に既読がついた。
すぐに返信が来る。
<大沢じゃね?>
「大沢……ね」
黒田は続けてメッセージを送る。
<今日、どこにいるかわかる?>
<高台寺駅前の居酒屋たちばな。今日はそこでバイトのはず>
黒田はすぐに別のグループチャットを開いた。
<今日の夜、ヒマなやついる?>
すぐに既読がつく。
<どうした? マジで俺ヒマだわ>
<俺も今日はバイト休みだからヒマ>
田口と根岸の二人から返信が来た。
二人とも同じ大学でよく一緒に飲む仲間だ。
黒田は続けてメッセージを送る。
<ちょっと行きたいとこがあってさ>
<今夜、八時。高台寺駅前の居酒屋たちばななんだけど、どう?>
<飯は俺がおごる>
<おごりなら行くわ>
<俺も>
二人ともすぐにのってきた。
「よし」
黒田はスマホをポケットにしまうと、コーヒーを一気に飲み干した。
「沢田さん、この人の名前わかりました。大沢っていうみたいです。今日、高台寺駅前の居酒屋でバイトらしいんで、できたら話を聞いてきます」
「大丈夫なの? 無茶しないでよ?」
「ああ、友達も一緒なんで。大丈夫だと思います」
「ごちそうさまでした」
黒田が財布を出そうとすると、沢田が手を振った。
「いいから。気を付けてね」
黒田は軽く頭を下げると、店を出た。
午後八時。
高台寺駅前の居酒屋たちばなの前で、田口と根岸が手を振っていた。
店の前には、仕事帰りの客が次々と入っていく。
「おー、お疲れー」
「珍しいじゃん。クロが居酒屋とか」
根岸が店の引き戸を開けながら言う。
「いらっしゃいませー」
すぐに元気な声が聞こえてきた。
「うん。ちょっとここ気になっててさ」
三人は一番奥の座敷の席に案内された。ここからなら店全体が見える。
焼き場の方から、タレの焦げる匂いが漂ってきた。
黒田はメニューを見るふりをしながら、ゆっくりと店内を見渡した。
カウンターの奥に、大沢らしき男の姿が見えた。
「とりあえず、ビールでしょ?」
田口がテーブルの端にあるタブレットを手に取った。
ビールがすぐに運ばれてきた。
「乾杯」
それぞれが一口飲む。
ちょうどジョッキを置いたタイミングで、大沢がほかの席の注文品を届けて戻るところだった。
「あれ? 大沢? ここでバイトしてんだっけ?」
大沢は田口の顔に気づくと、客に対応するようなふりをしながら、小声で答えた。
「田口じゃん。あ、言ってなかったっけ。ずっとここでバイトしてるんだ」
黒田はタイミングを見て、大沢に声をかけた。
「すみません、大沢くん、ですよね。
同じ大学の黒田です。青葉でバイトしてて、柏木先生から伝言を預かってます。」
「柏木先生?」
大沢がいぶかしげに黒田の顔を見る。
「はい。柏木美玲先生です。写真の件でって言えばわかると」
「ああ、写真ね。OKです。あと三十分で休憩入るんで、その時に」
「わかりました」
大沢はそのまま調理場の方へ戻っていった。
三人はビールを飲みながら、他愛もない話をして時間をつぶした。
三十分ほどして、大沢が店の奥から姿を見せた。
黒田の方を見ながら、指で外を指している。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
黒田は二人に声をかけると、店の外に出た。
店の横を通る細い道で、大沢が手を振っていた。黒田もそこへ向かう。
街灯があるので、あたりは明るい。
裏口の脇には、ビールのケースがいくつも積み上がっている。
人が二人並ぶと、少し窮屈なくらいの幅だ。
「急にすみません。柏木先生からなんですが、撮った写真を全部ほしいそうです。
ただ、やっぱりメールではまずいだろうってことなんで、USBメモリ預かってきました」
「あ、OKです。やっぱり、あの人、ヤバイひとだったんですか?なんかカフェで男と会って、金みたいなもんもらいそうになってたし」
大沢はスマホの画面をスクロールしながら答えた。
「あんな人が美玲先生ちの塾で雇われたら、大変だし。マジで役に立てたっぽくてうれしいですわ」
「……それって、柏木先生に頼まれたんですよね?」
「あ、そうっすよ。
美玲先生の実家で雇いたいみたいで、素行調査って感じで」
黒田は大沢のスマホにUSBメモリを差し込むと、写真の転送を始めた。
画面の転送バーがゆっくりと進んでいく。
「美玲先生ってめっちゃいい先生ですよね。美人だし。
俺、ずっと憧れてて。だから、これ頼まれたときマジでうれしくて」
「実は動画もあるんですよね」
大沢が自慢げに言う。
「あの女、彼氏いるくせにほかの男と会ってるし。ほら、これ」
黒田がスマホをのぞき込むと、そこには綾乃が三十代くらいの男と腕を組んで歩いている場面が映っていた。
写真の転送が終わる。
「これで、全部ですか?」
「そうですね。あ、これ消しときます? 」
「あ、そのままで大丈夫です」
「了解です。美玲先生、メッセージ送っても全然返信こないんですよ」
「ああ、やっぱり夏期講習中は忙しいですからね」
「そうだよなあ。まあ、またあとで連絡してみます」
大沢は黒田からスマホを受け取ると、一礼して店に戻っていった。
黒田はポケットの中で、小さな停止ボタンを押した。
一度大きく息を吐くと、居酒屋の入り口の引き戸を開けた。




