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その証明は、言葉の中に  作者: こなれたタオル


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10/14

返信のない夜

 美玲は自宅でワインを飲みながら、ゆっくりと洋画を見ていた。

部屋の明かりは落としてある。

スクリーンの光が、リビングの壁を淡く照らしていた。


予想していた時間に、スマホの着信音が鳴る。


画面には圭太の名前。


〈今、終わった〉


美玲はすぐに返信する。


〈わかった。部屋で待ってるね〉


送信すると、スマホをテーブルに置いた。

グラスを持ち上げる。

ワインをひと口飲むと、美玲の口元に笑みが浮かんだ。



それから数分。

インターホンが鳴る。


美玲は立ち上がり、オートロックを解除する。

すぐに圭太がドアの前にやってきた。


「早かったね」


「結構近いからね」


圭太はそう言って靴を脱ぐ。

もう部屋に来るのは初めてではない。


上着をハンガーに掛ける場所も、

冷蔵庫の位置も、迷うことはなかった。


「ワイン?」


美玲がグラスを軽く持ち上げる。


「うん。この前来た時のチーズ、またある?」


「あるよ。圭太さん好きだから買っておいた」


美玲は立ち上がり、キッチンへ向かう。

冷蔵庫を開けて、小さな皿にチーズを並べた。


「はい」


「ありがとう」


圭太はワインをひと口飲む。


「やっぱり美玲さんの部屋、落ち着くな」


「そうかな。ありがとう。

 私は圭太さんといると落ち着くけど」


美玲は圭太の袖を軽く引き、ソファへ誘導する。


「あれ、この映画、この前見たやつだよね?」


「ああ、うん。なんか気に入っちゃって。

 最近、何回か見てる」


圭太はソファに腰を下ろし、画面を見上げた。


「こういうの好きなんだ」


「うん。静かなやつ」


しばらく美玲は圭太の肩に頭をのせたまま、画面を見ていた。


「ねえ」


美玲が小さく言う。


「今日も高瀬さんと会ってきたんだよね」


「あ、うん」


圭太はほんの少し視線を落とす。


「圭太さんが優しいのは、すごくよくわかる」


美玲はそう言って、圭太のグラスを手に取った。

ボトルを傾け、静かにワインを注ぐ。


「でもさ」


「これ以上隠しておくのって、よくないと思うんだ」


グラスを圭太の手に戻す。


「私だって、ちゃんと圭太さんを独り占めしたい」


「……それに」


「高瀬さんって、圭太さんが思ってるほど『綺麗』なのかなって、たまに思うこともあって」


圭太は、グラスを見た。

何かを言いかけて、やめる。


「わかってるよ。本当にごめん。今度会った時、けじめはつけるから」


グラスを持ち上げ、ワインを一気に飲み干した。


「大丈夫。責めてるわけじゃないよ。圭太さんの気持ちもわかるもん」


美玲はそう言って、空になったグラスにワインを注いだ。


「七月の最初の頃だっけな。

 一緒に飲んでた時、圭太さん、けっこう酔っぱらってて」


「綾乃にとって俺は初めての男で、

 あんな真面目な子が俺を選んでくれたから感動した、って」


美玲はグラスを指で回す。


「そんなこと言ってたよね」


圭太は少し照れたように笑う。


「……言ったっけ」


「言ってた」


美玲は顔を上げた。


「正直、あの頃はもう、私、圭太さんのこと好きになってたから」


「ほんと、嫉妬しちゃって」


美玲はワインをひと口飲んだ。


「それでついさ、圭太さんを家に誘っちゃったんだよね」


圭太は苦笑する。


「……あれは、ずるいよ」


「なにが?」


「覚えてるだろ。

 『送ってくれるだけでいいから』って言ったの」


美玲は肩をすくめる。


「だって本当に送ってほしかったんだもん」


「……まあ、そのあと飲み直そうって言ったのは私だけど」


「うん、俺もまさかあのあと、ああなるとは思わなかったけど」


「えーー、あれって私のせいなの?」


美玲は自分のグラスをテーブルに置くと、圭太のグラスもその隣に置かせた。

そのまま圭太の肩に腕を回す。


「ねえ」


顔を近づける。


「圭太さん、あの時ちゃんと拒否できたでしょ?」


圭太も美玲を見る。


「……できたかもな」


「じゃあ」


美玲は囁く。


「圭太さんも同罪」


「あの夜のこと、後悔してない」


美玲の肩を抱き寄せる。


「もちろん、美玲にも後悔させない」


圭太と美玲の唇が近づこうとした、その瞬間。

テーブルの上の圭太のスマホが震えた。


圭太がちらりと画面を見る。

美玲がそれに気づいた。

スマホに手を伸ばしかけた圭太の手を、美玲がそっと止める。


「今は、私の方を見てて」


そう言って、スマホを裏返しに伏せた。

圭太は何も言わない。

再び二人の距離が近づいた。


圭太と美玲の夜が、ゆっくりと深まっていく。



 その頃。


綾乃は風呂から上がると、髪をタオルで軽く拭きながら冷蔵庫を開けた。

圭太のために買っておいた缶ビールを取り出し、ひと口飲む。


「あー、おいしい」


片手でスマホを手に取る。


〈今日はありがとう。久しぶりに会えてうれしかった。ちゃんと帰れた?〉


送信してから、少し待つ。


返信は、来ない。


綾乃はもう一度スマホの画面を見た。


「変だな。いつもなら、すぐ返ってくるのに」


少し考える。


「タクシーの中で寝ちゃったのかなあ」


綾乃はスマホを机に置き、テレビをつける。

また一口ビールを飲んだ。


スマホは静かなままだった。

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