派遣法
議事録の件以来、山根さんたちの私を見る目は、明らかに「排除」の熱を帯びるようになった。
「佐藤さん、来週の新製品発表会、受付のヘルプに入ってちょうだい。あ、会場は外のテラス特設ブースね」
山根さんは、デスクで高級なデパ地下スイーツをつつきながら、画面も見ずに言い放った。新製品発表会。わが社の社運をかけた大イベントであり、全社員が華やかなスポットライトを浴びる舞台だ。けれど、私が割り当てられた「特設ブース」とは、当日「降水確率90%」の予報が出ている、屋根すら心もとない吹きさらしの屋外受付のことだった。
当日。空はどんよりとした鉛色に塗りつぶされ、予報通り冷たい雨が降り始めた。
私は、薄い制服の上に「派遣用」とマジックで書かれた安っぽいビニールのカッパを羽織り、極寒のテラスに立っていた。正社員の受付嬢たちは、暖房が完璧に効いたロビーで、温かい紅茶を飲みながらVIPを迎えている。ガラス一枚隔てた向こう側は春のように温かそうなのに、こちら側は凍えるような冬だ。
冷たい雨が、容赦なくビニールカッパを叩く。
私はかじかむ手で、雨水に濡れて重くなった招待客リストをめくっていた。
その時、会場の入り口に黒塗りの車が止まり、SPを引き連れた九条社長が現れた。彼はロビーへ向かうはずの足を止め、テラスの隅で震える私を見つけると、カミソリのような鋭い視線を向けた。
「……佐藤? なぜ君がそこにいる。」
「山根さんたちに、人手が足りないから外を頼むと依頼されまして……」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、社長は背後の責任者を冷徹に射抜いた。
「どういうことだ。派遣社員を契約書と異なる業務に就かせることは、労働者派遣法に抵触する。今回の契約に『屋外イベントの設営・運営』など含まれていないはずだ。我が社のコンプライアンス体制はどうなっている。……この事態が露呈すれば、事業停止命令を受けるリスクすらあると理解しているのか?」
「ひ、避難訓練の一環でして……!」
「そんな苦しい言い訳が労働局に通じると思うのか。今すぐ彼女を中へ戻せ。そして山根と、指示を出した社員を全員ここへ呼べ。代わりに彼女たちがここで受付をしろ。……契約の重みも理解できない無能には、その身で雨に打たれる実地教育が最適だ」
社長は自ら私の腕を取り、凍えた私をオフィスへと送り届けた。さらに、社長は即座に私の派遣元の担当・鈴木さんに連絡を入れた。
「……私の社員の不手際で、貴社のスタッフに契約外の業務を強いた。深刻な契約違反だ。以後、二度とこのような事態は起こさせない」
翌日。
派遣会社の鈴木さんが、鼻息荒くオフィスに乗り込んできた。
「佐藤さん! 社長から直接お詫びが来るなんて! 30分時間を取ってもらったから、愚痴でも何でも、ぶちまけていいよ!」
会議室で、私はここぞとばかりに「お局様の悪事録」を鈴木さんに浴びせた。
備品をくれない、挨拶を無視する、自分のミスを私になすりつける……。鈴木さんは顔を青くしてメモを取り、その内容はすぐさま社長へと報告された。
社長はお局たちに「今後、佐藤に対する不当な扱いがあれば厳正に対処する」と宣言。実質的な監視強化を突きつけられた山根さんたちは、怒りで髪の毛が逆立ちそうなほどにキレ散らかしていた。
その日の午後。
私が女子トイレに入ると、後を追うようにして山根さんたち三人がなだれ込んできた。
「……あんた、いい度胸ね。社長にチクって、私たちを悪者にして!」
「派遣の分際で、調子に乗ってんじゃないわよ!」
山根さんが私の肩を突き飛ばす。私はあえて抵抗せず、壁に背中を打ち付け「か弱い被害者」を演じてみせた。罵詈雑言、人格否定。彼女たちは社長への不満まで混ぜて、私に怒りをぶちまける。
(……いいわよ、もっとちょうだい。その言葉、全部お宝に見えるわ。)
ひとしきり暴言を吐き、山根さんが「さっさと辞めなさいよ!」と捨て台詞を残して去ろうとした時、私はゆっくりと顔を上げた。
「……山根さん、お疲れ様です。今の、すごく『いい音』で録れましたよ」
私はポケットからスマートフォンを取り出し、録音停止ボタンをタップした。
「え……?」
「これ、社長に聞いてもらってもいいんですけど……。とりあえずは、私の『お守り』として持っておきますね。あ、もし次に私の赤ペンを隠したら、その瞬間にこのデータ、社長のPCに転送されるように設定しちゃおうかな?」
「あんた……! 卑怯よ!」
「派遣ですから、身を守る術は持っておかないと。……これからも仲良くしましょうね、山根さん」
真っ白な顔で固まるお局様たちを背に、私は鼻歌混じりで個室を後にした。
手元には最強の切り札。そして、遠くで私の「暴れっぷり」を分析しているであろう、あのイケメン社長。
(……ふふ、成り上がりへの道、案外どろどろしてて楽しいじゃない!)
次回予告:
弱みを握られたお局軍団。しかし彼女たちは、花を嵌めるための「罠」を社内システムに仕掛ける。
一方で、社長は花に「ある極秘任務」を言い渡し……?




