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崩壊

九条社長の劇的な復帰と、私の「ハッタリ親政」によって、一条家による乗っ取り工作は瀬戸際で食い止められた。しかし、追い詰められた一条美玲が、最後の、そして最も卑劣なカードを切ってきた。

週刊誌のゲラ刷りが、社内の掲示板やSNSに匿名でばら撒かれたのだ。


『九条グループの"女王"、佐藤花の正体は「横領の前科者」だった!』


そこには、私が数年前にある派遣先で、多額の現金を盗んで懲戒解雇されたという捏造記事が、もっともらしい「証拠写真」と共に踊っていた。


「派遣」は職歴が多く、一つ一つの事情を知る人間が少ない。だからこそ、一つ汚名を着せれば、それが真実かどうかにかかわらず、キャリアのすべてを汚すことができる。


「……佐藤さん、これ本当なの? 派遣先で、レジのお金を抜いたって……」


昨日まで私を「女王」と崇めていた社員たちの目が、一気に不信感と蔑みに染まっていく。

秘書室に乗り込んできた美玲は、勝利を確信したような笑顔で私を見下ろした。


「あら、蓮に言っていなかったの? 前科のある泥棒猫を隣に置くなんて、九条グループの恥よ。……さあ、佐藤さん。この書類を読みなさい。あなたの『余罪』もすべて調べてあるわ」


美玲が突きつけたのは、私の「過去」を徹底的に歪めた調査報告書だった。

九条社長は、デスクに置かれたその記事を黙って見つめていた。その無表情が、私には何よりも怖かった。


「……社長、私は……」


「黙っていろ、佐藤」


社長の声は、いつになく冷たかった。彼は美玲に向き直り、一通の青い封筒を差し出した。


「美玲。君が用意した『過去』は、随分と物語性に欠けるな。……私が手に入れた『真実』の方が、よほど面白いぞ」


社長が封筒から取り出したのは、私が数年前に働いていた、その「問題の派遣先」の本当の内部監査記録だった。


「……確かに佐藤は、その会社を解雇されている。……だが事実は逆だ。彼女は、当時の支店長が行っていた『組織的な横領』をたった一人で見抜き、告発しようとした。……結果、証拠を握りつぶした上層部によって罪をなすりつけられ、使い捨てられたんだ」


「な……っ、何を根拠に!」


「根拠か? ……私が、その会社を丸ごと買収したことだよ。……佐藤を陥れた当時の支店長は、今、私の息がかかった子会社で震えながら、すべての自白書を書いている最中だ」


社長は私の隣に立ち、美玲の目の前で、捏造された記事をビリビリと破り捨てた。


「……佐藤は、泥棒などではない。……己の信念を曲げず、巨大な組織に挑んで敗れた、高潔な『アリ』だ。……美玲、君の負けだ。わが社の情報を流出しようとした二階堂への資金提供、そして今回の名誉毀損。……すべて、法の場で精算してもらう」




美玲の顔が、恐怖で引きつる。彼女は震える声で叫んだ。


「……どうして! どうしてそんな底辺の女のために、そこまでするの!? 蓮、あなたは私と結ばれるべきなのよ!」


「……美玲。お前にはわからないだろうな。……1円の誤差にこだわり、泥の中でも前を向くこの女の強さが、どれほど私に、そしてこの会社に必要かということが」


社長が私の肩を抱き寄せた。その力強い感触に、私の張り詰めていた糸がプツリと切れた。


「……社長、買収までしちゃうなんて……コストパフォーマンスが悪すぎますよ。……私の過去なんて、無視すればよかったのに」


「……黙れ、佐藤。……お前の『汚名』を消すためなら、会社の一つや二つ、安い買い物だ」






「君の代わりはいくらでもいる」と言われ続けてきた人生。でも今、目の前のこの男だけは、私という人間を「代えのきかない資産」だと言ってくれた。


一条美玲は警備員に連行され、秘書室には再び、静かな時間が戻った。


私は、社長の胸元で小さく笑った。


「……社長。この『買収費用』、私の将来のボーナスから差し引いたりしませんよね?」


「……フ。お前らしいな。……安心しろ。お前には、これから一生かけて、その倍以上を稼いでもらうからな」


過去の枷を断ち切り、アリはついに、自分を認めてくれる「あるじ」と共に、新しい時代の頂点を見据えた。



次回予告:


九条グループの新体制発表。

社長が全社員の前で宣言した「驚愕のパートナーシップ」とは?

そして、花が手にしたのは、地位か、名誉か、それとも――。



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