VS.The Returnees to Mother Earth『Septentrion』Phase 1 ”Arkzayin”(後編)
☆☆☆
ダンジョン第二層――
入り口から程近いフロアである。
ここは「ダンジョン」と聞いたときに誰もが想像するような、古代の遺跡を模した迷路という典型的なダンジョンだ。
出現するモンスターは低レベルのスライムやゴブリンがほとんど。
宝箱こそ少ないが、罠のレベルも高くはない。
本来ならば初心者の狩り場としてちょうどいいはずの場所――だが、今は未熟な冒険者たちがあげる阿鼻叫喚の坩堝となっていた。
「逃げろ、逃げろォー!」
「なんなんだよ、こいつ……」
「だから今日は帰ろうって言ったんだ!」
「魔法が全部消されちまうゥゥゥ!」
「ヤバい奴が来てるなんて、噂とばかり……!」
SKREEEEE……! と、奇妙なうなり声を挙げながら現れるアークザイン。
アークザインが迷宮の壁に翼を当てると、翼と接触している壁面の色が変わる――直後、ズガガン!と音を立てて射出された質量弾によって、壁は積み木のように粉々に崩壊した。
特異界域拡張生態――アークザインの故郷である異星環境を外界に適用する能力により、ダンジョンの壁に付与されていた耐性を中和して無効――そこに質量弾を撃ちこむことで攻略しているのだ。
壁も、罠も、同族のモンスターすらも蹂躙しながらアークザインは進軍していく。
冒険者パーティの一行は、壁際に追いつめられた。
「くそっ……まだ駆け出しだってのに、こんなの勝てるわけねえよ!」
アークザインの周囲に空間の歪みが出現する。
異界から眷属を召喚する魔法――これこそが質量弾の正体。
高速で射出されたアークザインの落とし子たちは、鋭いフォルムで構成された外殻を持って対象に突撃することで全てを貫く魔弾と化す。
冒険者のリーダーらしき男は、無駄とわかっていても盾を構える。
眼前に迫るアークザイン。
空間の歪みが引き絞られて、質量弾が射出される――!
そのとき。
「お待たせっ!」
突如、戦場に不釣り合いな明るい声が乱入した。
宙を駆けて現れたのは、鮮やかなピンクのツインテールを揺らす少女。
少女は白銀の鎧のミニスカートをひるがえして着地すると、手に持つグレートソードの一閃で質量弾を一刀両断した。
「安心して。ここからはミハルのステージだよ☆」
少女――否、少女を演じる者はグレートソードを肩に乗せて微笑む。
「星羽ミハルっ!」
「ミハぴ!」
「生のミハぴ、初めて見た!」
「ミハルちゃん!」
「ミハぴ……」
冒険者の一行は口々にその名を呼んだ。
「弊社もいます」
と、シルバーのボディスーツに身を包んだ少女も現れる。
ミハルの横に現れたプレジデント罪園――罪園 リアムは手にした光の玉からビームを放ち、冒険者たちの背後の壁に穴を開けた。
「指示します。今すぐ撤退してください、ダンジョンの出口に向かって。あのモンスターの近くではスキルが無効化されます。強制脱出魔法も使用できません」
冒険者のリーダーは驚いて叫ぶ。
「強制脱出魔法が使えないだと? それでは本当に死ぬかもしれないのか……!」
ミハルと罪園はそろって頷く。
「肯定します。この件を他の方達にも伝えてください」
「ここはミハルたちに任せて、ねっ!」
SKREEEEEEEEEEEEEEEAAAK!!!
怒号のように不快な金切り音をあげてアークザインが翼を振り下ろす。
ミハルはグレートソードでその一撃を受けて、皆の盾となった。
「急いでッッッ!」
冒険者パーティの一行は、ミハルに背を向けて壁の穴から逃げ出していく。
彼らの口からは次々に安堵の声が漏れた。
「た、助かったぁ」
「あのモンスターやばすぎんだろ……」
「一階の連中にも伝えないとな」
「おい、どうしたリーダー?」
「いや……」
リーダーの男は先ほどの光景を思い浮かべた。
モンスターの一撃を至近距離で受け止めたミハル――
「(あの時のミハぴの髪色……気のせい、か?)」
☆☆☆
「(あれは……!)」
罪園の眼は、目ざとく状況の変化を読み取った。
「ぐ、ぐううううっっっ!」
アークザインの翼を受け止めているミハルに変化が起きている。
【一念化粧】――物質表面の質感を変化させるミハルのユニークスキルは、冒険者のスキルを無効化するアークザインの能力範囲に入ったことで解除されて、髪色も瞳の色も戻り、その姿は正体である以東 春子そのものになった。
ここまでは想定内。
だが、その先は想定外だ。
「(お義母さまのステータスが低下している……!)」
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「冒険者のスキルはダンジョンの中でしか使えない。つまり、ダンジョンのルールってことだ。アークザインはそれを別のルールで上書きしてるとしたら……」
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罪園は自身の夫が立てた仮説を思い返していた。
そこから更に、次なる仮説を演繹する。
「仮定します……冒険者がダンジョン内で超人的な身体能力を発揮できるのは、ダンジョン内の領域に付与された魔術の効果によるもの。アークザインは対象に接触することで、それすらも無効にできる……!?」
アークザインの攻撃を受け止めていたミハルは、次第に膝を折る。
筋力が低下している――否、ダンジョン外の筋力に戻されつつあるのだ。
「ならば――」
【物質変成】でダンジョンの壁の破片を加工して、即席の弾丸に変換する。
罪園は指で拳銃の形を作り、スキルを発動した。
チャージしていた【月光華】の光球を消費してレーザーを放つ。
「|第一段階・燐光直進熱線!」
【月光華】はチャージされた光球をいくつ消費するかによって放つビームの威力や特性が変わる。
|第一段階・燐光直進熱線の威力は最小。
「第一段階の「思惟の王冠」を消費することで使用できる小回りの良さと引き換えに、威力は牽制程度。ダンジョンの壁を破壊するほどの威力も無い……ですが、それで良い」
むしろ、破壊してしまっては困る。
罪園はダンジョンの壁を素材に【物質変成】で作成した「ダンジョン弾」の底面に向けてビームを放った。威力はダンジョンの壁を破壊するほどではないビーム――ただし、攻撃速度は腐っても光属性最強の称号を有するスキルの一角である。
「ビームをダンジョン弾の推進剤にしました」
|第一段階・燐光直進熱線が直進する勢いによって、高速でダンジョン弾がアークザインに迫る――更にダンジョン内の領域に適用された逆転術式により、この第二層のダンジョン壁の強度はアークザインにとっては凶器と言えるほどにまで硬質化しているのだ。
SKREEEAAAKッッッ!
ダンジョン弾が翼に撃ち込まれると、アークザインは奇声をあげて後退する。
ミハルも空中を一回転しながら罪園の元に舞い戻った。
【一念化粧】を発動して、ミハルは配信者の姿に再び変身する。
「助かったよ、リアムお姉ちゃん!
ところで……今の技、なになに!?」
「そうですね――魔弾アイフォートとでも名付けましょうか。ビームによる直接攻撃が通用しなくても、ダンジョン壁を介した物理攻撃ならアークザインを攻撃できる」
アークザインに接近した時点でビームはかき消されるが――すでに発生した運動エネルギーまでは消えることはない――【物質変成】スキルが消えても既に変化した弾丸は戻ることはなく、そのままボディに直撃することになる。
「なるほど~」と、ミハルは納得する。
「ミハルも戦い方を覚えたよ。アイツに触れている時間が長くなるほど、ステータスにデバフ(弱体化)を受けるみたい……やるなら一撃離脱のヒット&アウェイ!」
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
アークザインとの戦闘ではこれが基本の立ち回りとなるだろう。
「おか……こほん。ミハルにはこちらを授けます」
罪園は【物質変成】でダンジョン壁を変成して、丸太を生み出した。
丸太の先は杭のように鋭利に尖っている。
「神器カズィクルベイ。不死身の怪物の心臓を止めることに特化した、弊社謹製のミハルの専用装備です。これでアークザインのコアを狙ってください」
「か、かじくるべい……?」
「武器としての威力や耐性はグレートソードに劣りますが、これならアークザインの能力の射程外から攻撃できます。攻撃力はミハルのフィジカルで補ってください。耐性については……」
罪園が【物質変成】スキルを使用する。
ボトボトボト、と数本の丸太が生成された。
「問題ありません、代わりはいくらでもありますので」
「あはは、ブラック企業の社長さんみたいなセリフ☆」
ミハルは丸太を脇に抱えた。
シリアスさの欠片もない光景だが、有効な作戦には間違いないはず。
一方、敵陣。
体勢を整えたアークザインが叫び声で威嚇した。
周囲360度に空間の歪みを展開する――
ズガガガガガンッ!
ズガガガガガンッ!
ズガガガガガンッ!
罪園とミハルは難なく回避し、受け流す――
だが、アークザインの目的は攻撃ではない。
一つは、掃討。
アークザインにとって動きづらかった迷宮フィールドは耐性中和と射撃攻撃の合わせ技によって粉砕され、大広間の如く開けた空間となっている。
一つは、手勢。
アークザインの質量弾、その本質は召喚魔法だ。
周囲の壁面から、八本足がうごめいてモンスターの群れが這い出てくる。
アークザイン・スポーン――アークザインのミニチュアのような形をした異界のモンスターたち。
作戦はある。しかし、多勢に無勢。
それでも覚悟を決める――そのとき、ミハルは訊ねた。
「ねぇ、リアムお姉ちゃん。
ミハル、一つ気になることがあるんだけど」
「弊社はその「お姉ちゃん」という呼び名が気になっていますが」
「なんで必殺技がお菓子の名前なのっ?」
「……は?」
「魔弾アイフォート、って……アイフォートって言ったら、クッキーとチョコレートが一緒になってる美味しいお菓子だよね?」
罪園は「なっ……!?」と目を白黒させた。
「否定します。それはアイフォートではなく〇ルフォート、ブ〇ボンの美味しいお菓子です。いいですか、アイフォートというのは……」
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「わかるよ。邪神アイホート――クトゥルフ神話体系に登場する「迷宮の神」の名から取ってるんだな。それにあやかった魔弾アイフォート……実際に見たわけじゃないが、技名からしてダンジョンの壁や床を【物質変成】して弾丸にすることでビームが通用しない相手にも攻撃が可能となる、って感じの技なんだろ? 罪園ならそれくらいは思いつく。だから、俺はお前と戦ったときにギリギリまで「鏡」のボディを隠し玉にしてたんだ……」
「…………っ!?」と罪園は表情を変えないまま驚く。
――へへへ、その顔が見たかったぜ。
はぁ、はぁと息を切らしながら俺は第二層にたどり着いた。
やった……母さんの元に、間に合った!
「(これもパンドラさんが低階層のRTA(ダンジョン攻略速度を競う配信)をやり込んでくれてたおかげだな……)」
母さん――ミハルは俺の登場に驚いたらしい。
「お兄さん、どうして……!?
ケガは大丈夫なのっ!?」
俺は親指を立てて応える。
「なんとか、バッチリだぜ。この人のおかげで」
「皆さま、ごきげんよう♪」
と、パンドラさんが一礼した。
ミハルは嬉しそうにパンドラさんに手を振る。
「パンドラちゃんっ! 久しぶりだね!」
「ええ、ミハルさま。お久しぶりです。
そちらは罪園さまですね。
いつぞやはお世話になりました」
「……こちらこそ、ミス・パンドラ。
状況は聞いていますか?」
「はい。リュウさまとも仮パーティを組みましたもの」
「ああ。これで俺たちは四人――」
イモータル・リュウ――
星羽ミハル――
プレジデント罪園――
パンドラ――
即席の仮パーティではあるが――
この場かぎりの新生『ハッピー・エクリプス』だ。
この四人でアークザインを討ち取る!
「ミハルたちはアークザインに対する作戦を立ててきたんだな」
「うんっ、リアムお姉ちゃんが武器を作ってくれたんだよ」
「なら、そっちのアークザインは任せた」
俺は罪園に目配せをする。
彼女は無言で頷いた。
あとは、ミハル。
「ミハル、力を借りるぜ」
「……うんっ!」
ミハルの影に触れて、ミハル・オルタナティブを生成する。
黒一色の影人形たるミハル――母さんの現し身。
ミハル・オルタナティブを傍らに立たせる。
これで準備はOK。
「俺とパンドラさんで――
『もう片方』のアークザインをぶっ倒す!」




