意外な協力者が参戦する
ダンジョン『悠青の祭壇』、地下第十九層――
罪園が作り出した檻の中。
ぐったりと休む俺の元に、一人の女性が現れた。
冒険者である。
その姿はどこか神秘的で、他の冒険者とは違う独特なオーラを放っている。
まず目を引くのは、紫色の美しい髪。
滑らかな錦糸のような髪は肩甲骨のあたりまで流れる長さで整えられており、その髪の色合いは深夜に浮かぶ星々や月明かりを思わせた。
衣装は冒険者らしく動きやすい加工がされたシスター服。
彼女の顔には柔らかな微笑みが浮かび、目は糸のように細く閉じられている。
左目の下に小さな泣きぼくろがあり、これは彼女の儚げで清楚な印象を際立たせていた。
以前にダンジョン『樹鋼の幽獄塔』で出会ったA級冒険者。
彼女の、名は――
「――パンドラさん!」
「ごきげんよう、イモータル・リュウさま♪」
檻に近づいたパンドラさんは、格子越しにペロリと舌なめずりをする。
「くすくす。さながら刑の執行を待つ囚人のような出で立ちですわね」
「いや、これには理由があって……」
「存じてますわ。リュウさま、手を」
「手……?」
格子の外に手を伸ばすと、パンドラさんは指と指とを絡めて、ぎゅっと握る。
これって……恋人繋ぎ、ってやつなんじゃ!?
「【接触回復・強】――」
ほわり、と暖かな光が伝わってきた。
全身の疲労感が抜けて、HPが回復していく。
ほとんど底を尽いていたHPゲージがあっという間に満たされていった。
「高等司祭の職業スキルですわ。相手に触れているあいだ、高効率でHPを回復し続けられる――手を離しちゃダメですわよ?」
「あ、ありがとうパンドラさん。それはそうと……触れるだけなら、手を握らなくても……いいんじゃないか?」
母さんやアキみたいな家族や、幼馴染の罪園を除いたら――女の子の手を握るなんて初めてだ。
正直言って、めちゃくちゃ恥ずかしい。
こんな美人と、だよ――
手に汗が出てる気がする……気持ち悪いとか、思われてないか?
逃げるように力を抜くと、パンドラさんの細くしなやかな指がうねるように絡みついた。
俺の手汗のせいか、ぬるりと這うその指は獲物を逃さない蛇のようで――
「(って、失礼すぎるだろ! パンドラさんは俺を助けに来てくれたんだし……)」
「リュウさま? 手を離さないでくださいまし」
「ああ……ところでパンドラさんはどうしてここに?」
ダンジョン攻略だとしたら、妙な話だ。
パンドラさんは『パンドラの希望』というパーティのリーダー。
あの後、ダンジョン攻略配信もやってることを知って配信動画を見るようになったが……動画では常にパーティ単位で攻略している。
ところが、今日はパンドラさんの周りに仲間の冒険者はいなかった。
「実は……推し活ですの♪」
「推し活?」
ひょい、とパンドラさんが取り出したのは団扇だった。
そこには「芋竜」「ファンサして」とハートマークが書いてある。
「わたくし、リュウさまのファンになってしまいましたのよ。今日は推しであるリュウさまのダンジョン攻略バトルを間近で見ようと、いざ現地に参戦しましたわ!」
「そうだったのか……それは素直に嬉しいぜ。パンドラさんの方が有名な配信者なのにな。まぁ、現地に来てくれた意味は薄かったかもしれないが」
「……ええ。リュウさまもミハルさまも、リア……プレジデント罪園さまも、ダンジョンの床を壊してドンドン進むものでしたから、このフロアもあっという間に通過されてしまいましたわ。仕方なく、ソロ攻略している冒険者の方や回復職がいないパーティの方たちを手助けしていましたの」
「辻ヒーラーってやつか。聞いたことはあるな……」
時代劇に出てくる無差別に人を斬るサムライを「辻斬り」と呼ぶが、それに対して仮パーティを片っ端から組んで無差別に回復スキルをかけてくれる人のことを「辻ヒーラー」と呼ぶらしい。
「そのおかげで助かったよ。これでミハルたちに追いつける」
HPは8割ほどまで回復している。
駆けつけるには充分だ――と立ち上がろうとすると、パンドラさんに引き戻された。
「ぐ、ぐえ」
「まだ、です、わ! さっきの戦闘では、あのモンスターの攻撃で瀕死にされてたじゃありませんの。全回復してからじゃないと、行くのは認められません」
「それもそう……だな。パンドラさんも見てたのか」
――あれ? ってことは。
「もしかして……俺とミハルの話、全部、聞いてた?」
血の気が引く。
誰もいないと思って、言っちゃいけないこと言いまくってた気がするぞ。
俺の問いに、パンドラさんは目を薄く開いて小悪魔じみた笑みをする。
「ご安心くださいまし。全部は聞いてませんわ。わたくしが駆けつけたときには、もうミハルさまが罪園さまと一緒に上の階層に向かう直前でしたから」
「そ、そうか……」
「『頼む、行かないで母さん』は聞きましたけど」
「完全にアウトじゃねーかっっっ!」
「『母さんの正体がバレるかもしれないんだ』」
「バレてるーーーっ!?」
「『ミハルを一人の女性として愛している』」
「お願いだ、もう殺してくれ……!」
「それだけの元気があれば、死にはしませんわね♪」
HPが全回復した。
パンドラさんは絡めていた指をほどき、手を離して立ち上がる。
「リュウさま、離れてくださいまし」
「……?」
俺が後退すると、パンドラさんはメイス(殴打棒)を構えた。
すぅ――と息を吸って、メイスを振り下ろす!
ゴガァァアン!
パンドラさんの一撃で檻の格子は粉々に破壊された。
――イメージしてたキャラと違いすぎる!
「……パンドラさんって、もしかして武闘派なのか? 配信ではパーティのリーダーとして味方の指揮と回復支援に特化してた感じだったが」
「隠し玉の一つや二つ、A級冒険者なら当然ですわ♪」
おそるべし、A級冒険者。
「ひょっとしたら、俺たちが助けなくても……オークプリーストぐらいなら倒せた可能性とか、ある?」
「そんなことはありませんわーっ!? わたくしの能力はタイマン専用ですし、色々と面倒な条件もありますから……」
パンドラさんはカバンにメイスを仕舞い、支援スタイルに戻る。
俺の元に仮パーティの申請が届いた。
「お供しますわ、リュウさま。ここから低階層へ逆走してミハルさま達を追う――戻れば戻るほどダンジョンの難易度は下がりますもの、追いつくのも難しくないはず」
「ありがとう、パンドラさん。
これでいつかの貸しは帳消しかな」
くすくす、とパンドラさんは口元に手を当てて笑う。
「まだまだ、返済は終わりませんわ。
たっぷりと返させていただきますわよっ」




