VS.The Returnees to Mother Earth『Septentrion』Phase 1 ”Arkzayin”(中編)
怪物アークザイン――
それと相対した瞬間、全身を圧迫するような威圧感が推し寄せた。
ダンジョン第十九層――薄暗い闇を纏うかのような地下空間の中で、ぼんやりと輝くのは螺旋状の胴体を持つ巨影。
アークザインは翼を広げる。
おそらく、これは攻撃の合図だ。
「やらせるかよ――!」
正面にいたら、例の射撃攻撃の的になるだけ。
【壁歩行】スキルで俺はジグザグの立体軌道を取りながら大回りに迫る。
正面から突っ込むのは――
「私に、任せて……いっくわよーっ!!」
大剣を構える母さんと、
「援護します――【物質変成】!」
錬金術でダンジョンの床を素材に壁を生み出す罪園。
予定どおりに、二人は陽動を務めてくれている。
俺の視線はアークザインの翼から、自然と足元に落ちる影へ移った。
アークザインが強力なモンスターであれば、強力なモンスターであるほど――俺のスキルの恰好の的となる!
SKREEEEEEEEEEEEEEEAAAK――!!!と、怪物は奇声をあげる。
アークザインは螺旋状の胴体を大きく振り、振動が壁を通じて足元に伝わってきた。
これは威嚇か、あるいは戦いの開始を告げる合図か。
ほどなくして、空間の捻じれによってモンスターが高速召喚・射出される!
発射された生物弾頭。
目標は陽動を務めている母さんと罪園だ……!
――申し訳ないが、ここは耐えてもらうしかない。
母さんは大剣を振るって、刹那の見切りで弾頭を切り落とす。
罪園が錬金術で生み出した壁には弾頭が深々と突き刺さった。
「(流石だぜ、母さん! それに、罪園も上手い……あの壁が元はダンジョンの床ってことは、逆転術式を受けたアークザインにとっては固い盾になるわけか)」
アークザインは接近する俺には見向きもしない。
それもそのはず――母さんの【一念化粧】によって俺の体表には周囲のダンジョンの壁の模様が投影されているんだ。
「鏡」の材質を得ていた罪園戦の時の運用を参考に、更なる迷彩効果を得ている。
恐るべきは自身の戦闘と同時にこれだけの繊細なスキル運用を可能とする母さんのセンスだ……俺にはとても真似できない。
父さんと組んでいた時から通算したら、もう10年以上のキャリアになることを考えると、これも冒険者としての母さんの経験による力なのかもしれない。
「(10年以上のキャリア、か……)」
----------------------------------
「アークザインは10年前にも出現が確認されました」
と、語る罪園の横で……母さんは表情を曇らせていた。
----------------------------------
冒険者だった父さんが亡くなったのは、ちょうど10年前。
死因は事故としか聞かされてなかったが――
「(まさか……いや、そんなことは後回しだ。今は戦いに集中しろ、俺!)」
盗賊のスキル【無音歩行】を使いながら接近して、アークザインの足元に忍び寄る。
目的はアークザインの影人形を生成すること。
ここまでは予定通りだ。
よし、影に触れてスキルを発動――!
「(な、何っ!?)」
だが、【影下分身】は発動しなかった。
「(どういうことだ?)」
予想外の事態に冷や汗が流れる。
アークザインが強力すぎてコピーするのに必要なMPが足りない可能性……?
いや、事前に母さんから充分にMPの供給は受けてたはず。
ならば何故――と巡る思考は、母さんの声でストップした。
「リョウちゃん、避けてッ!」
おいおい、そんな風に声をかけたりしたら俺の存在がバレて……バレて、しまうと言おうとした瞬間に俺は気づく。
俺の体表に施された迷彩効果が解けている。
反射的にダガーを構えたが、もう遅い。
アークザインの巨大な翼が、風を裂く音を立てながら振り下ろされた。
その動きは巨体から想像するよりも信じられないほどに素早い。
周囲の空気が一瞬で引き込まれるように静まる、その直後――
轟音。
翼が振り下ろされる勢いで空間全体が揺らぎ、受けに使ったダガーは砕け散り、俺は破片と共にダンジョンの壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
骨が折れたか、内臓が潰れたか。
喉と舌から生暖かい血の味を感じる。
――思考を支配するのは、疑問。
「(何故だ? 【一念化粧】の迷彩が使えなかった、それだけじゃない……俺の、影人形も出なかった)」
俺はいつも攻撃を受けるときに、自分の影人形を出して盾代わりにすることでダメージを半減している――これは罪園とのバトルでも使ったテクニックだ。
ところが、さっきのアークザインの攻撃を影で受けることはできなかったのだ。
影人形は俺の命令を効かず、影から実体化することは無かった……。
「――仮説は、ある」
アークザインに接近するまで、俺にかけられていた迷彩は効果を発揮していた。
迷彩が解けたのは奴の足元に行ってからだ。
あいつの足元では【影下分身】も使用できなかった。
影人形を盾としてダメージを受けることもできなかった。
つまり、アークザインの能力は――
「冒険者のスキルを無効化する能力……!
効果範囲はアイツの至近距離ってことか!」
「弊社も同意見です」
気づくと、近くに罪園がいた。
「罪園っ! うっ……げほっ、げほっ」
「喋らないでください。
内臓を損傷しているようです」
罪園が俺の腹に手を当てると、ほのかに暖かい光が差した。
「(回復魔法か……?)」
「【人体変成】の応用、回復職の真似事です。
応急処置にしかなりませんが」
それでも、いくらか気分が楽になってきた。
瀕死のHPは回復して、危険域を抜ける。
会話が可能になったのを確認して、罪園が言った。
「先ほどの話ですが……アークザインの能力について。10年前の出現時に強制脱出魔法が機能しなかったのも、そのためかと」
強制脱出魔法は全ての冒険者がデフォルトで習得するレベル0の汎用スキルである。
俺はそのことから仮説を考えた。
「スキルである以上、アークザインに至近距離で攻撃された場合には強制脱出魔法も使えない、か……ちょっと待てよ、スキルが無効化されるってことは……アークザインには魔法攻撃も通用しないんじゃねえか?」
「肯定します。弊社の【月光華】も命中の寸前でかき消されました」
「ふざけんなよ……どうやって勝てばいいんだ、あんな奴に」
パタパタと足音を立てて、母さんがやって来る。
「リョウちゃん! リョウちゃん、大丈夫!?」
「ああ……なんとか、生きてるよ。
それよりもアイツは?」
「上の階層に行ったみたい……」
「くそっ、このままじゃ上の連中にも被害が及ぶ……!」
罪園は気まずそうに言った。
「……アークザインの出現は、使い魔による定点観測によってダンジョン公社でも把握しているはずです。外への避難勧告は走っていると予想しますが……ダンジョン内部への周知については、連絡が遅れているかも」
「そうだわっ、配信!」
母さんはドローンカメラを取り出す。
「配信でみんなに危険を伝えられれば……リアムちゃん、お願い。配信禁止領域を解除してっ!」
「お義母さまの力になりたいのは山々ですが、配信はできません。弊社はすでに超電磁結界を解除しています」
「えっ……でも、まだ配信は出来ないみたいだわ」
「特異界域拡張生態――セプテントリオンの持つ能力、というよりは生態です。そこにいるだけで、彼らの故郷である異星環境へと周囲の環境を変成していく――電子機器が使用できなくなるのは、彼らの惑星環境ではそもそも存在しない機械だから」
俺には思い当たることがあった。
「ってことは……アークザインの至近距離で冒険者のスキルが使えなくなるのも、もしかしてアイツの生態のせいなのか? 冒険者のスキルはダンジョンの中でしか使えない。つまり、ダンジョンのルールだ。それを別のルールで上書きしてるとしたら」
「……ッ! 否定できません、その可能性は」
罪園は無表情を崩して、目を見開いた。
「最悪の可能性も想定できます。ダンジョンの出入り口は決してモンスターを通さず、破壊不能に近いほどの堅牢な属性を付与されたオブジェクトになっています。通常なら突破は困難――ですがアークザインの場合は破壊可能かもしれない」
ダンジョンのルールを否定する者。
アークザインならば、そのルールを無効にできる可能性はある。
「あれがアークザイン固有の能力なのか、セプテントリオンっていう連中の共通能力なのかはわかんねぇが……どのみち、今の状況は……最悪の、最悪か」
そこに母さんが凛とした声で言った。
「一つだけ、方法はあるわ。あいつの胴体にあった黄色い球体……あれを破壊すれば、その能力は一時的に無効にできるはず」
「え……?」
どうして、母さんがそんなことを知ってるんだ?
「だからこそ、あのとき私は助けを呼ぶことが出来たのよ。そう……また、同じことをすればいい。今度は、私自身が」
「母さん。もしかして……父さんの命を奪ったのは」
母さんは頷く。
「アークザイン。姿を見るのは初めてだけども……あの鳴き声、忘れたことはこの10年のあいだ一度も無いわ。だから、行ってくるわね」
自身の背丈よりも大きな剣を掲げて、母さんは笑った。
いや、違う。
そこにいるのは美少女配信者――星羽ミハル。
「お兄さんはここで休憩っ! 動いたらダメだよ? 次に大ケガしちゃったら、死んじゃうかもしれないんだからっ! ここはミハルに大お任せ☆」
「待てよ、俺も一緒に……ぐっ」
内臓に激痛が走る。ここで動かなきゃいけないのに。
本能的に発する危機感――
ここでミハルを行かせたら、俺は一生後悔するのに。
「ミハルにお兄さんを守らせて。
上で待っているみんなを守らせて。
今度は、ミハルの番が来たんだよ」
ミハルは罪園に向かって目配せする。
一瞬の逡巡――罪園は頷く。
「【物質変成】。
これで以東くんの安全は保障されます」
周囲の床が変形して、俺の周りを囲む壁となる。
それは檻のようにも見えた。
「待って、待ってくれ……頼む、行かないで……母さん!」
俺が母さんを守るって言ったんだ。
母さんは俺が守るんだって、俺が誓ったんだ。
なぁ――そうだよ。
「アイツの近くだとスキルは無効になるんだぞ……【一念化粧】だって解けて、母さんの正体がみんなにバレるかもしれないんだッ!」
「あはは、そうだねっ☆ だから、ミハルとお兄さんのコラボもこれでおしまい」
フライトユニットを起動する罪園。
母さんは罪園の手を取り、浮上していく。
「とっても楽しかったよ、お兄さんとの恋人ごっこ。最初は配信の数字を取るためだったけど……初めてお兄さんに助けられたときに、パパにダンジョンに助けられたときのことを思い出したの。パパみたいにカッコよくなったなって……本当に……息子だから当たり前なのにね……でも、ああやって明日はどうイチャつこう、どうやったらデートみたいになるかな、って毎日毎日考えてると……なんだか自分が若返ったみたいで。うきうきで、心が弾むようで。いつの間にか思い出がいっぱいに増えてた。――ねぇ、リョウちゃん」
「なんだよ……」
「リアムちゃんと戦ってたときに、言ってたわよね。
ミハルを一人の女性として愛してる、って」
「こんなときに……恥ずかしいことを思い出させないでくれ」
「あれ、本当に演技だったの……?」
「えっ……」
声はあっという間に遠くなり、ミハルは上へ、上へと飛んでいった。
手を振りながら、ミハルは俺をずっと見つめる。
「(お願いだよ……行かないでくれよ……!)」
天井の穴の向こうに消えて、視界から見えなくなるまで。
ずっと、ミハルは手を振り続けていた。




