VS.The Returnees to Mother Earth『Septentrion』Phase 1 ”Arkzayin”(前編)
ダンジョン『悠青の祭壇』、地下第四十層――
古代の壁画が立ち並ぶ静寂の地下神殿、
その荘厳さは突如として怪物に打ち砕かれた。
罪園が”至天”のアークザインと呼んだ異形。
それはこの世界のあらゆる生き物に似ていない。
胴体はねじれた螺旋状で、見る者を惑わせる不自然かつ不規則な曲線が続いている。
その質感は生物らしい肌とは程遠い、冷たい金属か陶器のような人工物を思わせた。
巨大な外皮は白々と輝き、ところどころに亀裂が走り、中からは微かに赤黒い地肌が見えている。連想するのはそう、さながら壊れた精密機械のようで。
目に相当する器官は確認できない。
頭部らしきモノさえも見つけられなかった。
胴体に埋め込まれた一際目立つ黄色の球体が、こちらを見下ろす眼のように感じられるのは――なんとか、相手を同じ生き物だと――感情移入が可能な他者なのだと――そう思いたがる本能の顕れなのかもしれない。
巨大な翼、純白の光を帯びた大いなる二対の翼。
空間を支配するが如く広げられた大翼は、動くたびに残像を描いて存在を主張する。
自重を支えられるかも怪しい退化したような足先はダンジョンの地面を踏みしめることなく浮かび上がり、翼で得たものとは思えない謎めいた浮力によって巨体の全身が丸ごと宙に浮いていた。
「こいつが……アークザインだと?」
罪園が語った、この世界を滅ぼす者――異星存在セプテントリオンの一柱。
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先触れはアークザイン
天理を裂く者、光輝の鎧――
至天の使者の一閃、定命の民を焼き尽くす
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アークザインが動く。
こちらに向かって宙を浮きながら前進すると、アークザインの周囲の空間に歪みが発生して、渦のように空間が引き絞られる。
「なんだ、あれは……」
これまでに目の当たりにしたことの無い現象を前に、俺は呆然となる。
そこに母さんと罪園の鋭い声が飛んできた。
「――伏せて、リョウちゃんッ!」
「以東くん、失礼します……!」
「え……?」
フライトユニットで加速した罪園が俺の頭を掴み、地面へと押さえつける。
次の瞬間、風を切るような音を立てて俺の頭上を何かが飛んでいった。
ズガァァァン――! と、背後で炸裂する破壊音。
振り向くと、ダンジョンの壁面に深々と鋭い杭が突き刺さっている。
あれは歪んだ空間の部分を砲台として射出された弾頭!
「(質量弾による攻撃か――!)」
罪園が助けてくれなかったら、避けることも出来なかった。
「ありがとう、罪園」
「注意を怠らないでください。それと、あの弾頭にも警戒を――ただの攻撃ではありません」
グレートソードを構えた母さんが、背後に向けて剣を構える。
警戒対象はダンジョンの壁に突き刺さった弾頭。
「リアムちゃん、あれはモンスターなのね?」
母さんは信じがたいことを言う。
それを裏付けるかのように――
弾頭から八足の足が生えた。
足をうねうねとさせながらモンスターが這いだす。
その姿はアークザインのミニチュア版のようだ。
母さんの言葉に罪園が頷く。
「肯定します。アークザインは召喚魔法によって自身の眷属を異空間から呼び出すことができる――弊社はアークザイン・スポーンと呼称しています、眷属の名を」
「アークザインの落とし子、か……」
良いネーミングだけどよ……。
あれが、ただの召喚魔法だって……!?
召喚魔法の使い手は冒険者にも存在する。
元素精霊を召喚して使役する【召喚師】は魔法職の中でも一般的な職業だ――だけど、召喚魔法そのものを攻撃に転用するなんて聞いたことがない。
「召喚時の勢いで射出されたモンスターが破壊力を伴うほどの加速――そんな召喚魔法がありうるのかよ!?」
「ダンジョンの常識は通用しません。あれはセプテントリオン、あれは遠き星より来たりし異星存在。太陽系外銀河――未来世界線『エリクシル』からの侵略者です」
再び、アークザインの周囲の空間が歪む。
召喚魔法の射出体制に入ったようだ。
けどよ、来るのがわかってるなら――
「【影下分身】ッ!」
「ええええぇぇいっ!」
「【月光華】――」
俺たちは三者三様の手段で質量弾を撃退できるッ!
母さん――ミハルの場合は大剣による一刀両断。
罪園はチャージを消費することによる光線で相殺。
俺の場合は、影と本体を正面から激突させた。
手順は以下の通りだ。
まず、俺自身の影人形を影に戻した上で仕込みとして前方に潜伏させていた。
【造影付与】のスキルによって影人形には俺のスキルを付与できる――付与したスキルは【影下分身】である。
「(【影下分身】の所持者は相手の影に触れることで影人形を生成できる――質量弾の正体がモンスターなら、こいつだって影人形に出来るわけだ――飛来した弾頭が俺の影の上を通過したとき、弾頭の影は潜伏した影人形に触れている――ここで条件を満たしたことで弾頭の影人形を生成可能となり、弾頭の影人形(アニヒレーション・スポーンと名付けた)を空中に生成することで弾頭本体と正面衝突させる)」
本体であるアークザイン・スポーンには衝突時のダメ―ジが入る。
コピーしたアニヒレーション・スポーンにも同様にダメージは入るが、このダメージの半分はアークザイン・スポーン本体にも【影下分身】の能力によってフィードバックするのがポイントだ。
結果、過剰ダメージを与えたことでアークザイン・スポーンを撃破!
「ちなみに『アニヒレーション』は英語で「対消滅」って意味だぜ」
「否定します。「対消滅」は『pair annihilation』です」
……よし、これでアイツの射撃攻撃には対処できるぞ。
距離を詰めて攻略に入るか――と思案したとき。
SKREEEEEEEEEEEEEEEAAAK!!!
耳をつんざくような不快な金属音が響いた。
これは……アークザインの鳴き声なのか?
アークザインは翼を羽ばたかせる。
ダンジョンの天井付近に、巨大な空間の歪みが現れた。
俺たちに向かって放たれたものとは比較にならないデカさだ。
これって、まさか――
「……ダンジョンの天井を破壊するつもりかッ!?」
濃密なエネルギーが凝縮されたように空間が引き絞られて、俺たちの頭上に向けて質量弾が放たれる!
発射の衝撃で地面が震え、空気が引き裂かれる音がダンジョンのフロアを満たした。弾道は直線を描いて天井へと突き刺さる。
暴力の化身である狂戦士、ミハルでさえも破壊に苦労した第四十層の天井は何の抵抗もなく絶対的な破壊力の前に砕かれ、貫かれて、破壊の奇跡を描きながら弾頭は更に上へ上へと飛んでいく。
「嘘、だろ……」
見上げると、そこには延々と続いている巨大な穴が生まれていた。
長い、永い、遠くまでひたすらに続く穴。
もしかして……地表にまで通じてるんじゃないかとさえも思う。
「あいつ、逃げるつもりか――?」
ふわり、とアークザインの巨体が浮力を増した。
天井に空いた穴に向かってアークザインは空中を進んでいく。
――いけない、止めなくては。
本能的にそう思うが、ふと気配を感じると、すぐ近くには八本足をうごめかせながらアークザイン・スポーンがこちらに迫っていた。
「リョウちゃん、一匹だけ逃がしたわ。
対処お願い!」
「了解だ。
……シャドートライエッジッ!」
自身の影人形とのコンボによる【奇襲攻撃】の適用――
2倍ダメージを与える攻撃によってモンスターを食い止める。
そんな中、罪園は天井の穴を通過していくアークザインを見上げていた。
彼女は焦燥感に駆られた声で叫ぶ。
「やはり、目的は『神の石檻』からの脱獄――させません、行かせるわけにはッ!」
罪園は故障していたフライトユニットを再錬成して起動した。
錬金術師の職業スキルである【物質変成】によって翼を変化させて、地上に向かって魔力を噴出してロケットのように飛び上がる!
ダンジョンの自動修復機能によって、既に穴は塞がれつつあった。
「……間に合って!」と罪園がこぼす。
大丈夫だよ、罪園。
そうやって一人で抱え込まなくてもさ――
「俺たちがいるんだぜ――頼んだっ、母さん!」
「行くわよぉ……うおりゃあああああっっっ!」
影鬼ステップライド――自身の影人形を踏み台にしながら連続ジャンプする疑似飛行により、俺と母さんは罪園に追いつく。
母さんは自身の攻撃力を【強打攻撃】によって強化して、塞がりかけの天井に向かって飛んでいくと――大剣の一撃によって再び穴を開けた!
「……以東くん。お義母さま」
「あいつの目的は上の階層を目指すことなんだろ。その前に撃破しなきゃいけない――だったら、俺たちも協力するよ」
「第一層には私たちの配信を見送るために集まってくれた皆もいるわ。あんな奴、絶対にそこまで行かせないんだから!」
俺は罪園に仮パーティの申請をした。
仮パーティを組めば、互いのことを支援スキルの対象にできる。
「俺たち『ハッピー・エクリプス』でアークザインを止めるんだ。やってやろうぜ、罪園!」
「……承知しました。感謝します、お二人とも」
罪園は俺と母さんの手を取った。
しっかりと握り返すと、両手を二人と繋ぎながら罪園は上空へと飛行した。
「ただし、一つだけ約束してください。HPが少なくなった場合、必ず戦線から撤退すること。これは人命に関わる事項です」
「どうしてだ? 強制脱出魔法があるんだから、HPが0になっても死ぬことは無いだろ……経験値やレベル、装備品は別としても」
ダンジョンの穴を通過していきながら、罪園は首を振る。
「強制脱出魔法が機能しない可能性があります」
「それって……」と、母さんが問いかけた。
「強制脱出魔法の誤作動ってことかしら? でも、昔ならともかく……現代ではありえないと思うわ」
「アークザインは10年前にも出現が確認されました。その際に強制脱出魔法の誤作動が多数確認――状況からして、これはアークザインの持つ能力の一つであると推測されます」
冗談じゃないぞ、それじゃあ……
「アークザインによって倒された冒険者は、本当に死ぬかもしれないってことじゃねえか……そんな奴の目的が上の階層に行くことなんて、悪意がありすぎるだろ!」
「否定します。アークザインの目的は上の階層を目指すことではありません」
罪園はかすかに声を震わせて言った。
「敵の目的はダンジョンの外を目指すことにあります」
ダンジョンの外、だと……?
罪園の言葉に衝撃を受けた俺は――「10年前……」と呟く母さんが、ただならぬ様子をしていることに気づいていなかった。




