終わりの始まり
☆☆☆
――以東家のリビングにて。
スマホを片手に画面を見つめながら、亜希は寝転ぶ。
「えー、全然再開しないじゃん……」
亜希が楽しみにしていた配信は中断していた。
亜希の推しである星羽ミハル(+兄)と、
プレジデント罪園によるダンジョンバトル。
ミハルの活躍はもちろん楽しみだったし、対戦相手である罪園 リアム――リア姉の方は、何を隠そう亜希の友達だ。
友達、といってもリアムは兄である涼の幼馴染であり、亜希とは年が離れているものの――亜希にとっては子供の頃から姉のように慕う人だった。
いつも冷静沈着でクールビューティーを形にしたようなリアムは、亜希の身近な人の中では一番の憧れとして映っている。
――今日の配信では、お兄ちゃんのことを「妻」とか言ってて変な感じだったけど。
リアムと涼は、お互いに幼馴染とはいっても住む世界が違うし――友達としてならまだしも、恋愛対象とは見ていない――というのがこれまでの定説だ。(亜希調べ)
しかし、その定説は今晩の配信で覆されてしまった。
「むぅ。リア姉がお兄ちゃんのこと好きって話、お兄ちゃんの妄言じゃなくってマジだったんだ。ふーん。ミハルちゃんといいリア姉といい、最近のお兄ちゃんったら両手に花じゃん。ハーレム気取りか~~~? 中二ドラゴンのくせに。むかつく……」
これまでの人生でマザコン一筋だった兄の元に、いきなり春がやって来た。
それも、全くタイプの違う美少女が二人。
「(ま、お兄ちゃんのマザコンが治るなら良いんだけどさ)」
亜希は密かに兄のことを気にかけている。
二言目には母さん母さんと言い出すマザコン癖と、壊滅的にダサいセンスについては閉口しているが、それ以外の点については嫌いじゃない。意外と。
なんだかんだで面倒見良いし。
――あたしも、もう子供じゃない。
親友の理沙や学校のクラスメイトに「ブラコン」なんてからかわれるのが嫌だから、昔みたいに兄にベタベタしないようにはしてるけど。
「お兄ちゃんの良いとこを見てくれる人、やっと来てくれたね」
それが星羽ミハルと罪園 リアムというのは計算外だったけど。
ミハルと兄はパーティを組んでるものの――肝心のコラボ配信では、ずっと友達なんだか恋人なんだかわかんないような、やきもきする関係を続けている。
そうなると元から幼馴染であるリアムの方が距離を詰めるのが早いかもしれない。
「(にひひ。ちょっと気が早いかもだけど……ミハルちゃんがお義姉さんになったりしたらサイコーだな♪ あー、でもリア姉が家族になるのも嬉しいなぁ……迷っちゃう。お兄ちゃん、どっちが好きなんだろ?)」
そういうわけで、野次馬根性でワクワクしながら見てたのだが……
突然の配信停止から既に10分以上が経過していた。
「リア姉、配信初めてだって言ってたし……機材トラブルかなぁ? でも、そしたらミハルちゃんやお兄ちゃんの配信も止まってるのは変だよね……」
配信の画面を小さくして、スマホでSNSを開く。
トレンド欄をスクロールすると「星羽ミハル」「芋竜」「S級冒険者」「プレジデント罪園」といったトレンドワードの中に「配信禁止領域」という見慣れぬ単語が混じっていた。
トレンドワードをタップして、ピックアップされた呟きに目を通す。
「配信禁止領域……? あんまり深くまでダンジョンを掘りすぎたから、そういうエリアに行き当たった可能性があるんだ……って、何ッ!?」
ビイイイイイイイイイイイィィィ
ィィィイイイイイイイイイイィィ
突然、スマホが異様な音を立てながら振動する。
通知欄には「立川:緊急避難警報」とポップアップが出た。
――避難警報!?
「避難って……地震とか?
いや、もしかしてミサイル?」
SNSのタイムラインには政府広報の動画付きポストが上がっていた。
中継動画をタップして再生すると――
「速報です。東京都立川市緑町の昭和記念公園にあるダンジョンから、モンスターの出現予測が立てられました。被害拡大が懸念されることから、近隣住民に緊急避難警報が出されています。繰り返します。ダンジョンの外にモンスターが出現する可能性があります。現在、立川駐屯地より自衛隊が現場に急行しています。立川市全域は警戒レベル5、警戒レベル4の対象は武蔵村山市、福生市、昭島市、日野市……」
聴こえてきた言葉に亜希は耳を疑った。
「ダンジョンの外に、モンスター……?」
モンスターはダンジョンの中にしか現れないはずだ。
何か、ヤバいことが起きている!
玄関には東京都が配布した防災ハンドブックと、避難セット一式が納められたバッグが置いてある。
何かあったらこれを持って逃げよう、と母と兄から言いつけられていた。
付箋が付いた防災ハンドブックをパラパラとめくる。
「この辺だと、広域避難場所は昭和記念公園……いや、ダメだよ。あそこからモンスターが出てくるって話じゃん! え、じゃあどうしよ……お、お兄ちゃん……!」
思わず兄の姿を探すが、そこにはいない。
今晩、冒険者として兄はダンジョンにいる。
「嘘……そうだよ、お兄ちゃんとリア姉は、ミハルちゃんとダンジョンにいるんだった。昭和記念公園のダンジョン……そこでヤバいこと、起きてるんだ……!」
スマホを握りしめ、防災バッグに財布を突っ込んだ。
――それと、パパの位牌!
仏壇から位牌を手に取り、これもバッグに詰める。
はぁ、はぁ、と息が漏れる。
落ち着いて。
冷静にならなきゃ、そう、リア姉みたいに……!
――まずは、出来るだけダンジョンから離れなくちゃ。
ここはマンションの上層階。
エレベーター……はダメだ、非常階段!
喉元に流れる冷たいものを呑み込みながら、玄関を出た亜希は、努めて声を出さずに非情階段を駆け下りる。
スマホでママの携帯にかけるが、繋がらない。
この状況だから回線がパンクしてるのかも。
――そうだよ、だから大丈夫っ!
駆け下りながら、必死で声を抑える。
声を出したら、泣きだしてしまいそうだから。
友達の顔が浮かぶ。家族の顔が思い浮かぶ。
「(みんな、大丈夫だよね……?)」
☆☆☆




