第十一話: 女皇帝グレイスドラン
昔々のお話。
まだこの世界が神々の住む天界と交流があった頃のお話。
天界は天使たちが住まう空の果て。
地上は魔物と人間、そしてエルフが住まう実りの大地。
かつて地上はエルフが、天界は天使たちが治める世界だった。
しかし、最もか弱い生物だった人間たちは、いつの間にか地上の支配者となった。
エルフたちを海の果てへと追いやり、蛮勇にも自ら魔物のテリトリーに入り魔物を狩り始めた。
人間の欲望が、彼らを地上の覇者へと押し上げた。
しかしある時、人間の王様は困り果てていました。
生活の糧である魔物の数が減ってしまったのです。
このままでは、衣服や食料、魔物から抽出される魔力が足りなくなってしまいます。
そんな時、王様は思い付きました。
『魔物を創り出す存在がいれば良いではないか』と。
『魔王』が現れるようになったのはこの頃からでした。
魔王が現れると、魔物の数が増え、やがて国を潤しました。
人間たちの国家はかつてないほど安定し始めました。
軍人たちには戦いを、貴族たちには名誉を、民草には餓えなき日々を、そして王には国を治める大義を。
この頃には人間たちの活動領域が世界中に広まっていきました。
中でも魔王が現れる土地であったファブニール帝国は最大の繁栄を誇りました。
光の溢れた日々がそこにはあったのです。
最も、人間たちは忘れていました。
知っていたはずなのに、魔物たちにも感情があることを。
住みかを荒らされた魔物たちの怒りが、我が仔を奪われた悲しみが、それら全ての憎しみが、世界の底へと降り積もります。
そして数百年の積もり積もった怨恨は遂にカタチを成しました。
この世界に『大魔王』が生まれ出たのです。
そして大魔王は三体の使い魔を創り出します。
まるで自らをそれまでの魔王と決別させるかのように、使い魔を『魔王』と名付けました。
創られた三体の魔王は人間なら誰もが夢見る力を有していたとされています。
愛しき者を甦らせる『反魂魔王』。
気に沿わぬ者を虐げる『大逆魔王』。
そしてあと一体。
それら三体の使い魔たちにより、わずか一夜で人間たちの帝国は滅ぼされてしまいました。
そして欲深い王様は死んでしまいました。
おしまい。
…ふむ、だいたいこんな感じかな。
執筆などしたことがない身でね、普段の職務以上に気を張ってしまった。
これは強欲が身を滅ぼすという内容を謳っている昔話。まるで教会の説法のための題材じみた歴史を先人たちは歩んできたようだ。
人間とはつくづく難儀な生き物だ、私もその一人ではあるがね。
通常の人間なら、このカビ臭い昔話に目を通したところで人生の安い教訓にしようと思考回路の片隅で思い付くくらいだろう。
しかしそれだけでは不十分だ。
勘の鋭い者なら、ここである疑念が浮かぶはずなのだ。
それは簡単な点、指摘してしまえば誰もが疑問に思い始めるだろう。
何故、"帝国にだけ"魔王が現れていたのか。
それこそが、百年前の惨劇の原因を紐解くカギであり、人間の愚かさが詰め込まれた悪魔の箱でもある。
しかし幸か不幸か、このことを解き明かす人間は遂に現れなかった。
あれから百年、世界は未だ真実に届かない。
さて、そろそろペンを置くとしよう。
おや? この本を書いている私は何者かって?
もっともな疑問ではあるが、なに大した者じゃないさ、私はただの夢見がちな女だよ。
君たちが興味を持つような人間じゃあない。
それでも気になるというのなら、仕方ないから名乗るとしよう、私の名前はーー。
「おい、何をしているんだ。我が皇帝」
「君かリザード。何でもないさ、これはただの日記だ。君が気にとめるようなモノではないよ」
私はペンを止めて振り返る。そこにいたのは、赤い騎士。
燃えるような赤い髪と、オレンジ色の鋭い瞳を持った偉丈夫。
その身が纏う黒の騎士装束には『黄金の狼』の紋章が刻まれている。
私の親衛隊の隊長を勤める青年。名前はリザード、代々皇帝一族に仕える騎士の名門出身だ。
腕が立つ上に頭の回転も悪くない。そして外見も私好みの……いや、何でもない。ともかく頼りになる男だ。
そんなことより、やはり黒には赤がよく映えると思わないかい?
情熱的な髪と瞳の色彩と比べて彼の表情がいつも仏頂面なのは少しばかり残念だがね。
「妙なことを考えているようだな、皇帝」
「おっと鋭いな、君を思考というフィールドの中で弄んでいたところなのだがね」
「速やかに止めてくれ」
「むぅ、相変わらずの生真面目に過ぎる反応だな。ここは君も、私を頭の中で辱めるくらいの反撃が欲しいのだが……まあ、茶目っ気が足りないのも君の個性だ。良しとしよう」
「そいつは良かった。茶目っ気とやらを補うために旅芸人に教えを乞え、とでも命令されたら堪らんからな」
「…君は私を何だと思っているんだい?」
まあいい、何にせよこの部屋への久々の客人だ、せいぜい歓迎するとしよう。
机と寝具しかない狭い部屋に閉じ込められるのは退屈極まりない。
ゆったりと椅子から立ち上がる。
「よし、私が手ずからお茶を入れるとしよう。なに、皇帝だからと遠慮することはないさ。他にすることがなくてね」
自己紹介が遅れたね、私の御名はグレイスドラン=ファブニール。
この帝政ファブニールの第七代皇帝だ。
「皇帝、そんなことは下女にでも任せればいい。お前が手を煩わせる必要などない、もしくは俺にやらせろ」
リザードは渋い顔をして手伝おうとしたが、私は却下した。
君は大人しくテーブルについていたまえ。
庶民の娘でさえ自分でできることを皇帝である私ができなくてどうするというのだ。
実際のところ、ヒマだし面白いからしているのだがね。
さあ出来た。
「存外に元気であるようだな、幽閉されている人間とは思えん」
私が淹れた紅茶を受け取ったリザードが意外そうに口を開いた。
「塞ぎ込んでいても精神が磨耗してしまうだけだからね、こんな時だからこそ私は元気一杯さ」
そう私は今、幽閉されている。極めて穏便に、努めて頑丈に、城の片隅にある尖塔に閉じ込められている。
何とも間抜けな状態だが、これは私の失策が招いた結果だ。
流氷の国へと『太陽の狼達』を派遣した隙を突いて行われた強硬派のクーデター、まさに疾風迅雷の速さで私をこの狭い部屋へと押し込めて実質的な権威を残らず剥奪した。
私の進めていた周辺諸国との関係修復のための外交や占領下の土地からの撤兵政策が彼らはお気に召さなかったようだ。
邪魔者が消えた今頃は更なる侵攻のための軍を編成しているかもしれないな。
こういった反旗を翻す連中は別に珍しいものではない。
帝国は中央集権にみえるが、実際は有力な軍事貴族がひしめく分権国家なのだ。
皇帝とて、帝国の全てを掌握しているわけではない。
我が先祖である『烈竜帝』がそうであったように、皇帝が貴族たちの傀儡となることも多々あるのだ。
「やれやれ、今や私が動かせるのは近衛たる『太陽の狼達』11人だけか、大国の皇帝が振るう権勢には程遠い。それにヴォルムス王にも悪いことをしてしまった。反王国派を抑えていた私が篭の鳥では両国の休戦条約もどうなることやら」
もしかしたら王国との戦争になるかもしれない。
未だに「王国憎し」の掛け声だけで民を先導する輩は大勢いるのだ。
王都守護を大神官シベリウスの孫娘が継いだことも、連中には良い宣伝材料になったことだろう。
「チッ、敵がいなければ自らを誇示できないとは情けない連中だ。…命令さえあれば、俺たちが反抗する貴族共を粛正するが?」
「それはバッドなやり方だな。君達と帝国主力軍がぶつかれば帝都が火の海になる。そして彼らは私がそれを命じないと確信しているからこそ、こうして君は私と面会できているのだよ」
「…すまん、俺たちに出来るのはお前を力ずくで外の世界に連れ出すことだけだ。くそっ何が帝国最強の部隊だ、情けない」
リザードは伏し目がちに謝罪する。
『太陽の狼達』には王国の『守護の楯』と違って政治的権力が与えられていない。
それ故に彼らは皇帝の純粋な力であることができるが、その代償として彼らは障害を排除することしかできない。
リザードがしょぼくれた様子は、まるで雨に濡れた大型犬だ。
「人間は失敗からしか学べない生き物だ、故に人生における挫折は最高の研磨剤なのだよ。もっとも、それで擦り切れてしまっては意味がないがね……つまり、私は君を責めたいわけじゃないんだ。今は雌伏の時、そう思うべきなのだよ」
「そう、だな。そういう考え方もあるか……それにしても何でこの紅茶は苦い上に辛いんだ」
「オリジナルブレンドだよ、眠気覚ましにはちょうどいいんだ。なかなかの美味だろう?」
「………………。」
何だ、その無言は?
ラファ地方の貴族から直輸入している上等な品なのだが、君の口には合わないようだな。
まあ、好みは人それぞれだろう。
「それで、成果はどうだった? よもや君は手土産なしに女の元を訪れることはしないだろう、君はいい男だからな」
紅茶の話を切り上げて、本題に入ることにする。
リザードに任せていた調査、というか偵察のことを尋ねることにした。
厳しい顔をしたリザードが口を開く。
「一体だけ復活している可能性が高い。まだ三体の内のどいつなのかを確定させる証拠はないが、十中八九『反魂魔王』だろう」
「王都セレスニルを滅ぼした、アレクレイオスか。うむ、なら予めの対抗策は上手くいったようだ。そして幸か不幸か、罪深きシステムは正常に稼動しているようだね」
「"罪深き"ではなく、"愚かしい"の間違いだろ。そして例の勇者の件についてだが…」
ああ、二代目勇者のことか。王国が単独で選んだ勇者様、失礼ながらあまり興味はない。
「勇者は仲間を1人得て帰還したというのが、王都にいる奴からの報告だ。仲間の名前はエリノアというらしい」
「ほう、遂に仲間を見つけたか。そして前勇者のパートナーと同名とは運命的じゃないか、これはいよいよ君のもとにもお呼びがあるかもしれないな、リザード」
「何の話か分からんな、俺がお前のもとを離れるのはお前の命令か、俺が死んだ時だけだ。世界を救うだの、勇者の誘いだのに興味はない」
「どうかな、君の曾祖父のように運命はいつも突然降って沸くものだ。だからこそ厄介極まるが面白い。そう思わないか、ガロガイン卿?」
「思わん、そもそも俺は曾祖父とは違う」
拗ねたように顔を背けるリザード。
幼い頃から曾祖父と比較されてばかりだったリザードは、私が彼の曾祖父の話を持ち出すとこんな反応をしてくる。
子どものように拗ねるところが、微笑ましい。
「また良からぬことを考えているのだろうこの性悪皇帝め、俺はお前が腹の中で何を考えているのかが未だに見通せない。お前が善なのか悪なのかすら分からん、分からんがお前がお前である以上は従うつもりだ」
リザードの口調がぶっきらぼうに変わる。
どうやら私の口元が笑っていたことに気づいたようだ。
しかし彼の話し方は本来こちらが素なのだから気にはならない。
「善悪すら保留とは心外だな。世界広しといえども私ほどの善人はいないだろう。なんたって私の夢は世界平和だからね。……ところでだ。へ、部屋に二人きりというのは緊張しないか? 市井では"自室でぇと"と呼ばれている恋人同士の密事らしいのだが」
「? ……………っ!?」
どうやらリザードは今頃気づいたらしい。
狭い部屋には、しわ一つない寝具が一つ、アロマの匂いが満ち、明かりは薄暗い。
仕入れた知識によるとこの状況で、いやらしい妄想をしない男はいないらしい。
そして慌てふためくリザードの背後には私のベッドがある、そういうふうに誘導した。
ふわっと抱きついてベッドへと押し倒した。
「お、お前っ!?」
顔色を赤くしたり青くしたりと忙しいリザード。もうしばらく眺めていたい気がするのだが、さっさと目的を済ませてしまうのが懸命だろう。
息がかかるほど、リザードに顔を近づける。
「さて、これなら聞き届けられる心配もない。同衾している男女の密事に聞き耳を立てるほど監視も下世話ではないだろう?」
ここから先は、私たち以外には知られるわけにはいかない極秘事項に入る。
部屋の外にいる監視に察せられないためにも、これくらいの用心は最低限必要だろう。
か弱い女である私が、鍛え上げられた肉体を持つ男を押し倒しているのは可笑しな光景ではあるがね。
「…そういうことか、あまり男心を傷つけてくれるなよ、グレイ」
「私も君でなければこんな方法は取らないさ、それに予行練習だと思えば残念でもないだろう?」
「何の予行だ、何の……ま、待てっ、それ以上は顔を近づけるな! 腰に手を回すなっ!?」
顔が真っ赤だぞ?
大の男が情けない。
そっとリザードの耳に口元を近づける。
そうして発したのは、自分でも驚くほど冷たい声だった。
「世界を再編する。国家も慣習も歴史も、何もかもゼロからやり直す。統一した秩序をこの世界に打ち立てる。そのためには魔王に暴れてもらわなければならない、旧い秩序(国)を破壊するまでね」
「…そうか、復活を知りながら魔王討伐に乗り出さないのはそういう理由か」
先ほどまでの動揺が嘘のように、リザードからは冷めた声が帰ってきた。
「そうだ、我々以外の人間勢力と魔王が消耗し切ったその上で全てを打倒する。『反魂』『大逆』そしてまだ見ぬ第三の魔王を、我々は最小限の消耗で討伐し世界を平定するのだよ……永遠に潰えぬ平和をこの世界で実現してみせる」
リザードのオレンジ色の瞳は揺るがない、じっと私の瞳を見つめている。
その瞳に、私に対する失望が宿っていないことに安堵する。
「世界にはもう一度、黄昏を迎えてもらうことになる。救えるはずだった大勢の人間が死ぬだろう。それを招いた我々には決して穏やかな最期を迎えることは許されない、覚悟はいいかい、リザード?」
「それを俺に問いかけるのか、心配性な皇帝だ。…俺達『太陽の狼』は皇帝の牙であり剣だ。我ら11人の誰ひとりとして皇帝の命に背きはしない。お前の歩む道は俺達が切り開こう、お前が道半ばで倒れたのなら禁忌に手を染めてでも魂を呼び戻す。皇帝たるお前に杞憂は必要ない」
リザードの揺るぎない言葉に思わず頬が緩んだのを感じた。
良い部下を持った。
私には皇帝のくせに自分の国より優先するものがある馬鹿者だ、帝国のことだけを考えるなら貴族達が私を幽閉したことは正しかった。
当たり前だ、私は帝国を貶める存在かもしれないのだから。
なのに、彼らは私と歩みを共にすると誓ってくれている。
「良き政治とはね、現在ではなく将来生まれる世代がどれほど幸福に過ごせるのか、そのために我らが何をできたのか。この一点に尽きるのだよ」
偉そうなことを言っている私だが、彼らの想いを嬉しく思わぬわけがない、喜ばぬはずがない。
ありがとう、と私は小さくつぶやいた。
「何だ、礼を言ったのか? そんなものは要らぬ気遣いだ、俺たちは皇帝の剣だと言ったろう。せいぜい磨耗し、へし折れるまで酷使するといい」
キザな男だ、何だか格好良いではないか。
このままでは悔しいので仕返しをすることに決めた。
「ところでこのまま朝まで過ごすかい? ちなみに今日の私は少し危ない日なので、手を出すのなら多方面に渡る覚悟を頼むよ」
するりとリザードに私の脚を絡めてみた。
「据え膳食わぬは何とやら、だぞ?」
凍り付いたように硬直するリザード。
やれやれ、お堅い騎士様だ。まあ、だからこそ私も君をからかうことができるのだけどね。
「狼かっ、お前はっ!?」
「いいではないか、いいではないか」
「や、止めろっ、脱ぐな脱がすな!?」
ふふふ、これは私の勝ちだな?
しかしーー。
ここからどうすればいいんだ?
◇◇◇
早朝、俺は冷たい床の上で目を覚ました。
別にベッドから蹴り落とされたわけではない。俺が最初から床で寝ていただけだ。
我が皇帝陛下は未だにベッドで就寝中だ。
散々に男をおちょくっておいて自分は先に寝るとは、とんでもない女だ。
俺は自分の状態を確認する。
よかった、特に身体に違和感はない。
昨晩は理性が飛びかけたが、何とか服と貞操を死守することができた。しかし本当に危なかった。
何なんだコイツ、俺を国家レベルで抹殺するつもりか?
そうでなくとも、皇帝の純潔を奪ったなどと知られたら、他の十人から私刑にされるに決まっているだろうがっ!
魔王との戦い前に主戦力の内紛を引き起こしてどうするつもりだ、馬鹿皇帝。
不器用に淹れたへったくそな紅茶といい、立場を利用した恐るべく厄介な襲撃といい、また妙な本を読んで実践してきたに決まっている。
まったく、悪ふざけは程々にして欲しいものだ。
皇帝は女として美人ではあるが、むしろ人を焚き付けるのは外見ではなく纏う雰囲気だろう。
知的なようでいて枠に捕らわれず、掴みどころがない。
男を魅了したことなど一度もないくせに、本からの知識だけでアレだ。
ただですら魅せる女にあんなことをされては男殺しにもほどがある。
いかん、また動悸が激しくなってきた。
落ち着け俺。
何かこう、職務上のことを考えて気を紛らわせろ、間違いを起こしたら死ぬぞ。
「そういえば、もう一つの報告を忘れていたな」
俺は服の内側にしまっていた紙束を取り出して広げる。
昨夜の皇帝との攻防でクシャクシャになってしまったが、読む分には支障はない。
『二代目勇者、ルフナ=オラシオンに関する調査結果
異端審問執行部に所属。
新緑の国、流氷の国にて多数の帝国兵士を殺害。
何らかの方法で我が帝国の防衛結界を"すり抜けた"と考えられる。
交友関係について大神官、王都守護と親密な関係にある模様。
およそ七年前から教会に所属、それ以前の経歴は真名を含めて一切が不明』
酷い報告書だ。
本人について分かったのは教会の暗殺者であったことくらい。
王都にいるアイツは信頼がおける奴だが頭は良くないと自分で公言していた、しかしもう少しどうにかならなかったのだろうか。
「この程度の情報なら知らせる必要性もないだろう」
資料を上着の中にしまい込む。
勇者の出自など、わざわざ気にとめるようなことでもない。
事態は皇帝の目論見通りに進んでいる。
甦った脅威は必ずや世界を揺るがすだろう。
皇帝にとって最大の懸念は魔王の戦力がどの程度のものであるか、だった。
百年前とは違って、こちらは魔王の能力を初めから把握している分は有利であるはずにも関わらず油断は一切できない。
聡明な皇帝に欠点があるとすれば、彼女が戦士でないが故に戦闘分野において素人であるということだろう。
俺たち『太陽の狼達』が総出でかかっても魔王を討伐できる確証はどこにもない。
俺たちなら敗北はありえないと信頼してくれているのは光栄だが、戦いに必然はありえない。
ましてや、魔力が尽きるまで死者を際限なく甦えらせ、自身を不死身にする魔法などふざけているとしか思えない。
本来、何かを召喚する種類の魔物に対しては、本体に奇襲なり強襲をかけるのが定石だ。
アレクレイオスにはそれが通用しない、一度二度殺したところで怯みすらしないだろう。
嫌でも真正面からの勝負をせざるを得ない、その先に待っているのは絶望的なまでの物量戦だ。
あんな怪物に先代勇者たちはよく勝てたものだ。
俺たちも「勝て」と命令されたなら勝利を誓うまでだが、果たして何回殺してやれば魔力を空にできるのやら…。
だからこそ今回、反魂魔王に『楔』を打ち込んだのは大きい。
今頃、魔王は最強の駒を手に入れたと思っているのだろう。だが所詮は皇帝の掌の上で踊らされているだけの魔物風情だ。
あとは、皇帝の指示一つで魔王の首は飛ぶだろう。
それまで精々暴れてくれればいい。勇者に倒されりなら、それも構わない。
いずれにしても皇帝の予定に狂いはない。
加えて、計画の要である魔王出現のカラクリを知っているのは『皇帝の一族』だけ。
そして皇帝の血筋を受け継いだ生き残りはグレイスドランただ一人。他の皇族は十年前の政争で命を落としている。
ならば皇帝の野望を知ることができる者などいるはずがない。
そう、だから何の心配もないのだ。
俺は皇帝様を起こさないように、静かにベッドへと歩み寄った。
安らかな寝息を立てて眠っている皇帝は流石と言うべきなのか、艶めかしい肩や脚などの露出度の高い寝間着であってもどこか浮き世離れした高貴さを醸し出していた。
俺は獲物を検分する野犬にでもなった気分で、そっと皇帝の尊顔を覗き込んだ。
「これは仕返しだ」
あれだけ気持ちを高ぶらせてくれたんだ、これくらいは許されるだろう。
俺はその美しい"金髪"に口づけをした。
「じゃあな、我が皇帝。次はお互いに黄昏の世界で再会しよう」




