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第十話:勇者の片翼



「ーー何呆けてんのよ、もしかして私の声も忘れたの? シベリウス」


鼓膜を震わせたのは懐かしい、皮肉気な声。

目に映るのは、白銀の髪と深紅の皮鎧を纏った少女。

それは百年を経て尚、シベリウスが想いを寄せる愛しい人。

それは待ち望んだ再会の時のはずだった。

なのにシベリウスの身体は動かない。


「……ねえアンタは、シベリウスなの、よね?」



微動だにしないシベリウスを、エリノアが不安そうに見つめている。

たった独りきりで目覚めた百年後の世界で、ようやく見つけた繋がり、仲間の姿なのだ。


「……返事くらい、しなさいよ」


エリノアはシベリウスからの答えを待っているのだ。


熱い想いがシベリウスの胸の内から込み上げてくる。今すぐ返事をするべきだ、彼女の元へ駆け出すべきだ、とシベリウスの心が叫ぶ。

だが、心の冷静な部分が語るのだ。



これはきっと罠なのだ、と。



シベリウスに恨みを持つ勢力からの残酷な罠、それても結界を潜り抜けた上位の魔物か。

いずれにしても百年の時を隔てての再会など、そんな都合の良い物語があるものか、と。

奇跡を信じるにはシベリウスは齢を重ね過ぎていた。




ジークパーティー解散後、少年神官シベリウスはたった一人で旅を続けていた。

別に冒険そのものに未練があったわけではない。


神官の少年は恋い焦がれた少女を探していたのだ。

エリノアが死ぬはずがないと、遥かな旅路を逆行しながら彼女を探したのだ。



ーーきっと跳躍魔法で世界の何処かに跳ばされたのだ、それで怪我をして療養しているに違いない。


ーーきっと封印魔法で世界の何処かに封じられてしまったのだ、なら自分が助けにいかなければならない。




思いつく限り何度も何度も、彼女が生きている"理由"を作りながら歩き続けた。


砂漠を越えて、流氷の海を渡り、プライドを捨て頭を下げてまでエルフの国を訪れた。


行く先々で、邪魔な魔物を倒していった。

人々からは感謝され、いつの間にかジークパーティー最大の功労者と称えられるようになったが、どうでもよかった。

シベリウスにとっては、旅の再現の一環だったのだから。


何も知らない人々からの無意味な称賛の嵐の中で、いつまでもエリノアを見つけられない彼は打ちひしがれ、失望を重ねながら旅を続ける。



しかし、逆行の旅路は遂に終わりを迎えた。

復興が進む王都に帰還した時、長い旅でやせ細ったシベリウスはようやく気づいたのだ。



エリノアは、あの少女はもうこの世界の何処にもいないのだと。



王都の門をくぐり抜けた時、シベリウスは初めて泣いた。泣いて泣いて泣き続けた。

群集はどよめいた。英雄となって帰還した少年が突然、小さな子供のように泣き出したのだから。


ジークがそんな群集を掻き分けてシベリウスを連れ出してくれた。

そして生きる意味を失い、意気消沈したシベリウスをジークは守護の楯の『副官』へと推薦した。

小さな親友に再び、生きる目的を与えるために。

それが不器用なジークにとっての精一杯の友情の示し方だったのだ。

そしてシベリウスも親友に応えるために、白い少女への想いを振り切るように戦ってきた。


そう、シベリウスの初恋の少女は確かに死んだのだ。


他でもないシベリウスが生き証人だ。

あの決戦の日、全身に浴びた彼女の血の生暖かさは忘れようとも忘れられない。


「そうじゃな、今更そんなことがあるはずがない。都合の良い夢に期待するのは疲れた」


「……シベリウス?」



ゆっくりとシベリウスは、杖に手を伸ばした。








一方その頃、神殿の一角にあるカナタの部屋では金髪娘と桃髪娘がボスンッ、と部屋のベッドに乱暴な着地をキメていた。お尻から着地したカナタに対して、ルフナは顔面から沈み込んだ。


「ぶはぁっ!? ……あれ、ここはカナタさんの部屋ですよね?」


「そうだよ、キミに話があるんだ。キミと一緒に歩いていた、白い髪の女の子についてね」


「いきなり抱きついてからの転移魔法は止めて下さい、酔うんですよソレ」


「あははっ、ごめんごめん」


王都に帰還して街道をエリノアと並んで歩いていたルフナを、カナタが捕獲し『転移魔法』でこの部屋まで拉致してきたのだ。

この桃髪の親友が突飛な行動を起こすのは、いつものことなのでルフナは怒ったりはしない。

それに、大抵は何らかの意味がある。普段の言動とは違い、カナタは無駄なことをしない少女だ。


「で、聞かせてくれるよね?」


「いいですけど、半年ぶりに再会して最初の会話がソレなんですか?」


「ごめん、でも急ぎの内容なんだよ。得体の知れない人間が王都に入って来たら警戒するのが、ボクの"役割"だからね」



カナタが身に付けている真っ白なマントには楯の紋章が刻まれている。

『王都守護の楯』、カナタは激戦の果てに祖父の地位を引き継ぐことに成功したのだ。

ただし祖父の一計のせいで、選定大会で酷い目に会ったのも事実だ。


シベリウスの命を受けて、大会に乗り込んだルフナは会場を爆破。

逃げ惑う観客を尻目に神殿に伝わる禁書を使い、モンスターを召喚しやがったのだ。

当然、カナタたちは観客に被害を与える可能性の高いモンスターを優先して倒した。そしてその間、この金髪娘はカナタたち一人一人の戦い方をじっくりと観察していた。

つまり本番はモンスター共を倒した後だったのだ。


油断していたとはいえ、ルフナに"5人がかり"で返り討ちにされかけたことは生涯忘れないだろう。


相手の意識の隙間に潜り込むように攻撃を回避し、闇魔法で敵の死角に侵入する。

短剣による一閃は、全て人体の急所狙いの暗殺者の一撃。先陣を切ったクラウゼは交戦早々に腕を斬り飛ばされ、カナタも深い傷を負った。


正直なところ、死ぬかと思った。ユースティだけは本気ではなかったようだったが、それでも4人同時に殺されかけるとは悪い冗談だ。


カナタやクラウゼ達は、並みの魔物が束になって現れても撃破できる実力がある。

その逆に、対人戦闘においてはルフナはとんでもない戦闘力を秘めている。どっちかというと、勇者の敵側である魔物のボスが似合うくらいに。



それでもカナタはシベリウスの妨害を粉砕し、見事に地位を勝ち取ってみせた。

それだけではない。

自分と互角以上に戦う同年代の娘であるルフナという親友を得ることもでき、ケディングを初めとするそこそこ信頼できる仲間も手に入れた。


そんなカナタになら、とシベリウスも渋々『守護の楯』を継ぐことを許可したのだ。



現在はケディングがカナタの副官を勤めている。ケディングは冒険者時代に培った面倒見の良さで、新米の騎士達の戦闘指導を担当し兄貴分として慕われている。


クラウゼとウェインも無事、守護騎士団への入団が決まった。

ルフナによって半殺しにされ、色々と吹っ切れたクラウゼは二日に一回のペースで、謝罪の手紙をエルフの元老に書き送っている。たまに顔が青くなっているので、返事も来ているようだ。


ウェインは日々の王都警備に加えて、文官の仕事である騎士団の書類整理にまで手を広げて毎日激務をこなしている。ワーカーホリックな気質らしい、半月型のメガネが今日もまぶしい。


いずれにせよ、難儀な兄弟騎士だった。



話を戻そう。



今日、カナタがいつもの通りに街を見回っていると、王都内部にバカでかい魔力の反応があった。

今まで感じたこともない巨大な魔力に、カナタは思わず自分の感覚を疑った。

そして急いで現場に駆けつけると、その反応の主が親友と一緒にいた。


カナタは驚愕した。その白い少女は、カナタも"記憶として"知っている人物だったのだ。

その少女は死んだはずの人間だった。おまけに感じた魔力の量は、カナタが足元に及ばないくらい桁違い。

戦いになれば勝てない、と直感させられた。


だから咄嗟に、得体の知れない危険人物から離れるためにルフナを連れて転移したのだ。


「私と一緒にいた人って、エリノアさんのことですか?」


「……エリ、ノア? あの人の名前はそれで間違いないんだね?」


カナタの声が震える。

おそらく、ルフナはエリノアのことを名前が同じ別人だと考えているのだろう。

誰だって、普通はそう考える。同姓同名とはいえ、伝説の人物と現代の人間を同一視することはしないだろう。


だがカナタは違う、あの少女を知っている。

あの姿は幾度となくカナタの夢に出てきた少女だ。

シベリウスの記憶の欠片の中で、最も鮮やかに輝きを放っていた女の子。そして亡くなったはずの。


「ねぇ、ルフナ。あの人は一体何なの……?」


「人間です、信じられないくらい強くて、若干ひねくれ者ですが『人間』ですよ」


カナタの質問の意図を察したルフナが『人間』の部分を強調して答える。


「なぁんだ、それならいいや。心配して損したよ〜〜!」


カナタが安心したように脱力して、ベッドに倒れ込んだ。

アンデッドや操られた人間の類なら、ルフナの目は誤魔化せない。そういった対象を駆逐してきた、元・異端審問官は甘くない。

そんなルフナがはっきりと『人間』だと断言したのだ。あの白い少女は人間で間違いない。

一瞬、反魂魔法を疑ったが冷静に考えれば有り得ない。なぜなら反魂魔法を使えるのは記録上"ただ一人"だからだ。

その使い手も既に絶命している以上、とりあえずは一安心だ。


「余計な気を回しちゃったよぅ……ルフナ、責任取って何か頂戴♪」


「何で私がっ!?」



生真面目な反応を返してくるルフナに対して、カナタは枕に顔を沈ませて、ぷるぷると震えていた。明らかに笑いをこらえている。


「もうっ、それよりエリノアさんと合流しなきゃいけないんです!」


「あー、そういえば、ほったらかしだったね。仕方ない、ボクが魔法で探して送ってあげるよ」


「仕方ないって、元々はカナタさんのせいじゃないですか……っ!?」


「ーーー場所は、先代勇者様の墓地。この魔力はお祖父様、……戦闘が繰り広げられているみたいだね」



強大な魔力の気配が肌をチリチリと焼く感覚、魔法に長けた2人だからこそ感じた力。

カナタが即座に特定した場所はシベリウスが結界を張っていたはずの、ジークの墓地。



「お祖父様の許した人間しか近づけない場所のはずなのに何で戦闘が……… まさか墓荒らし、とか?」


「嫌な予感がします、行きましょうカナタさん」


「そうだね、とりあえず考えるのは後回しにしよう………えいっ!」


「あわわっ!? いきなり抱きつくのは止めて下さい!」


「照れない照れない、これくらいは友だち同士のスキンシップなんだから。さて行くよ『空間転移』!」




ルフナとカナタが異変に気づいたその頃、端的に表現するならば墓地は戦場と化していた。

魔法が飛び交う迷惑極まる激戦地に。



「ち、ちょっとシベリウス!?」


「黙れ魔物風情がっ! ワシの前に、その姿で現れたことを煉獄の果てにて悔いるがよいわ!」


怒りとも悲しみとも取れる表情でエリノアに杖を向けるシベリウス。自分でも自分の行動が正しいのか分からないのだろう。

魔法の威力も速さも百年前とは比べるべくもなく劣っている。年老いた、だけが原因ではないだろう。


魔物や幻影の類だと判断されて戦闘突入。エリノアにとっては想定していた可能性の一つではあったが、当たってしまったのはツラい。

あんな表情で自分を攻撃してくるシベリウスを見るのはもっとツラい。

やれやれ、とエリノアが心の中でため息を吐いた。


「……頭の硬さは相変わらずか。仕方ないわね、武器は鋼の剣だけだけど」



そう言ってエリノアは鋼剣を鞘から抜いた。


シベリウスの握る木製の杖から、紫色の雷が放たれる。

一条の光は、文字通り稲妻の速さでもってエリノアに迫る。


エリノアの手にしているのは、大量生産型の鋼剣、しかも拾い物だ。ルフナを助けた際に拾って来た、トロールに潰された哀れな冒険者の遺物。


対魔法処理も施されていない安物、こんな剣では魔法使いを相手取るには不足だろう。

だがエリノアには対抗策はある。他でもない、この世界を救った勇者ジークの魔剣を鍛え上げたのはエリノアなのだから。


瞬時に魔力を叩き込み金属と魔力を反応させ、鋼の剣を強化する。

仄かな光を纏った鋼の剣で、飛んでくる雷を叩き落とした。

鋼製の武器で雷魔法を迎撃するなど、通常ではありえない。

だが、その非常識を実現するのが『魔剣』の役目だ。

続けて放たれた紫電も同じく、軽く剣を振るうと水飛沫が弾かれるように雷が霧散した。


バチバチと剣が帯電するが、エリノアには届かない。鋼に染み込ませた魔力が、電流の進行を封じ込める。

雷魔法は効果が薄いと判断したのか、シベリウスの攻撃が火魔法に切り替わった。

だが、エリノアにとっては同じことだ。

飛んできた砲弾のような炎を斬り裂く、斬られたシベリウスの火炎弾は地面をごっそり蒸発させて消滅した。

それを見たエリノアの顔が引きつる。


「冗談で済まないでしょ、この威力は……ちょっと頭に来たから覚悟しなさい」



どうやら威力を重視したらしい火魔法にエリノアが思わず苦い顔をしたが、激昂しているシベリウスには関係ない。



「唸れ炎よ『灼熱波』」


「無駄だって分からないのかしら」


迫る波状の炎をガロガイン仕込みの剣術が鋭く、薙ぎ払う。夕日色の火炎は真っ二つに斬り裂かれてエリノアの背後の草むらに着弾する。


ギシッ、魔法の連撃を受け続ける鋼剣から嫌な音が聴こえた。

マズい、とエリノアが舌打ちをする。

エリノアは魔法が苦手なのだ。幼い頃からジークに連れまわされていたため、魔法を学ぶ機会に恵まれなかった。

そのためエリノアの戦い方は、魔剣や魔銃などに完全に依存している。


(アーツ)』にしても武器無しに繰り出せる種類は少ない。

つまり、無手ではエリノアはまともに戦えないのだ。


「これ以上、剣で魔法を受け続けるのは限界、かな」


仕方ない、とエリノアは剣を下ろした。

直後、燃え盛る無数の火炎弾がエリノアに直撃した。

その瞬間、炎が掻き消された。


エリノアに傷はない。炎はその身を一切焼かなかった。燃え盛るような赤い竜の皮鎧が炎を弾き返していた。


「ワシの炎に耐えただと?」


「『赤竜の皮鎧』、炎を防ぎ、水を蒸発させ、冷気は相殺する高級防具。魔力を喰わせてやれば、その性能はさらに上昇する………アンタとジークが私に押し付けた鎧でしょ、どうして私のサイズを知っていたのかは気になったけど」



放たれた魔法の威力が威力なので、完全に無効化できるかは賭けだったが、上手くいったようだ。


「どう? これでも私が偽物だと思う……」


「雷の精霊よ、我が呼びかけに応え」


しかしエリノアの言葉を無視し、更なる魔法を唱えようとした分からず(シベリウス)にエリノアは流石にキレた。



「止めろって言ってんでしょっ……このっ『発火』!!」


トロールを吹き飛ばした魔法が大神官へと炸裂した。ピンポイントに出現した真っ赤な火炎が瞬間的に小爆発を起こす。

ダメージを期待したわけではない、シベリウスの呪文を妨害するために放った下級魔法だ。

煙が晴れると、そこにはやはり無傷のシベリウスがいた。微かに法衣が焦げている。


「……調理魔法をワシに放つとはいい度胸だ、威力には驚いたがな」


シベリウスの顔には青筋が浮かんでいる。

『発火』、火の下級魔法の一つで日常家事に利用されるため『調理魔法』と呼ばれて親しまれている呪文。当たり前だが戦闘用ではないし、トロールを吹き飛ばす威力など通常は有り得ない。

しかしジークパーティーに常識は通用しない。


「料理用だろうと、使えるなら問題ないわ。私が魔法苦手なことも忘れたのかしら? いいわよ別に、思い出すまで何発でも喰らわせてやるから」


「いや必要ない。貴様がワシに攻撃を当てるのは今のが最後からだ。『霊王の獄炎槌』」




シベリウスが魔法を唱えた瞬間、大気が、歪んだ。


上空に収束していく炎が産み出したのは、隕石を連想させる巨大な火炎の塊。

大神官の魔法が創り出した、もう一つの太陽は灼熱の光を持って辺りを照らし出す。

堕ちてくれば、ここら周辺の地形はクレーター級の大穴になるだろう。


攻撃範囲を甘く見積もっても避けきれない、こんな安物の剣では迎撃も不可能だ。

しかしエリノアに焦った様子は見られない。

つい一週間前に絶体絶命の窮地に立たされたからだ。

大魔王に愛剣をへし折られ、切り札の魔銃に全ての魔力を吸い尽くされ倒れ伏した。

あの時に比べればこの程度、ピンチでも何でもない。



「怪我させたくなかったけど………そうも言ってられないか、あんまり墓地を穴だらけにするのも難だしね」



エリノアは再び剣を構え、トントンと地面を蹴り準備を整える。

エリノアの予定する、次なる一手は至極単純だ。

呪文完成前に、剣の投撃でシベリウスの杖を弾き飛ばす、それだけだ。

防御結界くらいは用意してあるのだろうが、そんなものはエリノアには関係がない。全力でぶち抜いてやれば、凡そ壊せない結界はない。

エルフの元老にすら「そんなバカ魔力、妾は知らない、知りたくもなかった」と小言を並べられたのは伊達ではない。


剣と杖、構える両雄。

次の一撃が放たれたならお互いに無傷では済まないだろう。

そんな一触即発の空気の中、重圧を押しのけて乱入者が現れた。

バシュンッ、という空気を切る音とを共に現れたのは2人の少女たち。

ルフナとカナタだ。



「え、エリノアさん!? 一体何があったんですか!」


「待ってルフナ! ボクから離れちゃダメだ!」


シベリウスの魔法で高温に熱せられた大気は生物の呼吸すら許さない段階に達している。

吸い込めば肺が焼けつくからだ。

この偽りの太陽は存在するだけで生命活動を阻害する。

この場でルフナが息をしていられるのはカナタが氷魔法で補助をしているからだ。微細な氷の粒が薄い霧となってルフナとカナタの周囲を浮遊して高熱を和らげている。

カナタがルフナの腕を掴んで放さない。


「危険だから動かないでっ、ルフナ!」


「で、ですがエリノアさんが!」


「分かってる、どうにかして決闘を止めないとね。もちろん力ずく以外で」


ジリジリと地面から灼熱の湯気が上がる。カラカラに渇いた地表がひび割れ発火していく。

魔法が放たれていない詠唱段階でコレとは、凄まじいにも程がある。

もし上空に浮かぶ炎の塊が堕ちてくれば、どれほどの被害が出るのか想像もしたくない。

祖父のことだから、親友の墓には傷がつかないように何らかの対策をしているのだろうが、周囲への対策があるかは微妙だ。

おまけに、決闘を中断させようにもシベリウスは頑固で、他人の話を聞かないのだ。


「分かりました、私がシベリウス様を半殺しにして止めます。援護してください」


「そんなのダメに決まってるじゃん!! ちょ、本気なの!? お祖父様を半殺しにするなんて、ボクはぜぇったい嫌だからね!」


「大丈夫です、痛みはありません。一瞬で終わらせます」


「余計に怖いよっ!?」


ギャーギャーと言い争う仲良し二人組、そしてカナタを引きずってでも飛び出そうとするルフナにエリノアが叫ぶ。



「ルフナっ! 『それ』を貸しなさい!!」


「え……こ、これですね!?」


「あっ、ルフナ! その剣を渡すのはダメだよっ!?」


エリノアの呼びかけに応えたルフナが『剣』を投げ渡した。

それは黄金で彩られた柄、青い宝石の埋め込まれた鞘に、美しい刀身を持つ儀礼用の装飾宝剣。

とても戦闘に使えるようには見えない華美な剣だ。

飛んできたこの魔剣をエリノアが掴み取った。


「さて、この剣を使うのも久しぶりってことになるのかしらね。ルフナ、よく観察しなさいよ、この剣の扱い方を」



それは先代勇者ジークの愛剣『無銘』。

現在の所有者であるルフナからすれば言っては難だが、なまくらな剣だった。

魔剣のくせにルフナの魔力を受け付けず、そのため切れ味は凡百の剣並み、おまけに重量があるくせに特別な能力はなしという使えなさだった。

ジークの伝説による通りならばトロールごときに苦戦するなんて有り得ない宝剣のはずなのにだ。



だが、それは使い方に問題があったのだ。


『無銘』は、幼いエリノアが四苦八苦しながら魔剣として強化した経歴を誇る、ある意味で由緒正しき刀剣だ。


そもそも冒険の最初期、ジークは素手で魔物を相手にするバカ勇者だった。

つまり腰に差した剣は飾り。掴んで殴り、蹴り倒す、という野生味溢れるバトルスタイルだったのだ。

正直、魔物にとっても騙し討ちに等しい。剣を抜かずに勇者が拳を握り締めて飛びかかってくるのだから。



身代金目当てにエリノアを拉致しやがった盗賊を手刀で両断した光景を見せられた時は3日間、食事が喉を通らなかった。

助けてくれたことに感謝はするが、幼いエリノアは本気で仲間を辞めたかった。あのトラウマは絶対に忘れてやるつもりはない。


ちなみにガーゴイルを叩き割ったのも、この頃のことだ。


そんなこんなでガロガインに出会って剣術を叩き込まれる(エリノアもついでに叩き込まれた)まで、ジークは剣を盾代わりに使うだけだった。

そんなジークに合わせて強化されたこの剣には、少し変わった能力がある。


ルフナはそれを知らなかったことに加えて、短剣使いであったためにこの魔剣を使いこなせるわけがなかったのだ。



今、エリノアの手に渡ったジークの魔剣、エリノアの魔力で強化された魔剣は当然、エリノアの手に良く馴染む。


「さっさと目覚めなさい『無銘』。寝起きの運動が待ってるわよ」


瞬間、まるで本来の主の手に戻ったことに歓喜するように剣が脈動した。エリノアの魔力を取り込み、急速にその本来の機能を回復させていく。



ほどなくメンテナンスは終了した。白銀の刀身が輝きを取り戻す。

これならシベリウスの魔法にも対抗できると、エリノアは確信する。あとは周りへの被害をどうするかだけだ。

カナタのマントに刻まれた紋章を目にしたエリノアが叫ぶ。




「そこのピンク髪っ、守護の楯なら余波くらいは何とか処理しなさい!」


「ーーー言われなくてもそうするよ!」


カナタが杖を引き抜いた、銀色に輝くソレは『銀の螺旋杖』。祖父から受け継いだ魔法杖だ。

びっしりと杖に刻まれた魔法陣がカナタの魔力を底上げする。


「いくよ誰かさん! 『対火結界』を発動!」


カナタの呪文に応えるように城壁のように分厚い壁が周囲を囲うように出現し、外界と墓地を隔絶する。空高くそびえ立った蒼い結界は偽りの太陽に表面を溶かされながらも、外界への熱を遮断する。だがダメだ、こんなモノでは足りない。


「炎の上位精霊、ボクらにその祝福を分け与えよ『サラマンドラの加護』!」


紅いルビーのような精霊の輝きがカナタ、ルフナ、エリノアに降り注ぐ。薄い膜が三人の皮膚を覆った。炎を司る精霊の祝福が、三人の少女たちに炎熱耐性を付加したのだ。

エリノアが視線だけでチラリとカナタを顧みた、エリノアが命令したのはカナタ達が自身を守ること"だけ"だったからだ。

まさか自分にまで、多量の魔力を要する祝福魔法を付加してくるとは思わなかった。

どうやら俺様チビ神官とは違い、お人好しのピンク髪のようだ。


「さらに『アイリスの天楯』を部分展開、地上を行く我らに七つの加護を授け賜え虹の女神よ!」



最後にカナタとルフナの前に、七色の極光を纏う七つの欠片が出現した。

とてもではないが『楯』とは認識できない、ふわふわと浮かぶ光の欠片。その一つ一つに光輝く神造文字が刻まれている。


それこそが七つの加護を持つという虹の女神の楯、その一部分。

かつて魔王の一撃すら防ぎきったという、カナタのとっておきの防御魔法だ。


「キミも早くこっちに「上出来よ、アンタ達は自分の身だけを護りなさい」ーー何を!?」


カナタがエリノアに叫ぼうとした、早くこっちに来いと。だがエリノアはそれを拒絶する。

同時にシベリウスの魔法が完成したからだ。

いや、わざと遅らせていたのだろう。カナタとルフナが防御を構築するまで。


空が、夕焼けに似た光に包まれた。

限界まで圧縮された炎の塊が撃ち出される。獄炎纏う小型の人工太陽が、墜ちてくる。


もし、ここに炎熱を操るドラゴン族が居合わせたとしても尻尾を巻いて逃げ出すだろう。竜鱗すら焼き払う熱量に対抗する術はないからだ。


しかしエリノアは違う、その手に握るのは先代勇者の魔剣。エリノアが最も振り回され、最も頼りにした男の形見。

じんわりと伝わって来る温かみと安心感にエリノアが苦笑する。


「そういえばアンタはこんな時には、いつも助けてくれたっけ。ありがとジーク」


迫る脅威を感じ取り、ジークの魔剣がエリノアの魔力を吸い上げていく。

主に仇なす敵を討たんと、剣が自身の"対魔法術式"を解放した。



「せーの!『滅火刃』!!」



刀身から放たれたのは一筋の斬撃、それに触れた瞬間、偽りの太陽が"砕け散った"。


魔法術式、構成を破壊する対魔宝剣『無銘』がその力を遺憾なく発揮したのだ。


最強の魔法使いの魔法はあまりにも呆気なく、収束術式を破壊された。

唖然とするシベリウスの眼前で、大魔法が小さな無数の火の粉となって地上へと降り注ぐ。

カナタの指示で上空へと飛んだ虹の欠片がそれらを残らず打ち消し、周囲へと飛び散った炎弾は対火結界にぶつかり消滅していく。



「ーーーーーーー!!!」


シベリウスが激しく動揺した。心臓がドクンドクンと際限なく高鳴っていく。力無く、シベリウスの身体が揺らめいた。

だがその顔にはもう怒りも悲しみもない。


魔剣『無銘』。

それはジークの半身にしてエリノアの形見、エリノアの魔力でジークただ一人のために強化された専用装備。

ジークの死後、あらゆる使い手を拒絶してきた暴れ馬だ。

この剣は、ジークの後継者であるはずのルフナにすら完全には使いこなせなかった。

もはやこの世界に扱える者はいないとシベリウスも諦めていた。


そう、過去から現在に到るまでジークの剣が認めた相手、それはこの世界に2人だけなのだ。



「そうかジーク、そうなのだな。アレはエリノア、なのだな」


他でもない親友の剣が証明したのだ、シベリウスの目の前にいる少女の正体を、この百年で一番会いたかった少女がここにいると。

気がつけば、シベリウスは杖を下ろしていた、目の前にいるのはエリノア本人。なら何故エリノアに武器を向けるのか、そんなことはシベリウス自身が許さない。


百年越しの再会、確かに夢物語にも負けず劣らず都合の良い話だ。



そんなことは問題ではない。



再会の理由は知らない、どうでもいい。



エリノアが生きていた、生きていてくれた。シベリウスにはその事実だけで充分過ぎる。


「お…お……おおお」


一粒の涙が頬を伝って地面を濡らした。

伝えたい言葉が出てこない、この百年で色々なことがこの世界にはあったのに。



何の間違いかジークが守護の楯に任命された。


帝国との戦争が起きた、失うばかりの下らない戦いだった。


ガロガインが戦争で命を散らした、エリノアの魔銃で仲間の命を奪ってしまった。


エリノアの幼なじみだったマリベルが帝国に殺された、とても残酷な最期だった。


アナスタシアは相変わらず元気だ、今日も世界の何処かをノロノロと旅しているに違いない。


そして自分は、シベリウスは王都を護るために頑張ってきた。エリノアとの約束のために。




時間の許す限り、全て語ろう。エリノアに聴いて欲しい、彼女がいなかった百年の物語を。

シベリウスは止め処なく溢れ出す涙を拭いながらエリノアのいるであろう場所を見つめた。

まだ火魔法の余波で大量の煙が立ち込めていてエリノアの姿は見えない。


早く煙を晴らそうとシベリウスは風魔法を唱えることにした。

その表情は先程までの憤怒が嘘のように穏やかな男の微笑だった。




つまりだ。

本来なら戦いはここまでだった。

感動的な再会劇の始まりが始まる、そのはずだった。

だが、それでは納得しない存在がたった1人だけいたのだ。言うまでもなく、エリノアだ。



ガゴオンッッ!、分厚いガラスを叩き割ったような音が響いた、何かがシベリウスの防御結界を貫いて飛来する。


「ぬおおおっ!?」


飛来したのは鈍色に輝く鋼の剣、シベリウスは上体を逸らしギリギリでそれを回避する。

エリノアが、上空から降り注ぐ残り火を突っきり走り来る。『サラマンドラの加護』が火の粉を寄せ付けない。

まさか、とシベリウスが驚愕した。



「ま、待て……っ!?」


「他人の墓前で暴れ過ぎなのよっ、この馬鹿チビ助ぇぇ!!」



エリノアの怒りを込めた拳が、無防備なシベリウスの顔面に炸裂した。

弾丸のような速度で吹き飛ぶシベリウス、しかし次の瞬間には地面に斜めから突き刺さるように落下した。砂埃が吹き上がり、爆撃のごとき音が響き渡った。



「お、お祖父様ーー!?」


悲鳴に近い声を上げながらカナタが、派手に吹き飛ばされた祖父の元へと転移する。

それを少しの間だけエリノアは目で追ったが、すぐに興味を無くし、代わりにルフナへと振り返った。


「さて、これでアイツも頭が冷えたでしょ。アンタも無事みたいで良かったわ、ルフナ」


「あ、はい一応」



それはもう、清々しい笑顔でエリノアは振り返った。

この一週間で溜まりに溜まった鬱憤を残さず吐き出し、いや殴り出したようだ。


「お祖父様しっかりしてっ、 死んじゃやだよーー!!」


二、三回地面をバウンドして吹き飛んだ大神官は仰向けに倒れて動かない。

涙目で孫娘が回復魔法で介抱しているが、復帰しそうにない。まあ、あれくらいでは死にはしないので、ルフナは2人を放置することに決めた。


「そうだったらいいな、とは思っていました。エリノアさんが本当は伝説の人で、二代目勇者である私のところに現れてくれたんじゃないかって。そういう運命だったんじゃないかって」


「言っとくけど、アンタとの出会いは偶然よ。別にいいじゃない、先代勇者だって私との出会いは偶然から始まったんだから……アレは誘拐だったけど」


「あはは、そうですね。そういう話をシベリウス様から伺ったことがあります………ちょっと失礼しますね。『状態表示(ステータス)』」



エリノア=ユースティ

銃騎士

Lv99

HP:3680/3700

MP:67400/68000

魔力資質『圧縮』




「なんだ、私のステータスをまだ確認していなかったの? 仲間の現状把握は勇者の基本よ」


「あ、あはは………これは流石に想像していませんでした、シベリウス様が衰えたのは本当だったんですね」


何というか言葉が見つからない、あまりにもデタラメなステータス。

『不死身の魔王』アレクレイオス討伐の中心的役割を果たした、勇者の片翼エリノア。

人間の限界とされるレベル99、そして魔力値は上限を完全に振り切っている。

魔力資質『圧縮』の影響だろうか。

それにしたって常識外に過ぎるのではないか、とルフナは思った。

いや、そもそもからしてジークパーティーにマトモな人間などいなかったのかもしれない。


唖然として固まるルフナ、その耳に大神官の笑い声が高らかに響いた。



「クククッ、クハハハハハハハッ!!」


「お、お祖父様、なんで笑いながら泣いてるの?」


「ハハハッ………そうか、生きてたか。生きていてくれたのか、本当に、本当に良かった」



シベリウスは泣いていた。悲しみではない、彼はたまらなく嬉しいのだ。シベリウスはそのまま空を見上げながらエリノアにずっと心にしまい込んでいたことを告げた。


「お帰りエリノア。ワシは……いや、オレはお前に会いたかった。謝りたかった、あの決戦でお前を救えなかったことを」


「あれは私の力が及ばなかっただけ、アンタ達が謝る必要はないわ。それに謝罪するならまず、私をさっきまで攻撃してきたことに対してでしょうが」


「それはさっきの一発で済んだことだと思うが?」


「んなわけないでしょう、チビ助」




2人のやり取りをルフナは踊るような気持ちで見つめていた。

他人の力を当てにするのは控えるべきだと思うが、どんな敵が相手でもこの白い少女と一緒なら大丈夫だとルフナは思ったからだ。


ルフナは魔物から1人でも多くの人々を救うために、勇者になることを受け入れた少女だ。

人殺しでしか生きる道がなかった過去の自分と決別するために、ルフナは1人でも多くの人々を、村を、国を救う、それが勇者としての旅の目的なのだ。

そして、それ自体は尊き願いだがルフナ独りで可能なことは限られている。魔物退治は特にチームプレイが基本なのだ、かつてのジークパーティーが力を合わせて魔物の王を倒したように。

だからルフナも頼れる仲間が欲しかった。その願いが叶ったのだ。


しかも、この街に帰って来て分かったのだが、どうやら初めての仲間になる可能性が最も高かった人物は身近にいたらしい。



「……カナタさんにどうやって『あのこと』を切り出そうかな」



ルフナは"2人目"の仲間候補、カナタへと振り返った。

当然、シベリウスは黙っていないだろう。副官のケディングに至っては旅に同行すると言い出しても不思議ではない。

しかし、いずれにしても些細な問題に過ぎない。

最高の仲間たちがルフナの元に集まりつつあるのだから。


「なんだか、出来過ぎた物語みたいです。こんなに順調な道のりでいいんでしょうか」



だがルフナは己の敵を、魔王を知らなかった。

その姿も、能力も、残酷性も、何一つ知らないままで"大丈夫"だと思っていた。

それが、どれだけ甘い考えなのかルフナは思い知ることになる。


何故なら、シベリウスやエリノアをもってしても、魔王は『怪物』なのだから。

そしてそれは何も、単純な戦闘力の話だけではない。






同時刻、トロールの森を訪れる青年がいた。

アメジストの瞳と、新月の暗闇を思わせる漆黒の髪を持つ、人ならざる存在。

魔王アレクレイオスは、白い少女と二代目勇者が出会った始まりの地を訪れていた。


「おいおい、マジかよ。殺されてんじゃねえか?」


森を訪れたアレクレイオスを出迎えたのは、この森の支配者だったトロルキングの死体。

頭を切り落とされ、断末魔の表情そのままに放置された無残な死体だった。


「どこの人間か知らんが、なかなかの実力者だな、気に入った。」


部下であるトロルキングの死に対して、魔王が感じたのは"喜び"だった。

本来、人間は魔物に比べて非力な生き物だ。肉体的にも精神的にも人間は魔物より弱い。

しかし、どの時代からだったか、人間は知恵を巡らせ魔物を狩る存在となった。果てには魔法や(アーツ)、魔剣や魔銃を造り出し、魔物を圧倒し始めたのだ。

アレクレイオスは、そんな人間の可能性や希望に"価値"を見出した魔王だった。この魔王は同族の魔物より人間に対して好意的な、異色ともいえる存在なのだ。


とはいえ、この場所を人間に荒らされるのは都合が悪い。

アレクレイオスは、とある事情で錬鉄都市を制圧できなかった。

具体的にいえば、復活したばかりの魔王には魔力が足りなかったのだ。

よって守護の楯を殺害するには力不足だと判断し、この森を一時的な拠点として世界中を飛び回っていた。

その留守番としてトロルキングを配備し、ここに人を近づけないように冒険者やら旅人を狩らせていたのだ。


「やれやれ、ジークとエリノアの墓は無駄足になっちまうし手下は殺される、まさに踏んだり蹴ったりだ」


この魔王には、弱体化した己の身を護るための『駒』を得るために死体が必要だった。そのために世界中を飛び回り、実力者の死体を求めていた。

アレクレイオスの飛翔速度は並みの魔物の比ではない。閃光騎士を除けば人間達にはその速さに追随できる者はいない。そのため、墓を暴くこと自体は容易いものだった。


しかし全てが思い通りに進んだわけではない。

特別な期待を寄せていたジークとエリノアの死体。

シベリウスに目を付けられる危険を犯してまで掘り返したジークの墓は空っぽだった。

遺体が発見されていないのか、それとも誰かが先を越して遺体を持ち出したのかは不明だが、魔王は遺体を手に入れることが出来なかった。

そしてエリノアの墓も似たような結果だった。もっとも、エリノアの場合は遺体が初めからなかったらしい。


「当然か、大魔王様とタイマン張って遺体が残るはずがないからな。消し炭にされるか、ミンチにされるかはその時の大魔王様の気分次第だろうが………チッ、てめえにしてはつまらない幕切れだぜエリノア」


口調は不満そうだが、今のアレクレイオスの機嫌は悪くない。


「まあ死んじまったのなら仕方ない、てめえは死者の国から眺めているがいい。俺様の『駒』がこの地上を蹂躙する光景を」


魔王の足下には2つの棺、アレクレイオス自らが選りすぐった最高の人間の遺体が納まっている。

一方は、びっしりと魔法文字ルーンの描かれた紫紺の棺桶。

森の地面に寝かされているその棺には『楯』の紋章が刻まれている。

魔王はそれに手をかけて押し開ける、人外の腕力に金属扉がひしゃげてバラバラに砕け散った。


中には小さな女の子の遺体が納められていた。

首もとに残る痛々しい傷痕を除けば、とても死んでいるようには見えない綺麗な遺体。

涼しげな青髪の、シスター服の幼女が手を組んで安らかな長い眠りについている。



そのシスター服には『楯』の紋章が刻まれている。



そしてもう一つ、扉に刻まれた刻印はファブニール帝国の血染めの竜旗。

遺体を包み込む漆黒の布には、黄金の『狼』を模した紋章。

高級そうな黒い布に包まれた遺体は左半身を中心に激しく損傷している。


「死体を見て焦ったぜ、あの損傷から蘇生させるには今の俺様の魔力じゃ心もとないからな。だから成功率を上げるために、その魂と相性の良い土地まで運んできたわけだ」


そう、トロールの森は"あの騎士"が命を終えた場所、生涯最期を迎えた土地だ。

皮肉にも、ここはあの騎士と修道女の2人がかつて敵同士として出会った戦場でもある。


「この記念すべき日に『反魂』の儀式を執り行おう。俺様の従者として甦れ、守護の楯そして太陽の狼よ」



不気味な紫色の光を放つ魔法陣が2つの棺を囲んで出現した。

魔王は愉快でたまらない。隠しきれない愉悦に口元が邪悪に歪む。


「命を懸けて護った故国を、今度はその魂尽きるまで蹂躙する。ああ、これこそ最高の娯楽だ。俺様にとってその光景は天上の美酒にも勝る至高の供物となるだろう」



魔王は再び、この世界に悲劇を紡ぎ出す。

百年前の戦いにおいて、数々の王侯貴族や民衆を物言わぬ人形に変え、人間世界を混迷の底に叩き落とし破滅させた、忌むべき人類の宿敵。



その名は『反魂魔王』アレクレイオス。



大魔王の従順なる使い魔にして、人類史上最悪の魔物。

その力は人類全ての希望と絶望が混濁した夢、亡き者を甦らせ人々の魂を貶める災厄の調べ。

偉大なる魔物の王にして、穢らわしき超越者。

彼の者こそは人々を惑わせ、堕落させる艶やかな闇、安らぎ無き地獄への導き手なり。



「エリノア、魔王の宿敵に相応しき乙女よ。ああ、この世界の終焉を俺様からお前への餞別として捧げよう」



哀しげに、儚げに、そして邪悪に満ちた眼差しでアレクレイオスは天を仰ぐ。

自分を殺した少女へと、溢れんばかりの殺意と敬意を込めて、遥かな天界にあるという死者たちの国へ届くことを祈りながら、この世界の終末を宣言した。




さあ、序章の舞台役者はここに揃った。人類と魔物、この世界を賭けた戦いを始めよう。




死ぬつもりかって?


さあ、どうかしら


少なくとも負けるつもりはないわ



ジークとチビ助の好意に気づいているかって?


バカじゃないの


あんなに分かり易い連中はいないわよ


どいつもこいつも、色ぼけばかり


嫌じゃないけどね



どうして、戦うのかって?


確かに私はアイツらとは違う


忠節の騎士でも、エルフの姫でも、神官の息子でも………勇者でもない


どこまで行こうと、私はただの平民の小娘


ジークの馬鹿と出会わなければ、もっと普通の人生があったかもしれない


でもね


世界が赤く、紅く、朱く染まっていく


そんなのは見ていられない


遅かれ早かれ私はここにいたんだと思う


そこに後悔はない、憐れみは要らない


だから代わりに力を貸して


魔王領を突破するにはアンタの魔法が必要なの


大丈夫、大魔王退治なんて簡単よ


世界平和に比べたらね


それにさ


いつかアイツらと、夢の中で笑い合えたなら


きっと私の意志には価値がある


だから私はきっと帰らない


もう決めたから


私がアイツらを、ついでに世界を護ってみせる


付き合いの長いアンタにだけは言っておくわ


じゃあね、マリベル


さようなら


……何よ、泣くことはないじゃない


可愛い顔してるんだから、笑っていなさいよ



ーー百年前、決戦前夜

『銃騎士、エリノア=ユースティの決意より』

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