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月華抄  作者: 葉月
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終章

「ここはとても空気が綺麗ですね」

 玻璃の洩らした感嘆の声に、うん、と桔梗は頷いた。

 見渡せば、ぼうぼうと生える草とまだ背の低い木が目につく。

 それ以外は何もない。

 しかし桔梗は〝それだけしかない〟というのは間違いだと知っている。痛ましげに目を細め、ゆっくりと腰を落とす。地面に手をあてて、そっと瞼を閉じた。

 太陽の熱を吸収した土は温かい。桔梗はそのまま鎮魂の歌を唇にのせる。神威に教わった、あの歌だ。

 側に佇む玻璃は、主と同じように目を瞑っている。歌は知らないから、口は閉ざしたまま。けれども想いは一緒だ。

「――――」

 鎮魂の歌が風に溶けて流れていく。土に染みこみ広がっていく。

 さらり、と髪を撫でられた気がして、桔梗はくすぐったそうに笑う。

 この辺りを少し掘りおこしたら、燃えて炭となった木材が埋まっているのだろう。

 そして、大勢の人々もここに眠っている。

 本当は手厚く葬ってあげたい。しかしひとりでそれを実行するすべは持っていない。

 市井で誰かを雇うなり、兄弟子たちに頼むなり、方法はいくらでもあるだろう。けれどもこの地をこれ以上荒らしたくないという気持ちが勝ってしまった。くだらない欲の被害にあったここは、静かに眠らせたままにしたかった。

 あやふやだった幼少の頃の記憶は少しずつ思い出した。

 幼すぎて覚えていないことがほとんどだが、自身で記憶していることの他、あの日のことは玄翔の手に落ちる前に神威が施した術であらましは得た。

 運が悪かったとしか言いようがない。

 月の神を崇め奉っていた、この地に住んでいた一族は、子供の遊びに無理矢理つきあわされたも同然だ。それも残虐な。

 術者も多くいただろうにこうなってしまったのは、唐突に襲われたからだろうか。それとも、一族の長が玄翔の話(うまいはなし)に騙されてしまったのか。真相は得ることができなかった。口寄せの術を使って、亡くなった魂を呼び寄せたらわかるのかもしれないが。

 鎮魂の歌を終えて桔梗は立ちあがった。視線を巡らせて、気になった方へと歩いていく。

 玻璃はそんな主の後を黙ってついていった。

 湖沼があった。水に濁りはなく底が見える。湖の奥は空を映しているのか、深い青色をしている。

 記憶をたどってみるが湖に覚えはない。忘れているか、危険だからと近づかないように忠告を受けていたのかもしれない。

 桔梗はじっと湖を見つめた。

 満月の夜には湖に月の華が降り注ぐのだろう。湖面で輝くその様はどれほど美しいのか。

 邸の湖に映った月も綺麗ではあったが、作り物と自然の物は趣が異なる。しかしだからこそどちらも好い。

 最後に邸で月を眺めたのはいつだったろう。

〝祖母の邸〟へ移ってからは慌しい日々が続いていた。

 ――玄翔に思いこまされていた邸は、何の関係もない空家だった。

 家主は調べたが手がかりはなく。関わりのない邸にいつまでも住むわけにもいかず桔梗は出ようとしたのだが、龍安の口添えもあり住み続けることになった。〝化け物邸〟の抑制力はなかなか侮れないらしい。

 今その邸の管理は影明に任せている。忍も一緒だ。少し都を離れたいと相談すると、快く引き受けてくれた。

 管理は頼んだが敷地内にかけていた術はそのままだ。だから集中すれば離れていても多少ことはわかる。

 影明と忍が話をしている。さすがに内容が聞こえることはないが、楽しそうにしているのは伝わってきた。

 ほんの少しのつもりで出てきた。すぐに戻ることができるのに、ひどく懐かしい気持ちが沸き起こってくる。

 都以外の知らない場所を見て回ろうと思っていたのに。そして、事の原因は自分ではないのだが、都にいてよいのかという思いにも苛まれて足が重くなっているのに。心の底は求めている。

「桔梗様」

 呼ばれて目を向けると、玻璃が微笑んだ。

「この地の月見にも興味はありますが、わたくしはお邸の庭に降り注ぐ月の光が好きです」

 玻璃は表情は乏しいままだが、以前と比べると多弁になった。

「桔梗様。わたくしの我侭を聞いてくださいませんか?」

 我侭、と言っているが桔梗のためだ。綯い交ぜになっている主の思いを汲み取ってくれたのだろう。

 それでも本当に良いのだろうかと渋っている桔梗に向かって、蝶が一匹、ふわりと飛んできた。青い翅の蝶は桔梗の周りをくるりと回ると、そっと彼女の耳元に止まる。囁くように数回、翅を動かした。

「――どうしたの? 瑠璃」

 桔梗の呼びかけに答えて瑠璃がまた羽ばたいた。

「うん――帰ろうか。都へ」

 あのようなことがなければ、自分はここで暮らし続け、それからどのような人生を送ることになったのだろうか。

〝たられば〟を考えても過去は変えられない。

 今できるのは忘れないこと。思い出すこと。なかったことにしたいような辛いことも、大切な出来事もだ。

「そろそろ行こうか。瑠璃、玻璃」

 踵を返した桔梗は、ふと振り返る。――温かい存在は、(ここ)にある。

「ただいま。それから……」

 慈愛に満ちた神威の瞳に、決意をこめて頷いた。

「いってきます」

月華抄これにて完結です。


さほど長い話ではないのに時間がかかりすぎでしたね(汗)

グダグダもしちゃってますし。

終わり方が某シリーズとほぼ同じなのは元々こう(ゲーム版EDのひとつ)だったのと、こういう終わり方が好きみたいです。意識してなかったけど。


読んでいただきましてありがとうございました。

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