男の過去編 2/5
信じたくはないが異世界に召喚されたらしい。
ふざけるな?こっちのセリフだ。こっちは一年でレギュラーというスーパー一年で甲子園を沸かせる予定だったのに。甲子園通算勝利数、歴代一位20勝に一番近い男と言われていたのに。
今はごわごわのズタ袋に頭と腕を出す穴が開いたなんともおしゃれなポンチョを被って、うっすい塩味のついたスープにじゃがいもというだけの食事。PFCバランスなんて欠片も考えられてない。
プロテインが少なすぎる。と嘆くがそれ以前の問題だ。
だいぶ単語はうっすらわかるようになった。
「走れ」「止まれ」「立て」「座れ」みたいな簡単な単語。
たぶんそう言われてる。なぜなら同じ単語を言われたときそういう動きを自分の意思とは関係なくしているから。
石の床に藁を敷いただけのクラスメイト30人――今は22人になってしまったけれど――が一堂に会して寝る寝室兼生活するスペース。自分のものなんて何もない。
だって呼ばれた時、みんな裸だった。男も女も、先生も生徒も関係なく。眼鏡すらもなかった。聞けばコンタクトも差し歯もなくなってたそうだ。たまたまいなかったけど、ペースメーカー持ちがいたらどうなってたのか考えると怖い。
「起きろ」
夜が明けるか明けないかの時刻に叫ばれる。叫んだ男が持っているきれいな石、あれを持ってなにかを言われるとその通りに動かざるを得なくなる。
いつもの食事を食べて、まずは全員が入れる部屋で座学。
スーパー一年生だからって自分は野球馬鹿じゃない。将来を見据えて英語の習得に余念がなかったし、栄養学にスポーツ力学と、学んできた。居眠りなんかしない。体罰どころじゃない暴力が飛んでくるし。文字通り飛んでくる。
凄く明るい茶髪だった佐藤君はまだ根元からチョッピリ黒髪がのぞきはじめたころにうっかり居眠りをして、頭の上に大きな水球が出来て、それがみごとに佐藤君に落ちた。慌てて顔を上げたところに無数の小石が佐藤君の顔面目掛けて飛んでいった。涙とよだれと血を流しながら謝る佐藤君を笑う者はいなかった。
魔法じゃん!ファンタジーじゃん!なんて思うより、それを行使した教師役の奴の冷ややかな目に明日は我が身としか思えなかったから。
午後からは肉体訓練。
走って、飛んで投げて。自分でもきついと思える運動量なのに、女子だろうと関係ないようだ。吐きながら走らされてる。どれだけしんどかろうと強制的に動かされるのだから仕方がない。だって倒れこんで抵抗してた奴はもう見ない。
人差し指を立てて、教師が言った言葉を同じように言う。教師の指先からはライターみたいに火が出てる。他にも水や石が出てくる奴もいる。当然自分たちにはそんなものは出ない。必死で聞き取り、必死で言えるようにしなければ。だって窮屈だった寝床が普通に足を伸ばして寝れるようになってしまったから。これ以上の広さはいらない。
佐藤君の髪が毛先以外真っ黒になった頃、佐藤君の指先から火が出た。あの冷ややかだった教師が少しだけ目元を緩めて、頷いた。佐藤君はまた泣いた。
それからぼつぼつ何かしらが出てくる人が増えた。
今度はグループに分かれてその火を大きくしたり水を水球にしたりする訓練。ちなみに自分は火と水が出たのでかなりハードだった。
日本に生まれてきたからには、それなりにファンタジーに触れてる。異世界転移も、異世界転生も見たことある。
イメージがあればなんとかなるんじゃないのかとクレーム付けたい。地味な訓練しないと役立たずだ。
最初より半分もいなくなった寝床は男女共用だけど、過ちなんて起こらない。起こす体力も気力もないから。ある意味平和なのかなと。そんな中夕食から寝るまでの自由時間。体力回復に横になりたい体に鞭打って、トイレ横のすこし開けた場所に行く。
手のひらから石を出せる人から石をもらって、それを目測20メートル離れた木に投げる。
街灯なんてない暗闇の中、カツンとあたる石の音が唯一正気を保たせてくれていた。




