ep.2 死体漁り
気配が近づいてくる。
俺は欠けた剣を握りしめたまま、暗闇の奥を睨んでいた。
さっき倒したアンデッドの死体が足元に転がっているが、それを気にしている余裕はない。
ズル、ズル、と何かを引きずる音が少しずつ大きくなり、やがて通路の先から一体のアンデッドが姿を現した。
その後ろにも、さらに二体いる。
「……三体か」
小さく呟いた。
今の俺にとって、一体でも十分に危険な相手だ。
それが三体。
普通なら逃げるべき状況だった。
けれど、俺には逃げ道が分からない。
それに、ここで逃げたところで、この暗闇の中をいつまでも走り続けられるとは思えなかった。
三体のアンデッドは俺を見つけると、ほとんど同時に動き始めた。
知能なんて感じられない。
ただ、生きているものを見つけ、それへ向かって襲いかかっているだけだ。
俺は一体目が飛びかかってくる瞬間まで動かなかった。
そして、腕が振り下ろされる直前に身体を横へずらした。
爪が目の前を通り過ぎる。
そのまま懐へ入り込み、剣を腹へ突き刺した。
手応えはあった。
だが、アンデッドは止まらない。
「くそっ……!」
俺は剣を引き抜き、後ろへ飛び退いた。
二体目が横から迫っている。
身体を捻って避けるが、肩を爪が掠めた。
痛みが走る。
それでも、さっきよりも動けている気がした。
自分でも理由は分からない。
ただ、身体が少しずつ戦い方を思い出しているようだった。
二体目が振り返る。
俺は一歩踏み込み、剣を振り上げた。
今度は首元を狙う。
刃が肉を断ち、アンデッドの身体が大きく揺れた。
俺はそのまま蹴り飛ばす。
倒れたところへ剣を突き立てると、ようやく動かなくなった。
「あと一体……!」
最後の一体が迫ってくる。
俺は息を整える暇もなく、剣を構えた。
だが、そのアンデッドは先ほどまでの二体とは少し違っていた。
身体が大きい。
腕も太い。
俺は直感的に理解した。
こいつの方が強い。
アンデッドが地面を蹴る、速い。
俺は横へ逃げる。
しかし、完全には避けきれず、身体が吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
背中を壁に叩きつけられ剣を落としそうになる。
アンデッドがこちらへ歩いてくる。
立ち上がろうとするが、足がうまく動かない。
「……まだだ」
死ぬわけにはいかない。
その言葉だけを頭の中で繰り返しながら、俺は剣を握り直した。
アンデッドが腕を振り上げる。
その瞬間、俺は身体を低くした。
腕が頭上を通り過ぎる。
そして、そのまま懐へ潜り込んだ。
「――そこだ!」
剣を突き込む。
一度。
二度。
三度。
何度も刃を叩き込む。
やがてアンデッドの動きが止まり、その巨体が地面へ崩れ落ちた。
俺はその場に座り込んだ。
「……はぁ……」
呼吸を整えながら、目の前の死体を見る。
三体とも動いていない。
俺は少しだけ安心した。
だが、視界にはまたあの表示が現れていた。
【対象:腐肉喰らい】
【状態:死亡】
【吸収可能】
【対象:腐肉喰らい】
【状態:死亡】
【吸収可能】
【対象:腐肉喰らい・強個体】
【状態:死亡】
【吸収可能】
「……またか」
《死体漁り》。
このスキルが、死体を認識している。
そして、どうやら強い個体ほど表示が変わるらしい。
俺は一番大きなアンデッドを見る。
【対象:腐肉喰らい・強個体】
普通の個体とは違う。
何を吸収できるのかは分からない。
けれど、試してみるしかなかった。
「……YES」
意識すると、目の前に表示が現れる。
【能力を抽出しています】
直後、身体の奥へ何かが流れ込んできた。
一体目の時よりも強い。
胃の奥が締めつけられ、頭の中が熱くなる。
「っ……!」
俺はその場に手をついた。
身体が震える。
何かが自分の中へ入り込んでくる。
それは数秒続いたあと、突然消えた。
【能力の吸収に成功しました】
【身体能力が僅かに上昇しました】
「……身体能力」
俺は自分の腕を見る。
何かが劇的に変わったわけではない。
けれど、先ほどまでより身体が軽い。
握った剣にも、少しだけ力が入りやすくなっている気がする。
俺は立ち上がり、試しに拳を握った。
「……本当に、吸収してるのか」
怖かった。
自分の中に、自分ではない何かが入り込んでいるような感覚がある。
けれど、不思議と拒絶するような感覚はなかった。
それよりも、今はこの力を使わなければ生き残れないという考えの方が強かった。
俺は残り二体の死体を見る。
同じように吸収を選択する。
だが、今度は先ほどほどの変化は起きなかった。
【能力の吸収に成功しました】
【有用な能力は確認されませんでした】
「……なるほど」
どうやら、全ての死体から強力な能力を得られるわけではないらしい。
当然と言えば当然だった。
もし死体を倒すだけで何でも手に入るのなら、この力はあまりにも強すぎる。
俺はその場に腰を下ろした。
そして、改めて自分の身体を確認する。
服は破れている。
身体にも傷がある。
けれど、血がほとんど流れていない。
「……」
そこで、俺はようやく違和感の正体に気づいた。
さっきから身体がおかしい。
喉が渇いている。
腹も減っている。
なのに、普通の人間なら当然あるはずの疲労感が妙に薄い。
俺は胸に手を当てた。
やはり、鼓動が感じられない。
「……俺、本当に生きてるのか?」
誰も答えない。
当たり前だ。
この場所には俺しかいない。
俺は立ち上がり、壁に手をつきながら歩き始めた。
ここがどこなのかを知りたい。
そして、ここから出なければならない。
しばらく歩いていると、通路の先に小さな光が見えた。
「……光?」
俺は慎重に近づいていく。
やがて、それが松明のようなものではないことに気づいた。
壁そのものが淡く光っている。
不思議な鉱石だった。
その光のおかげで、周囲の様子が少しだけ見えるようになる。
そこには、いくつもの骨が転がっていた。
人間のものもあれば、モンスターのものもある。
「……ここ、かなり深いのか?」
俺は骨を避けながら進んでいく。
その時、壁に刻まれた傷が目に入った。
爪痕。
かなり古いものだ。
いくつも重なっている。
この場所で、何体ものモンスターが戦ってきたのだろう。
そして、しばらく進んだところで、俺は一つの大きな空間へ出た。
そこには大量の死体があった。
「……なんだ、ここ」
人間。
ゴブリン。
狼のようなモンスター。
見たことのない骨。
様々な死体が、広い空間の隅々に転がっている。
そして、その中央には巨大な黒い岩があった。
まるで墓石のように、静かにそこへ置かれている。
俺はその光景を見つめながら、奇妙な感覚を覚えた。
ここは危険だ。
けれど、それと同時に――。
「……落ち着く?」
自分でも意味が分からなかった。
普通なら、こんな場所にいたら一秒でも早く逃げ出したくなるはずだ。
なのに、ここには妙な安心感がある。
まるで、長い間探していた場所へようやく辿り着いたような感覚だった。
その時、再び視界に文字が浮かび上がった。
【領域を確認】
【不死者の巣窟】
「……不死者の巣窟?」
その名前には聞き覚えがあった。
アンデッド系のモンスターが多く、雰囲気も不気味で、得られる素材や魔石も他のダンジョンに比べて大したものではない。
攻略効率も悪いため、探索者たちからは不人気ダンジョンとして扱われており、わざわざここへ潜ろうとする者はほとんどいない。
「……なんで俺が、こんなところにいるんだ?」
俺は周囲を見回した。
死んだはずの自分が、誰も来ないような不人気ダンジョンの中で目を覚ましている。
それが偶然なのか、それとも何か理由があるのかは分からない。
ただ一つ確かなのは、俺が死ぬ前にいた場所と、今いる場所が違うということだった。
そして、静寂が戻ってきた。
俺はその場に腰を下ろした。
まだ何も分からない。
自分がどうして蘇ったのかも、このスキルが何なのかも、この場所がどんな場所なのかも分からない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
ここには、死体が大量にある。
そして俺には、それを利用する力がある。
「……なら」
俺は立ち上がった。
「使えるものは、全部使わせてもらう」
生き残るためなら、何でもする。
そう決めた瞬間、遠くからまた足音が聞こえた。
今度は一体ではない。
いくつもの気配が、こちらへ向かっている。
俺は欠けた剣を握る。
そして、まだ何も知らないまま、奥へと歩き始めた。




