第9話:『下町の信用は、金貨では買えませんのよ』
王都質商組合の会合所は、市場の二階にある。
長卓に並ぶのは、王都に店を構える質商の主人たち、二十余名。上座には組合長のボナール氏——でっぷりと肥えた、目の落ち着かない御仁だ。
「えー、本日の議題は、新規加入者の、その、資格の確認である」
資格の確認。
穏当な言葉に化粧された吊るし上げが始まるまで、白湯が冷めるほどもかからなかった。
「三日月堂は先代の死後、半年も無人だった! 鑑札の継承は無効ではないのか」
「店主は貴族の勘当娘だそうじゃないか。質商法も知らん小娘に務まるか」
「ガロ商会を潰した手口も乱暴に過ぎる! ああいう跳ねっ返りは、市場の和を乱す!」
声の大きい主人が三人。判で押したような難癖。そして発言のたび、ちらちらとボナール氏の顔色を窺う。
台本の書き手が誰か、分かりやすいこと。
「発言してもよろしくて?」
私は立ち上がり、一礼した。
「まず鑑札の継承。質商法第三条、相続による継承は死亡から一年以内の届出をもって有効。届出の写しはこちらに。次に、わたくしの法の知識については——先ほどから皆様が引用なさる条文の誤りを、四箇所訂正できる程度には、ございましてよ」
会合所が、しんとなった。
「最後に、ガロ商会の件。当店は『潰して』おりませんわ。書式偽造と台帳改竄を、定められた手続きで組合に通報しただけ。鑑札を停止なさったのは、組合ご自身——議事録に、そうございますわね、ボナール組合長?」
「う、うむ、それは、まあ……」
「で、では諸君に問う!」
声の大きい主人の一人が、卓を叩いた。
「この娘の店を、信用できるか否かだ! 後ろ盾もない、出戻りの、貴族崩れの小娘を!」
そのときだった。
会合所の扉が、外から遠慮なく開いた。
「——ちょいと、ごめんよ」
マルゴさんだった。
その後ろに、ポレットさん。油問屋のご隠居。指物師。乾物屋のご主人。若い母親は赤子を背負ったまま。ぞろぞろ、ぞろぞろ。階段の下まで、人の列が続いている。
「な、なんだね、あんたたちは! ここは組合の——」
「あたしらは『参考人』だよ」マルゴさんが、煙管の先をひょいと上げた。「組合規約第九条。資格審査には、利用者の声を聞くことができる——だろ? あんたらが読まないなら、こっちが読んでおいたのさ」
規約まで調べてきてくださったらしい。下町、恐るべし。
「あたしから言わせてもらうけどね。この半年、ガロの阿漕な質札で泣かされた連中が、この街に何十人いたか、あんたら知ってるかい。三日月堂が開いて二十日。取り戻された形見が指輪一つ、誤魔化された利息が銀貨で幾ら戻ったか。——数字が要るなら、全部書き出してきたよ」
ばさり、と紙束が長卓に置かれる。
「わ、わしも言わせてもらう」油問屋のご隠居が進み出た。「三日月堂は、わしの恥になる査定を、正直に言うてくれた唯一の店じゃ。耳に痛い真実を言う店と、耳に甘い嘘を売る店と——組合が守るべきはどっちか、皆の衆、胸に手ぇ当てて考えなされ」
声の大きかった主人たちが、揃って目を伏せた。
彼らとて、本心では分かっているのだ。誰の差し金で、誰を吊るそうとしていたのか。そして、それが質商の道に照らしてどちら側の行いか。
採決は、流れた。「審査継続」という、誰の顔も潰さない棚上げで。
上等ですわ。本日のところは。
*
夕刻。店に戻って暖簾を出すと、ほどなく、からんと鈴が鳴った。
黒い外套。三度目のご来店。
「会合所の前に、人垣ができていたと聞きました。あなたの店の客が、店を守ったと」
「お耳が早うございますこと。……本日は、何を査定いたしましょう」
「いえ。今日は品物ではなく、ひとつ伺いたくて」
青年は、帳場の前の古椅子に腰を下ろした。
「あなたは、贋物がお嫌いだ。それは分かる。だが——なぜそこまで、と思いましてね。贋物でも、買い手が幸せなら良いという考え方もある。『夢を売る』と言った男も、いるでしょう」
ドラモンの台詞を、ご存じの口ぶり。本当に、何者かしらね、この方。
「物の嘘は、人の嘘ですのよ」
私は、帳場の算盤に指を置いた。
「贋物そのものは、罪を犯しませんわ。罪を犯すのは、贋物に本物の値札を貼る手ですの。その値札は、買い手の財布から盗むだけではございません。本物を作った職人の腕から、本物を守ってきた持ち主の歳月から——正しい値打ちというものへの信用から、盗みますの」
「信用から、盗む」
「ええ。そして信用は、金貨では買い戻せませんわ。本日、下町の皆様が教えてくださったとおり」
青年はしばらく黙っていた。
やがて、立ち上がる。外套の襟を直しながら、独り言のように言った。
「……王都の市場から盗まれ続けているものの名前を、これほど正確に査定した人を、私は他に一人しか知らない」
「あら。どなたですの?」
「この店の、先代」
鈴の音。黒い外套は、今日も名乗らずに夜へ消えた。
入れ替わりのように、店の前に人影が一つ。
上等なお仕着せの侍女が、何かを抱きしめるように包みを抱えて、立っていた。顔色は紙のように白い。
「あの……こちらで、お品物を、お預かりいただけると伺って……」
震える手から、包みの布が、はらりと落ちかける。
その隙間から覗いたのは——蒼。
夜の店先でなお燃えるような、深い深い、蒼い光。
私の心臓が、どくりと鳴った。
あの蒼を、私は知っている。生まれた家の、肖像画の中で。
お読みいただき、ありがとうございます。
下町の皆様の「参考人」ご出席に、当店、頭が上がりません。
次回、第10話『その蒼玉——『暁の雫』は、わたくしの冤罪そのものですわ』——
第1章、最大の質草が参ります。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




