第83話:『王冠は、質草ですわ。——二十年、利息を払わずにおいでですのよ』
流質の宣告には、順番がある。
まず、期限を読み上げる。次に、元利を読み上げる。それから、お支払いになれますかと伺う。伺ってから、宣告する。順番を飛ばしてはいけない。飛ばせば、それは取り上げになる。
……ええ。当店、一年、この順番だけは崩しておりませんの。
大鑑定室は、天井が高かった。当店の帳場の四倍はある。祖母なら、こう言うだろう。高すぎる。品が、小さく見える。窓は北向きで、灯りは壁に八つ。中央に卓が一つ。白い布。その上に、三百年前に打たれた金の輪が置いてあった。
王冠である。石は、十九。周りに十八、中央に一つ。中央の石は、四つの爪で座に留まっている。爪はまだ起こされていない。解体は、これからだ。
立会は、三十人ほど。貴族院の委員が七人。宝物院から主任鑑定官と書記。王家の御名代がお一人、奥の椅子に。壁際に修復官が一人——背は高くなく、正装の襟が首に合っていない。鑑定人が七人、卓を囲む。その七人の一番上座に、杖を持たない老人が座っておられた。杖は、椅子の脇に立てかけてある。
私は、壁際の末席にいた。総裁の命令書を持って。発言の権は、まだ、ない。
「——爪を起こす前に、所見を述べる」
モンフォール侯爵の声は、この部屋によく通った。
「首席鑑定人として、目録との照合を行った。周玉十八、寸法、色、傷、いずれも二十年前の記載のとおり。中央玉、同じく。……異状なし」
書記のペンが、動いた。
「異議がなければ、記録し、解体に移る」
委員の一人が頷いた。二人目も。主任鑑定官が、書記の手元を覗き込んだ。二十年前と同じ一行が、二十年ぶりに書かれようとしている。
『中央玉——異状なし』
総裁の席で、椅子が鳴った。
「異議がある」
ルシアン殿下が立たれた。
「王立宝物院総裁として、宝物令第十七条により、一名に王冠の鑑定を命じてある。……その者の所見を、先に聞く」
部屋が、ざわついた。委員の一人が口を開きかけた。
「総裁。第十七条は、十二年、一度も」
「使っていない。本日、使う」
その方は、こちらを見なかった。卓の上だけを見ておられた。
「三日月堂」
私は、六歩、歩いた。卓の前に立った。
「拝見いたしますわ」
片眼鏡を着けた。
一つ目。
私は、懐から薄い冊子を出した。宝物院の公開目録。二十年前の春の巻。書肆で、銅貨二枚。
『王冠 中央玉 幅六分五厘 奥五分 高四分二厘』
主任鑑定官に、寸を当てていただいた。私は触れない。触れれば、あとで「触った」と言われる。
「……幅、五分五厘」
その方の声が、止まった。
「奥、四分三厘。高さ——三分六厘」
幅で一分。奥で七厘。高さで六厘。目録より、小さい。
「目録の誤記だ」
委員の一人が仰った。
「二十年前の写植の誤りだろう」
「目録は、開帳の年に二度出ます」
主任鑑定官が、静かに首を振った。
「春の巻と、秋の巻。二冊とも、同じ数字です。……私が、刷り出しの前に読み合わせました」
「では、測った者の誤りだ」
「七人が、二度、測っております。二十年前に」
私は、もう一つ、布の包みを卓に置いた。今朝、帳場にあったものだ。玻璃の石。深い青。灯りの下で、ほとんど黒い。
「これは、本日の朝、当店の帳場にございましたお品ですわ。二十年前に王冠の中央玉と同じ寸法の紙から型を起こした職人が、昨夜、同じ型で新しく作ったものですの」
寸を当てていただいた。幅、五分五厘。奥、四分三厘。高さ、三分六厘。
「玻璃は、縮みますのよ。鋳込んで、冷ますと。深い色を出すために銅と金を入れると、なお縮みますの。幅で一分、奥で七厘、高さで六厘——同じ型から出た石は、同じだけ小さくなりますわ」
私は、二つの石を並べなかった。まだ、並べない。
「二つ目」
私は、王冠の中央の座を指した。触れずに、指だけで。
「爪を、ご覧くださいまし。四つ。三百年、この爪は二十年に一度しか起こされませんわ。起こせば、金が疲れますの。疲れた金は、色が変わりますのよ」
主任鑑定官が、灯りを近づけた。
「爪の内側と外側で、緑青の乗り方が違いますわ。内側だけ、二十年ぶん若うございますの。……前の開帳より、あとに起こされておりますわ」
「……本当だ」
「それから、爪の根元ですわ」
私は、座の縁を指した。金の輪の、石を受ける皿の縁である。
「三百年、爪が当たっていた跡が、四つ、残っておりますの。……いまの爪は、その跡より内側に曲がっておりますわ。六分五厘の石を掴む爪では、五分五厘の石は掴めませんもの。小さい石を掴むために、一度起こして、内へ曲げ直してございますの」
部屋が、静かになった。
「三つ目」
私は、主任鑑定官に頼んだ。
「中央玉を爪から外して、裏返していただけますこと? ……解体の順序どおりで、結構ですわ」
爪が起こされた。四つ。二十年ぶりに。石が布の上に置かれ、裏返された。腰に、浅い窪みがある。深さ、一厘ほど。何かを削り落とした跡だ。
私は、ここで、二つの石を並べた。
一方の腰には、横倒しの三日月が、はっきりと刻んである。深さ、一厘八毛。もう一方の腰には、月のあった窪みが、ある。窪みの底に、細い筋が残っていた。鏨を当て直した跡である。一度で削り切れず、二度、三度と当てた者の手だ。
「この石を作った職人は、自分の作った品に、必ず印を入れますの。写しの継ぎ目に。三十年、一度も欠かしたことがございませんわ。……写しは、罪ではございませんの。署名のある品は、偽っておりませんもの」
私は、削り跡を指した。
「署名を削れば——偽ったことになりますのよ」
壁際で、修復官が動かなかった。私は、その方を見なかった。見なくても、卓の上の窪みが、その手の癖を申し上げている。鏨を当て直す。師匠は、一度で削る。
「査定、確定いたしましたわ」
私は、片眼鏡を外した。
「王冠中央玉——玻璃。査定額、金貨十二枚ですわ」
誰も、笑わなかった。
「閣下」
私は、モンフォール侯爵に向き直った。
「あなたは、二十年、この国の宝に値段をおつけになりましたわね」
その方は、立ち上がられた。杖を取らずに。
「つけました」
「ええ。正しい値段ですのよ」
私は、そう申し上げた。
「お上手ですわ。銀の含みも、打ち出しも、鏨の産地も、お分かりになりますもの。当店、あの日、そう査定いたしましたわ」
その方は、答えられなかった。
「ただ、一つだけ、間違えておいでですの」
私は、王冠を指した。触れずに、指だけで。
「——あれは、売り物ではございませんの」
しばらく、その方はそこに立っておられた。それから、仰った。声は低く、荒らげてもいなければ、震えてもいなかった。
「——首席鑑定人として、申し上げる」
書記のペンが、止まった。
「王冠中央玉は、玻璃である。二十年前の秋、本歌と入れ替えた。註文は、私が出した。運んだのは、当時の書記官。作ったのは、クレール市の金工師。削ったのは、当院の修復官——命じたのは、私だ」
壁際の修復官が、目を閉じた。
「同じ年に、四十七点を蔵から出した。名目は『破損につき処分』。その後、十八点を市に出した。値は、私がつけた」
その方は、卓の上の王冠を見ておられた。
「——正しい値です」
「閣下」
「三日月堂さん。私は、蔵に置いておくのが正しいとは思いません」
「ええ」
「蔵に置けば、誰も見ない。二十年に一度、七人が数えるだけです。……市に出せば、誰かが見る。値をつける。買う。使う。針を入れる」
「ええ」
「私は、見られる場所へ出したのです。集められる物は、集めさせて」
「集められない物は」
その方の口が、そこで、止まった。
「……燃やしましたのね」
「……ええ」
私は、そこで少しだけ待った。待ってから、伺った。
「では、閣下」
「はい」
「四十八点目は」
その方の指が、動かなかった。
「四十七点を、市にお出しになりましたわね。値をおつけになって。ええ、見られる場所へ」
私は、片眼鏡の鎖を、ちり、と鳴らした。
「四十八点目の本歌は、二十年、どこにも出ておりませんの。市にも、露店にも、質屋にも。三百五十二軒、当店が数えましたわ」
その方は、動かれなかった。
「見られる場所へお出しになったのなら、いちばん大きな一点も、お出しになるはずですわ。……お出しになっておりませんわね」
長いこと、その方はそこに立っておられた。それから、外套の内側に手を入れられた。布の包みを一つ、卓の上に置かれた。
開いた。
蒼玉が一つ。幅六分五厘。奥五分。高さ四分二厘。深い青。灯りの下で、ほとんど黒い。
「……二十年」
その方は、そう仰った。
「持っていました」
「閣下。一つ、伺ってもよろしくて?」
「どうぞ」
「祖母に、二度お負けになったと仰いましたわね。二度目を、伺っておりませんの」
モンフォール侯爵は、卓の上の蒼玉を見ておられた。
「二十年前の、秋です。東市に、最初の一点を出しました。銀の小箱です。競売の莚に、銀貨六枚で」
「ええ」
「あの女が、立っていました。莚の前に。品を見て、目方を見て、継ぎ目を見て——それから、帳面を出して、書いた」
「ええ」
「買いませんでした」
その方は、杖を初めて取られた。両手で。
「銀貨六枚です。あの女が買えない額ではない。買わずに、書いた。書き終えてから、私を見た。……私は、莚の三間先に立っていたのです」
私は、動かなかった。
「あの女は、私を見て——何も、言わなかった」
……ええ。
お祖母様。あなた、この方に、値をお申し上げになりませんでしたのね。
「閣下」
「はい」
「なぜ祖母が値を申し上げなかったか、お分かりになりまして?」
その方は、答えられなかった。
「値のつかないお品だったから、ではございませんわ」
私は、そう申し上げた。
「——お客様では、いらっしゃらなかったからですのよ」
その方の杖が、床を打った。一度だけ、鈍い音がした。
「質屋は、お客様に値を申し上げますの。困っていらして、品をお持ちになって、帳場の前にお座りになった方に。……莚の三間先に立って見ている方は、お客様ではございませんわ」
私は、片眼鏡を着けた。
「祖母は、三十年、この王都のどなたにでも値を申し上げましたわ。ただ一人、あなたにだけ、申し上げませんでしたの」
私は、王冠に向き直った。三百年の金の輪。十八の石。空いた座。その脇に、玻璃と、蒼玉。
「王冠は、質草ですわ」
私は、そう申し上げた。
「二十年前の秋に、質入れなさいましたのね。お預かりになったのは、玻璃が一つ。お流しになったのは、蒼玉が一つ」
私は、帳場にいるつもりで、右手を動かした。算盤は、ここにない。
「期限は、次の開帳の日。——本日でございますわ」
部屋の中で、誰も動かなかった。
「元利合計、二十年ぶん。閣下、お支払いになれますこと?」
モンフォール侯爵は、答えられなかった。答えられるはずが、なかった。二十年ぶんの利息を払うということは、二十年を返すということだ。返せる人は、いない。
「……ええ」
私は、片眼鏡を外した。
「——お流れ、ですわ」
*
その日の帳面に、書記が書いた。
『本年四の月、王冠開帳。
中央玉——異状あり。現に在る石は玻璃なり。本歌は、席上にて回収せり。』
二十年ぶりに、その一行が変わった。
そのあとのことは、私はあまり覚えていない。委員が三人、退席した。主任鑑定官が、王家の御名代の前に膝をついた。書記が、硯を倒した。修復官は、壁際に立ったまま動かなかった。誰も、その方を捕まえに来なかった。
モンフォール侯爵は、杖をついて扉のほうへ歩かれた。私の前を通るとき、一度だけ足を止められた。
「三日月堂さん」
「はい」
「三度目です」
その方は、そう仰った。
「エルマの孫だ」
部屋を出たのは、日が傾いてからだった。廊下が長い。石の床で、足音がよく響く。
後ろから、足音がした。振り向いた。
ルシアン殿下が、立っておられた。正装のままだ。手袋は、嵌めておられない。片方は当店の引き出しにあり、もう片方も、当店の引き出しにある。
「ヴィオレッタ殿」
「はい」
「終わった」
「ええ」
その方は、そこで少し黙られた。それから——右手を、こちらへ差し出された。
私は、しばらく、それを見ていた。
一年である。この方は、この店に一年通われて、一度も、手を出されたことがない。品を出し、湯呑みを取り、判を押し、桶を回した手だ。
私は、右手を上げた。
その手を、取った。
王冠の中央玉は、玻璃でございましたわ。査定額、金貨十二枚。……王冠には、値をつけませんの。
物証は三つ。寸法は、国が銅貨二枚で売っている目録が申しましたわ。爪は、二十年前に一度、内へ曲げ直されておりましたの。
そして腰の削り跡。——写しは罪ではございませんの。署名を削れば、偽ったことになりますのよ。
「見られる場所へ出した」と仰いましたわ。ええ、四十七点は。
いちばん大きな一点だけ、二十年、懐の中でしたのね。
祖母は、あの方にだけ、値を申し上げませんでしたの。
——お客様では、いらっしゃらなかったからですわ。
長い廊下で、一年ぶんの査定が、一つ、確定いたしましたのよ。
次回、第84話『その指輪、査定額——値がつけられませんわ』——
四十七点をお返しして、帳尻を合わせて、それから。当店、この品には弱うございますの。




