↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢は、下町で質屋を継ぎました 〜ところでその婚約指輪、贋物ですわよ?〜  作者: 朝比奈ミナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/85

第82話:『質札は、誰が書いても質札ですわ。——書式が、正しければ』

 書式には、書いた者の名が要らない。


 質札に「誰が書いたか」の欄はない。あるのは名義と、品と、日付と、額と、期限だ。書いた者の字が上手いか下手かは、どこにも書かない。書かないから、効く。


 ……ええ。当店、一年、それに助けられてまいりましたのよ。


 朝、警吏が六人来て、十八点が箱に入って、王都警吏局の保管庫へ運ばれた。ジラール警吏長は来なかった。来られなかったのだと思う。質札の綴りは帳場に残った。ただし、書けない。鑑札の効力が止まった質屋の質札は、ただの紙である。


「ずるいよ」


 テオが、令状を帳場に叩きつけた。この子は、閲覧室が閉まったときも同じことをした。紙は軽いので、いい音がしない。


「なんで持ってかれんだよ。姐さんが金出して買ったんだろ」


「ええ」


「なんで!」


「テオ」


 私は、棚から一冊を下ろした。『王国宝物令 全』。去年、誰かが質に入れて、流れた。当店の質草棚には、たまにこういう物がある。


「条文を、読みますわ」


『第一条 王家の蔵に在る品は、真正なるものと推定す。別の証を要せず。』


『第三条 前条の推定を覆すには、貴族院宝物委員会の決議を要す。』


『第二十二条 王家の財産を、正当な権原なく蔵置したる者は、これを罰す。』


 私は、三つ目の条文の真ん中に指を置いた。『正当な権原なく』。


「テオ。この七文字が、条文の腰ですのよ」


「……こしって」


「権原があれば、当たりませんの。無ければ、当たりますわ」


「けんげんって、何」


「持っていてよい、という理由ですわ。借りている。預かっている。任されている。どれでもよろしいの」


 私は、令状の隣に法典を開いたまま置いた。


「あちらは、当店に権原が無いと仰っておいでですのよ。ええ、確かに、当店は王家の財産を王家に断りなく集めましたわ。……集めるしか、ございませんでしたもの」


「じゃあ、負けじゃん」


「いいえ」


 私は、算盤を引き寄せなかった。


「権原は、あとから生じますのよ。所有者が『持っていてよい』と仰れば、その日から」


「所有者って」


「王家ですわ」


 テオが、口を開けた。


「王家の財産を、誰に預けるかをお決めになる方は、お一人ですの」


 去年の秋から、私は殿下を止めてきた。総裁が動けば、蔵が知る。知った蔵は紙を焼く。ですから、お調べにならないでくださいまし。閲覧をお申し込みにならないでくださいまし。役所の判を、お使いにならないでくださいまし。


 昨日。当店に令状が来て、警吏が六人来て、十八点が箱に入った。貴族院も、警吏局も、宝物委員会も、全員が存じている。四十七点のうち十八点を、下町の質屋が集めていたと。


 ……ええ。隠すものが、無くなりましたわ。


 あちらが当店を刺したことで、当店の手が空いた。


 書類は、四十七枚。書式は、寄託の受取証である。質札ではない。質札は鑑札が要るが、寄託の受取証は誰でも書ける。物を預かった者が、預けた者に渡す紙だ。欄は六つ。寄託者、受寄者、品名、受入日、返還の条件、備考。


 寄託者の欄に書く名は、一つ。


『王立宝物院』


 受寄者の欄に。


『三日月堂』


「テオ」


「なに」


「四十七枚、書いてくださいまし」


 テオが、こちらを見た。


「……オレが?」


「ええ」


「姐さんが書けばいいじゃん」


「当店、本日、鑑札がございませんの」


 私は、質札の綴りを帳場の端に寄せた。


「鑑札の止まった者が書きますと、あとで『質屋が書いた』と言われますわ。……当店、そこで一日、取られたくございませんの」


「じゃあ、オレが書いたら」


「子供が書いたことになりますわ」


 私は、白紙の束をテオの前に置いた。


「テオ。書式は、書いた者の名を訊きませんのよ」


 一晩、かかった。


 私が口述して、テオが書いた。品名は目録の四十八枚から読む。私が読み上げて、テオが写す。三枚目で、テオの手が止まった。


「姐さん。この字、なに」


「香炉ですわ」


「……こう、ろ」


「難しゅうございましたら、仮名でよろしいの」


「やだ」


 その子は、そう言った。


「ちゃんと書く」


 十二枚目で、灯りを足した。二十六枚目で、テオが一度、机に額をつけた。三十を数えるあいだ、そのままだった。それから起きて、また書いた。三十九枚目。四十三枚目。四十七枚目——銀香水瓶、一。


 夜が明けかけていた。テオは最後の一枚を書き終えて、ペンを置いた。置いてから、両手を見た。指が震えている。


「……姐さん」


「なあに」


「オレの字、下手だよ」


「ええ」


「これで、いいの」


 私は、四十七枚を揃えた。揃えて、一枚ずつ欄を確かめた。空欄は、一つもない。


「テオ」


「なに」


「質札は、誰が書いても、質札ですわ」


 私は、その束を両手で持った。


「——書式が、正しければ」


 *


 殿下は、その日の昼に来られた。鈴が鳴らなかったので、扉を叩く音がした。二度。


「聞いた」


「お早いこと」


「マルゴが、私の家の門番に置き手紙をした。……あの女将は、王弟の家の門番と知り合いらしい」


 私は、四十七枚を帳場に置いた。その方は上の一枚を取って、読まれた。読んで、次の一枚を取った。それも読んだ。十枚目のあたりで、手が止まった。


「……この字は」


「テオですわ」


 その方は、二階のほうを見た。テオは寝ている。書き終えて帳場の脇で寝てしまったのを、私が二階へ運んだ。


「一晩か」


「ええ」


「四十七枚を、十二の子供が」


「ええ」


 その方は、その一枚をそっと戻された。


「ヴィオレッタ殿。私が、これに署名すればいい」


「ええ」


「宝物院総裁として、王家の財産を三日月堂に寄託する。……それで権原が生じる。第二十二条の嫌疑は、消える」


「ええ」


「十二年」


 その方は、懐から判を出された。銀の判である。柄に、剣と星。


「私は、この判を、二種類の紙にしか押していない」


「伺ってもよろしくて?」


「一つは、賃料の決裁だ」


「もう一つは」


「公開目録の、刷り出しの承認だ」


 その方は、判を帳場の上に置かれた。


「年に一度、二枚。十二年で二十四枚。……それが、私が総裁として使った権限の、全部だ」


 その方は、四十七枚に順に署名された。一枚ずつである。名前を書いて、判を押す。四十七回。私は、朱肉を持っていた。十枚目を過ぎたあたりから、その方の署名が少しずつ大きくなった。二十枚目からは書くのが速くなった。四十枚目には、判を押す音が、乾いた良い音になっていた。


 最後の一枚を押し終えて、その方は判を戻そうとして——戻されなかった。


「ヴィオレッタ殿。紙を、もう一枚」


 私は、白紙を差し出した。その方は、ご自分の手で書かれた。


『王国宝物令第十七条により、王立宝物院総裁は、本年四の月朔日の王冠開帳において、三日月堂店主ヴィオレッタ・メルローズに、王冠の鑑定を命ず。』


 判が、押された。


「……殿下」


「第十七条だ。総裁は、蔵の品の鑑定を、任意の者に命ずることができる」


 その方は、判を懐に戻された。


「十二年、使ったことがない。首席鑑定人が四十年、全部やってくれていたのでな」


 私は、その一枚を四十七枚の上に載せた。


「四十八枚目、ですわね」


「七十二枚目だ」


 その方は、少しだけ笑われた。


「私の判は、本日で七十二枚になった」


 嫌疑の取り下げは、二日後に来た。十八点は、箱のまま当店の蔵へ戻った。鑑札は、組合長が自分で持ってきてくださった。書記に持たせてもよかったのに、また、ご自分でいらした。


「エルマにも、一度、届けたことがある」


 その方は、耳に手を当てたまま仰った。


「三十年前だ。……同じ役所に、止められてな」


 冬が、終わりかけていた。


 *


 開帳の前夜、鈴が鳴った。


 背の高い老人。月に一度の日ではなかった。その方は帳場の前に座らず、立ったまま仰った。


「型は、焼いた」


「ええ」


「図面も、無え」


「ええ」


 その方は、自分の手を見た。爪が平らで、関節が固まっていて、指の背に古い火傷の跡が三つ。


「……手は、覚えてる」


 それだけ仰って、その方は出ていかれた。東の外れの仕事場のほうへ。夜更けに、風に乗って革の輪が回る音がかすかに聞こえた気がした。気のせいかもしれない。


 *


 開帳の朝、帳場に布の包みが一つ、置いてあった。


 誰が置いたかは、書いてなかった。書いてなくても、分かる。


 開いた。


 玻璃の石が一つ。深い青。灯りの下で、ほとんど黒い。幅六分五厘、奥五分、高さ四分二厘——ではない。一分、小さい。


 その腰に、横倒しの三日月が、はっきりと刻んであった。

条文の腰は、七文字ですの。『正当な権原なく』。——権原は、あとから生じますのよ。所有者が「持っていてよい」と仰った、その日から。


十二の子が、一晩で四十七枚。字は下手ですわ。欄は、全部埋まっておりましたの。

質札は、誰が書いても質札ですのよ。……ええ、書式が正しければ。


十二年で二十四枚しか押されなかった判が、一日で七十二枚になりましたわ。

七十二枚目は、当店宛ての命令書ですの。——王冠を、拝見してよいそうですわ。


型は焼いた。図面もない。……けれど、手は覚えている。

開帳の朝、帳場に、横倒しの三日月が一つ、置いてございましたの。


次回、第83話『王冠は、質草ですわ。——二十年、利息を払わずにおいでですのよ』——

二十年ぶりの開帳ですわ。当店、算盤は持って参りませんの。


十二の子の四十七枚に、ブックマークを一つ。……日当は、当店から出しますわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。