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婚約破棄された公爵令嬢は、下町で質屋を継ぎました 〜ところでその婚約指輪、贋物ですわよ?〜  作者: 朝比奈ミナ


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第77話:『買い戻しは、元利込みで承りますわ。——二十年ぶんの、利息つきで』

 人の家の棚から物を下ろすには、作法が要る。


 いきなり「それは王家の宝です」と申し上げれば、相手はまず、こちらを疑う。次に品を隠す。最後に、誰にも見せなくなる。この商売をやって覚えたのは、値の付け方より先に、切り出し方だ。


 ……ええ。ですから、当店、三つ、ご用意いたしましたの。


 鞄に入れたのは、質札の綴りと、祖母の帳面の写しと、金子である。金貨、二千枚。三日前にモンフォール侯爵から届いた三千二百枚のうち、持ち出せるだけ。


「姐さん、重くね?」


「重うございますわ」


「オレ持つ」


「よろしくてよ。……テオ」


「なに」


「本日から、あなたが当店の運び屋ですわ。日当を出しますの」


 テオは、鞄を担いで、しばらく黙っていた。


「……いくら」


「銅貨十枚」


「爺さんと同じじゃん」


「働きの値段は、歳では変わりませんのよ」


 *


 一軒目は、東市の裏の、乾物問屋だった。女房が出てきた。四十くらいだろうか。前掛けで手を拭きながら、私を見て、それからテオを見て、また私を見た。


「三日月堂の……」


「ヴィオレッタと申します」


「知ってるよ。あんた、ドニさんとこのパン屋を助けたろ」


 下町の噂は、宝物院より三日早い。


「奥様。銀の鏡を、お持ちでいらっしゃいますわね。ご婚礼のときの」


 その方の手が、前掛けの上で止まった。


「……なんで、知ってんの」


「二十年前の、東市の競売でお求めになったと伺いましたわ」


「うちの人が買ったんだ。無理して」


「拝見しても、よろしくて?」


 鏡は、鏡台に据えてあった。銀の枠。縁に葡萄の蔓。裏の継ぎ目に、何もない。私は片眼鏡(かためがね)を着けて、三つ数えた。


 銀の含み、九割二分。枠の打ち出しは一枚から。裏の当て板の釘が、二十年前に一度、打ち替えてある。


「査定、確定いたしましたわ」


 私は、片眼鏡を外した。


「奥様。このお品は、二十年前に王立宝物院の蔵から出たものですわ」


 女房は、鏡台の前に座り込んだ。


「……盗品かい」


「盗まれたとは、どこにも書いてございませんの。帳面には『破損につき処分』と」


「壊れてないよ」


「ええ。壊れておりませんわ」


 この台詞を申し上げるのは、二度目である。これから、あと十五回、申し上げることになる。


「奥様。三つ、ございますの」


 私は、質札の綴りを膝に置いた。


「一つ目。当店がお買いいたしますわ。金貨、九十枚。元利込みですの」


「きゅ——」


「二つ目。お持ちのままで結構ですわ。ただ、いずれ王家が返せと仰いますとき、あなたは盗品を持っていたことになりますの」


「そりゃ、困る」


「三つ目」


 私は、質札を一枚、抜いた。


「当店に、ご質入れなさいませ」


 女房は、鏡から目を離した。


「……質入れ?」


「ええ。所有は、奥様のままですわ。質屋は、お品を預かるだけですもの。動くのは、置き場所だけですの」


「でも、持ってかれるんだろ」


「持って参りますわ。ただ、質札が残りますのよ」


 私は、書式を指で示した。


「名義、奥様。受入日、本日。来歴——この欄に、二十年前の競売の値と、宝物院の棚番を書きますわ」


「それが、何になるんだい」


「証になりますの」


 私は、綴りを閉じた。


「いずれ、どなたかが『なぜ王家の宝を持っていた』とお訊きになりますわ。そのとき、この一枚が、あなたの代わりに答えますのよ。——『二十年前に、東市の競売で、銀貨いくらでお買いになりました』と」


 *


 女房は、一つ目を選んだ。


「売るよ」


「よろしゅうございますの?」


「うちの人、去年死んだんだ」


 その方は、鏡の枠を、指の腹で撫でた。


「これ見るたんびに、無理して買ったって顔を思い出してさ。……九十枚ありゃ、店の屋根が直る」


「では、承りますわ」


 私は、金貨を数えた。九十枚は、袋一つに入る。


「奥様。旦那様は、二十年前に、金貨九十枚のお品を、銀貨いくらでお求めになりまして?」


「……七枚」


「お目が、高うございましたのね」


 女房は、鏡を布に包む手を止めて、しばらく、そこで泣いていた。二軒目は、北の修道院だった。


 写経箱。錠前が二つ。十七年前に、ある信徒が寄進したものだという。院長は、六十を過ぎた小柄な方だった。話を聞き終えると、しばらく目を閉じて、それから、こう仰った。


「三つ目を、頂けますか」


「ご質入れですわね」


「はい。……当院は、これを頂いた者の名を、帳面に残しております。売れば、その名が消えます」


「消えませんわ。当店が、書きますもの」


「ですが、売った品は、当院の品ではなくなります」


 その方は、写経箱に手を置いた。


「質に入れた品は、まだ、当院の品でしょうか」


「ええ」


「では、質に」


 私は、質札を書いた。名義、王立ジュヌヴィエーヴ修道院。備考の欄に、十七年前の寄進者の名を書き添えた。院長は、控えを両手で受け取って、深く頭を下げられた。


「三日月堂さん。あなたは、この品を、王家にお返しになるのでしょう」


「いずれ」


「そのとき、当院の名は」


「残りますわ」


 私は、控えの端を指した。


「質札は、お返ししても、控えが残りますの。当店の帳面は、三十年、燃えたことがございませんのよ」


 三軒目は、若い夫婦だった。銀の香炉。獅子の摘み。二つ目を選ばれた。「持っている」と。


 私は、無理に勧めなかった。来歴だけを書いた紙を一枚お渡しして、いつでもどうぞ、と申し上げて帰った。


 ……ええ。それでよろしいのですわ。


 持ち主が決めることだ。当店は、取り立て屋ではない。三軒で、三日かかった。鞄は軽くなり、質札は三枚減り、金貨は千七百枚に減っていた。


 *


 四軒目は、ラトン街から二本外れた、指物師の作業場だった。


 木屑の匂いがした。鉋屑が床に膝まで積んである。奥に、老人が一人。腰が曲がっていて、片目が白い。


 この方は、当店を知っていた。去年、道具箱ごと担いで来て、「直すところはないか」と仰った方だ。


「よう。お嬢さんか」


「ご無沙汰しておりますわ」


「うちに、なんの用だ」


「銀の水差しを、お持ちでいらっしゃいますわね」


 その方の鉋が、止まった。


「……ああ」


「二十年前に、東市でお求めになったと」


「買った」


「拝見しても、よろしくて?」


 老人は、鉋を置いた。立ち上がって、奥の棚から、布に包んだものを持ってきた。丁寧に包んである。四つに畳んだ布が、二重。


 開いた。


 銀の水差し。高さ七寸二分。口の巻きが、二重。


 ……ええ。


 目録の、一点目である。


「お嬢さん。話は、聞いた」


「と、仰いますと」


「乾物屋の女房が、喋っとった。王様のもんだと」


「ええ」


「三つ、あるんだろ」


「ございますわ」


 指物師は、水差しを布の上に置き直した。置いてから、その上に、両手を重ねた。


「四つ目は、ないのか」


「四つ目、と仰いますと」


「売らん。質にも入れん。……持っとる、でもない」


 その方は、私を見た。白い片目のほうが、こちらを向いていた。


「これは、俺が四十年、見てきたもんだ」

三つ、ご用意いたしましたの。売る。持ち続ける。——そして、当店にご質入れなさる。

質に入れたお品は、所有が動きませんのよ。動くのは、置き場所だけですわ。


質札には、来歴を書きますの。二十年前の競売の値と、宝物院の棚番を。

いずれ誰かが「なぜ王家の宝を」とお訊きになったとき、その一枚が、持ち主の代わりに答えますのよ。


三軒、済みましたわ。売った方が一人、質に入れた方が一人、そのままの方が一人。

——四軒目で、四つ目を訊かれましたの。


次回、第78話『「売らない」と仰るお品にこそ、正しい値打ちがございますわ』——

四十年、見てきたと仰いますのよ。当店、その四十年に、値をつけられますかしら。


三つ目をお選びになった院長様に、☆を一つ。……名を残すために質に入れる方も、おいでですのよ。

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