第6話:『目録三十七番、その「由緒」は書き割りですわ』
黄金天秤の商館は、王都の中央市場に面した白亜の三階建てだった。
大理石の床。磨かれた燭台。うやうやしいお辞儀。何もかもが、下町のしみったれた質屋とは別世界——に、見える。
「すげえ……宮殿みてえだ」
「テオ。床ばかり見ないの。人を見るお約束よ」
「分かってるって」
下見会の大広間には、来月の大競売に出品される品々が、硝子の覆いの下で輝いていた。指輪、彫像、剣、聖句の写本。それぞれに金縁の札がつき、麗々しい由緒書きが添えられている。
私は目録を片手に、ゆっくりと会場を一巡りした。
……なるほど。なるほど、ね。
目に留まったのは、目録三十七番。
銀の燭台。六枝。札にはこうある——『古き佳き時代の名工イレールの作。メルローズ公爵家ゆかりの品』。
メルローズ。
私の捨てた、あの家の名前が、こんなところで客寄せに使われている。
「ようこそお越しくださいました、三日月堂の女主人どの」
背後から、絹のような声がした。
振り向くと、灰色の髪を綺麗に撫でつけた、恰幅のよい紳士が立っていた。胸に黄金天秤の徽章。指に、本物の金剛石。
「オーギュスト・ドラモンと申します。以後、お見知りおきを」
「ヴィオレッタですわ。本日はご招待をありがとう存じます」
「いやいや。下町に大変な目利きが現れたと伺いましてな。ガロのような小物を畳んでいただいて、市場の掃除が捗りました。礼を言わねばと」
切り捨てるのが早いこと。昨日まで自分の末端だった男を、もう「掃除されたゴミ」扱い。
「それで、いかがです、我が社の品揃えは。お目に適うものはございましたかな」
「ええ、とても勉強になりますわ。——たとえば、こちらの三十七番」
私は銀の燭台の前に立った。
「『名工イレールの作』。イレール工房が枝付き燭台に用いた銀は、必ず脚の裏に工房印を二つ打ちますの。こちらは一つ。それも、打ち直した縁がございますわ」
「ほほう」
「それに蝋受けの磨耗が、六枝とも判で押したように均一ですのね。長く使われた燭台は、暖炉に近い側の枝から傷むもの。使われた歴史のない『古い品』とは、面白うございますこと」
ドラモン男爵の笑みは、崩れない。
「手厳しい。ですが嬢ちゃん——いや、女主人どの。『由緒』というのはね、真贋とは別の商品なのですよ。客は品物に物語を求める。我々はそれをお売りする。夢を売る商いです」
「あら、素敵。では、その由緒書きの末尾に『これは夢です』と書き添えてはいかが? 書かないのでしたら、それは夢ではなく詐術と申しますのよ」
一瞬——ほんの一瞬だけ、男爵の目から温度が消えた。
すぐに、絹の笑みが戻る。
「……ふふ。これは手強い。気に入りましたよ、私は。ところで女主人どの、ひとつ商談を。あなたのその目、うちで使いませんか。専属鑑定人として、年に金貨五百枚。下町の店の百年分だ」
「破格ですこと。——お断りいたしますわ」
「即答とは。理由を伺っても?」
「あなたのお店では、わたくしの目は閉じている時だけ値打ちがつくようですもの」
男爵は声を立てて笑った。笑いながら、目だけが私を測り続けていた。値踏みのお作法としては、三流ですわね。顔は笑っているのに目が笑っていない方の査定額など、相場が決まっておりますの。
*
「——姐さん。見たよ、いろいろ」
帰りの辻馬車で、テオが声を潜めた。
「まず燭台の前。姐さんが脚の裏を見た瞬間、壁際の黒服が二人、目配せした。それから奥の階段。下見会の最中なのに、職人みてえな前掛けの爺さんが二回、裏口から出入りしてた。運んでたのは——たぶん、目録にない木箱」
「箱の大きさは?」
「画板くらい。重そうじゃなかった。あと、これが一番妙なんだけど」
テオは、自分の手首の内側を指でなぞった。
「その爺さんの前掛けに、彫り粉がついてた。銀の粉と、それから——膠と煤を混ぜた、古色づけの匂い。俺、前の『仕事』で、ああいう匂いのする工房に品物を運ばされたことがある」
古色づけ。新しい品物を、古く見せる化粧。
つまりあの白亜の商館の奥には、「由緒」を体ごと製造する場所がある。
「上出来ですわ、テオ。今夜は鶏を焼きましょうね」
「や、やった……じゃなくて! 姐さん、あいつら本物の悪党だよ。怒らせて平気なのかよ」
「平気ではありませんわね。現に紙も墨も木箱も、当店には届かなくなりましたもの」
でも、と私は片眼鏡を拭いた。
あの燭台の継ぎ目。札の陰になった脚の付け根に、ごく小さな刻印があった。
三日月を、横に倒したような——うちの店の看板と、同じ形。
偶然かしら。それとも。
「テオ。明日は蔵の整理をいたしますわよ。お祖母様の『開かずの棚』——そろそろ、開けて差し上げる頃合いですわ」
お読みいただき、ありがとうございます。
下見会の戦利品は、情報と、小さな違和感でございました。
次回、第7話『祖母の台帳に、皆様のお名前が揃っておりましてよ』——
三つの錠前の向こう側へ。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




