第5話:『黄金天秤の招待状……贋物の匂いがいたしますわ』
「『新進気鋭の目利きとの誉れも高い三日月堂女主人殿を、弊会下見会へ謹んでご招待——』……ですって」
金縁の招待状を読み上げると、テオが露骨に顔をしかめた。
「行くの? 黄金天秤だよ? バルナベの親玉んとこだよ?」
「ええ。ですから行きますのよ」
敵情を知らずに帳場は守れない。それに——招待状の紙が、気になった。
厚手の上質紙。透かし入り。けれど指先で撫でると、繊維の目がやけに若い。最高級を装ってはいるが、これは安い量産紙に蝋引きで艶を足したもの。
招待状から、すでに贋物の匂いがいたしますわ。
*
出掛ける前に、寄るべき場所があった。
ラトン街の角の口入屋。軒先に「仕事周旋・よろず相談」の古びた看板。
暖簾をくぐると、煙管を咥えた恰幅のいい女将が、私を頭のてっぺんから爪先まで眺めて、にやりと笑った。
「……来たね、エルマの孫」
「お初にお目にかかりますわ。ヴィオレッタですの」
「マルゴだ。あんたのばあさんとは、四十年の腐れ縁さ。葬式ん時、あんたの顔だけ見えなかったのが心残りでね」
胸の奥が、小さく痛んだ。祖母の訃報は、私には半年も遅れて届いた。公爵家が、握り潰していたから。
「……知らせてもらえませんでしたの。お別れも、言えませんでしたわ」
「だろうね。あの家のやりそうなこった」
マルゴさんは煙をひとつ吐いて、それきりその話を畳んだ。下町の流儀だ。傷は抉らない。代わりに、使える話をくれる。
「で、黄金天秤に呼ばれたんだって? 噂はもう回ってるよ。——いいかい、お嬢。あそこの絡繰りを教えといてやる」
女将の話は、こうだった。
黄金天秤はこの十年で、王都の競売市場をほぼ独占した。やり口は単純で、悪辣。
「まず、金に詰まった貴族や商人の蔵から、品物を安く買い叩く。鑑定人を抱き込んで『これは贋作ですな』『由緒が怪しい』と難癖をつけてね。そのくせ自分とこの競売じゃ、同じ品に立派な由緒書きをつけて高く売る。仕入れと売りの間で、品物の『物語』だけが書き換わる寸法さ」
「由緒書きの捏造……それだけでも十分罪ですけれど、それなら本物を安く買って高く売る『あこぎな商売』止まり。独占までは届きませんわ」
「お、分かってるね。そう、あいつらの本当の儲けはそこじゃない」
マルゴさんは声を落とした。
「売った本物を、また仕入れてくるのさ。同じ品が、二度三度と競売に出る。けど不思議なことに、二度目の品はどこか艶が違う——って、目の利く年寄り連中は言うんだよ。最初のは本物、二度目からは……ってね。証拠はない。文句を言った同業者は、この五年で三軒、店を潰された。あんたのばあさんは……それを、ずっと調べてた」
「お祖母様が?」
「ああ。死ぬ間際までね。『あたしゃ王都中の贋物に、貸しがあるんだ』ってのが口癖だった。……あの帳面、見つけたかい?」
帳面。
貸付台帳なら見つけた。けれどマルゴさんの言う「あの帳面」が、それとは別のものを指していることは、声の重さで分かった。
「蔵に、開かない棚がございますの。錠前が三つ」
「だろうね。開け方は知らないよ。けど、エルマが命の次に大事にしてた棚だ。——焦るんじゃないよ、お嬢。ああいうもんは、開くべき日に開くもんさ」
*
午後、店に戻ると、間口の前に荷馬車が停まっていた。
降ろされていくのは、空の木箱。隣の乾物屋のご主人が、申し訳なさそうに眉を下げる。
「すまないね、三日月堂さん。うちに入るはずだった北街道の荷が、急に『取引先が変わった』とかで……お宅に回す木箱も、今日から卸せないって」
木箱だけではなかった。夕方までに、紙屋が、墨屋が、運び屋が、次々と同じ顔をして頭を下げに来た。曰く、大口の取引先からのお達しで、三日月堂とは商いがしづらくなった、と。
「……早いね」テオが吐き捨てる。「もう兵糧攻めかよ」
「ええ。そして雑ですわ」
脅しというものは、相手に気取られぬよう、じわりとやるから効くのだ。初対面のご挨拶より先に兵糧を絞るなど、慌て者のすること。
つまりドラモン男爵は、慌てている。
バルナベの件で、わたくしの何かが——おそらく「書面で詰める」やり口が、彼の急所を掠めたのだ。
「テオ。明日の下見会、あなたも一緒にいらっしゃい」
「え、俺も!?」
「ええ。あなたには会場で、品物ではなく人を見ていただきますわ。誰がどの品の前で足を止め、誰と目配せするか。あなたの目は、そういうものを捉えるのが上手ですもの」
私は招待状を帳場の抽斗に仕舞い、算盤をひとつ弾いた。
パチン。
ご招待、謹んでお受けいたしますわ、男爵様。
ただし当店、下見会では必ず——値踏みをいたしますの。
お読みいただき、ありがとうございます。
口入屋の女将マルゴさん、当店の頼れる情報源でございます。
次回、第6話『目録三十七番、その「由緒」は書き割りですわ』——
いざ、黄金天秤の下見会へ。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




