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婚約破棄された公爵令嬢は、下町で質屋を継ぎました 〜ところでその婚約指輪、贋物ですわよ?〜  作者: 朝比奈ミナ


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第4話:『当店の暖簾は、売り物ではございませんの』

 三日後の朝、バルナベ・ガロは本当に金貨二百枚を持ってきた。

 正確には、持ってこさせた。蒼白な顔の番頭が、革袋を三つ、帳場に積んだのである。


「全額、耳を揃えてございます……それと、これを」


 差し出されたのは、一通の書状。私は片眼鏡で検分し、思わず眉を上げた。


「あら。店の譲渡証?」


「だ、旦那様が……『ガロ商会の店ごと買い取って、暖簾を残してくれ』と。三日月堂の傘下に入れば、組合も官憲も手を出せねえだろうって……」


 なるほど。あの男なりに、生き残りの算盤を弾いたらしい。

 借金を返した上で軒先を借りる。下町の高利貸しが、王都で一番厚い面の皮を被り直そうという算段だ。


「お断りいたしますわ」


 私は譲渡証を、丁寧に畳んで返した。


「当店の暖簾は、売り物でも貸し物でもございませんの。それに——お返しした証文と引き換えに、組合へ提出した書類がございましてよ」


「し、書類……?」


「質札の書式偽造、台帳の改竄、利息の受領記録の不交付。全て写しを添えて、王都質商組合に通報済みですわ。鑑札の審査が入りますわね、近々」


 番頭の顔から、最後の血の気が引いた。

 一週間後、ガロ商会の質商鑑札は停止処分となった。店は畳まれ、バルナベは夜逃げ同然に大通りから消えた——が、消える前に、店の前で私に吐き捨てていった言葉だけは、記しておく価値がある。


「調子に乗るなよ、小娘……! 俺の卸し先は黄金天秤だ。あんた、ドラモン男爵を敵に回す気か……!」


 黄金天秤。王都最大の競売商会。

 ふうん。下町の高利貸しの川上に、ずいぶん立派な水源があること。


 *


「姐さん、笑ってる」


「笑っておりませんわ」


「笑ってるよ。獲物見つけた時のばあちゃんと同じ顔」


 テオは生意気だが、目は確かだ。

 その目を見込んで、本日づけで彼を正式に三日月堂の見習いとした。給金は月決め、賄いつき、寝床は二階の物置を改装。条件提示の際、彼は「べ、別に頼んでねえし」と三回言ってから、寝床の毛布を抱えて二階に駆け上がっていった。素直なことで。


 ポレットさんは、あれから三日に一度、店の繕い物をしに通ってくださる。お針の腕は本物だ。下町の口コミというものは仕立て糸より細く、しかし強靭で、「三日月堂が開いた」「エルマさんの孫が、ガロをやり込めた」という噂は、もう街の端まで届いているらしい。


 午後、客が三人。

 夕方、客が五人。

 質草は、鍋、外套、古い工具箱。貸付は銀貨数枚の世界。けれどどの品にも、持ち主の暮らしの重さが正直に乗っている。


 そして、店じまいの間際だった。


 からん、と扉の鈴が鳴った。


 入ってきたのは、黒い外套の青年だった。

 外套は飾り気がない。だが私の目は誤魔化せない。あの織りは王都の南じゃ手に入らない梳毛、留め具は無刻印だが銀の質が高すぎる。そして所作——敷居をまたぐ足の運びまで、磨かれている。


「査定を、お願いしたい」


 声まで上等だった。

 卓に置かれたのは、一個の古い懐中時計。


「拝見いたしますわ」


 片眼鏡を着ける。銀側、二重蓋。竜頭の摩耗は五十年もの。文字盤は職人物の手描き。機械は——美しい。歯車の振りが、囁くように正確だ。


 そして、裏蓋。

 私は、指を止めた。


「……この裏蓋、紋章が彫り消されておりますわね」


 青年の睫毛が、わずかに動いた。


「ええ。古物商から買った時には、もうこうだったと聞いています。査定額は?」


「品物だけなら、金貨十五枚は申し上げられますわ。機械は王都でも五指の名工の手。ですけれど——」


 私は時計を、絹布の上にそっと戻した。


「お買い取りも、お預かりも、いたしかねますの」


「ほう。理由を聞いても?」


「彫り消された紋章に、剣と星の意匠が透けておりますわ。王家の略紋ですわね。王室御物の流出品か、さもなくば、それを装った何かか。来歴の確認が取れないお品は、当店の台帳には載せられませんの」


 しばしの沈黙。

 それから青年は——笑った。声を立てず、目だけで。


「断られたのは、初めてだ」


「あら。ではこれまで、ずいぶん不誠実なお店をお回りになったのね」


「全くだ。どの店も金貨十五枚で買い取ると言った。紋章には、誰も触れなかった」


 青年は時計を懐に戻し、外套を翻した。

 扉口で一度だけ振り返る。


「また参ります。——良い目だ」


 鈴の音を残して、夜の街に消えていった。

 名乗りもしないお客様に、テオが頬を膨らませる。


「なんだあいつ。買いもしねえで」


「いいえ、テオ。あの方は本日、この店で一番高いものをお求めになりましてよ」


「? なにも買ってねえじゃん」


「査定ですわ」


 あの時計の来歴を、あの方は最初からご存じだ。知っていて、この店が嘘の値段をつけるかどうかを、確かめにいらした。

 さて。王家の略紋の品を懐に提げて、下町の質屋の目を試しに来る御仁とは、いったいどちら様かしら。


 帳場の算盤を、ひとつ弾く。

 パチン。

 本日も三日月堂、つつがなく閉店——と、思いきや。


 翌朝、店先に金縁の封筒が届いた。

 差出人は、競売商会・黄金天秤。

 オーギュスト・ドラモン男爵からの、招待状であった。

お読みいただき、ありがとうございます。

従業員一名、正式採用と相成りました。


次回、第5話『黄金天秤の招待状……贋物の匂いがいたしますわ』——

川上の水源から、ご挨拶が届きました。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。

利息は次話で、必ずお返しいたします。


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