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婚約破棄された公爵令嬢は、下町で質屋を継ぎました 〜ところでその婚約指輪、贋物ですわよ?〜  作者: 朝比奈ミナ


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第3話:『元利合計・金貨二百枚、一括でお支払いになって?』

 ガロ商会は、ラトン街の大通りに面した、下町には不釣り合いなほど金ぴかの店構えだった。

 扉を開けると、油断した笑顔の男が揉み手で出てきて——私の顔を見るなり、その笑顔を引っ込めた。


「……あんたか。三日月堂の小娘ってのは」


 バルナベ・ガロ。質商鑑札を持つ高利貸し。肉の厚い指に、悪趣味な指輪が四つ。

 ちなみに四つとも硝子ですわ、それ。


「開店のご挨拶に参りましたの。それと、こちらのお客様の御用も」


 私の後ろで、ポレットさんが身を固くする。バルナベは鼻で笑った。


「ああ、その婆さんの指輪なら流れたよ。期限切れだ。質流れは質流れ。文句があるなら金貨を積みな!」


「では、書面で確認いたしましょうね」


 私は帳場代わりの卓に、ポレットさんの質札を置いた。


「お客様の控え札。期限は来月の十五日。利率は月二分」


 次いで、私はバルナベに微笑みかけた。


「店控えの台帳を拝見できて? 質商法第十一条、名義人または代理人の求めがあれば、店は台帳の該当頁を開示する義務がございますの」


「……ちっ」


 渋々出てきた台帳を、私は片眼鏡で検分した。

 あら、あら。まあ。


「不思議ですこと。店控えでは、期限が先月の十五日。利率は月五分。——同じ契約のはずの数字が、二つとも違っておりますわ」


「き、記入の間違いだろうが! そんなもん——」


「質商法第八条。質契約の書式に齟齬がある場合、客の控え札の記載が優先されますの。なぜだかお分かり? 台帳を書くのはお店、控えを持つのはお客様。鉛筆を握る側が好きに書き換えられては、商いが成り立ちませんもの」


 私は台帳の数字を、指先でつ、となぞった。


「それにこの『五分』の五の字、下に二分の二の字が透けておりますわよ。上書きのインクだけ、艶が新しいんですもの。——査定、確定いたしましたわ。この質流れは無効。お品物の返還と、過収利息の精算を」


 バルナベの顔が、金ぴかの内装よりどす黒くなった。


「ガキの使いか? 法律ごっこで商売に口を出すんじゃねえ! 第一なんだ、てめえの店こそ、差し押さえ物件だろうが!」


「ああ、その件」


 待っておりましたの、その話題。

 私は例の差し押さえ札を取り出し、卓に広げた。


「この札、お宅の若い方が貼ってくださったそうですわね。債務者エルマ・クロッシュ——祖母があなたに借金をしていた、と。証文はございます?」


「あ、当たり前だ! 婆さんには昔から貸しが——」


「奇遇ですわね。こちらにも、ございますの」


 私は鞄から、一冊の古い帳面を取り出した。

 祖母の貸付台帳。昨夜、帳場の引き出しから出てきた、三日月堂の正規の記録。


「十二年前の春。開業資金に詰まったバルナベ・ガロ氏へ、金貨百二十枚。証文番号三十一番。お祖母様ったら、お人好しですから——利息は年に一分きり。そして返済の記録は」


 私はその頁を、彼によく見えるように向けた。


「一度も、ございませんの」


 店の空気が、凍った。


「元金百二十枚、利息十二年分、遅延の損害金。きちんと計算して差し上げましたわ。元利合計——金貨二百枚」


 パチン、と。私は携えてきた小さな算盤の珠を、最後にひとつ弾いた。


「一括で、お支払いになって?」


「ふ、ふざけるな! そんな古い紙切れ——」


「あら。古い紙切れを根拠に他人の店へ札を貼ったのは、どちらでしたかしら。それともあの札は、存在しない債務をでっち上げた文書偽造だったと認めてくださいます? でしたら話が早いの。警吏詰所はここから歩いて三分ですわ」


 進むも地獄、退くも地獄。

 バルナベの太い首が、屠殺前の鶏のようにひくひくと動いた。私は畳みかけない。ただ、待つ。査定額の確定したお品物は、慌てて売り急ぐ必要がございませんもの。


「………………指輪は、返す」


 絞り出すような声だった。


「過収利息も、だ。だから……証文は……」


「お返事まで、三日差し上げますわ。お支払いいただけるなら、利息は年一分のまま、お祖母様の条件を引き継ぎます。お支払いいただけないなら——お宅の店構えごと、査定させていただきますわね」


 ポレットさんの掌に、形見の指輪が戻った。

 細い銀の、何の変哲もない指輪だ。市場価値で言えば銀貨数枚。けれど婦人はそれを、王冠より大事そうに両手で包んで、泣いた。


 値段のつかないものほど、重い。

 お祖母様、あなたの商いの意味が、少しだけ分かった気がいたしますわ。


「……すげえ」


 帰り道、荷物持ちについてきたテオが、ぽつりと言った。


「殴ってもいないのに、あのバルナベが真っ白になってた。すげえよ姐さん。……なあ、あれ、どういう手品なんだ?」


「手品ではありませんわ。書面ですの」


 人は嘘をつく。声も、涙も、嘘をつく。

 けれど書面と品物は、書かれた日のまま、そこに在り続ける。


「覚えておきなさい、テオ。この商いの武器は三つ。目と、台帳と——」


 私は店の鍵を、月明かりにかざした。


「お客様の信用。ですわ」


お読みいただき、ありがとうございます。

取り立て……いえ、出張査定、無事に完了いたしました。


次回、第4話『当店の暖簾は、売り物ではございませんの』——

バルナベ氏の三日後と、黒い外套の不思議なお客様。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。

利息は次話で、必ずお返しいたします。

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