第59話:『担保庫を、公開査定いたしましょう。お立ち会いは、王都中で』
申し入れは、書面で出した。当店の質札の綴りと、同じ紙だ。上等な紙は、使わなかった。使う理由が、ないもの。
『申し入れ
一、王立中央質庫が保有する庫内保管分五百二十九点につき、公開の査定を求む。
一、立会人は、貴族院、王都質商組合、王都警吏隊、および、希望する者すべて。
一、当方は、指定鑑定所にあらず。一介の質商として申し入れる。
ラトン街三番地 三日月堂 ヴィオレッタ』
テオが、それを覗き込んだ。
「姐さん。これ、断られたら?」
「断られますわね」
「じゃあ——」
「テオ。断られたら、それが、答えですのよ」
私は、封に蝋を落とした。三日月の判を、そっと。
「見せられない蔵、というものが、この王都に、一つ、ある。……それだけで、当店は、じゅうぶんですわ」
*
返事は、二日で来た。
王立中央銀行の封蝋。中身は、一枚。
『受ける。
日取りは、貴殿の都合に合わせる。
M・グランヴィル
追伸
こちらから、お願いしたいくらいだ。』
私は、その追伸を三度、読んだ。
「……テオ」
「なに?」
「困りましたわ」
*
王立中央銀行の頭取室は、相変わらず狭かった。卓が一つ。椅子が二つ。壁に、絵の一枚も。
「お待たせしました。——三分。すみません」
「閣下。追伸の意味を、伺いたいんですの」
「そのままです」
グランヴィル氏は、卓の上で指を組んだ。
「法案は、第一読会を通りました。第二読会で、反対派が、こう言っています。『中央質庫の担保は、本当に存在するのか』と。……帳面の数字を、疑われているのですよ」
その方は、少しだけ口の端を曲げた。
「二十年、私の帳面が疑われたのは、初めてです」
「あら。お腹立ちですの?」
「腹は立ちません。数えられていないだけです」
……ええ。
この方は、そういう方ですのよ。
「ですから、私は、証明が要るのです。担保庫が実在し、査定が正しいことを。……ヴィオレッタ殿。あなたの申し入れは、私が半年、探していた舞台です」
「閣下。ひとつ、確かめさせてくださいまし」
「どうぞ」
「わたくしは、あなたを、負かしに参りますのよ」
「存じています」
グランヴィル氏は、平然と仰った。
「王都で唯一、私の査定表の穴を五つ見つけた人が、私の蔵を検める。……その人が、一点も穴を見つけられなかったら? それ以上の証明が、ありますか」
私は、片眼鏡の鎖に指をかけた。
ございませんわね。
「閣下。賭けは、なさいまして?」
「賭け事は、しません」
その方は、即答なさった。
「私は、二十年、一度も賭けていません。賭けは、出自の分からない金を作る行為です。……ヴィオレッタ殿。これは、賭けではない。証明です」
「では、閣下がお負けになりましたら?」
「負けません」
グランヴィル氏は、そこで初めて、少しだけ笑った。
「……仮に負けたら、法案は、自然に死にます。担保のない蔵に、誰が賛成しますか。私が撤回するまでもない」
「では、わたくしが負けましたら?」
「何も起きません」
……はい?
「あなたは、一介の質商です。あなたが負けても、あなたの店は、明日も開きます。……ヴィオレッタ殿。私は、あなたから、何も取りません」
グランヴィル氏は、私をまっすぐ見た。
「私は、あなたを潰しに来たことは、一度もない」
……私は、その言葉を長いこと、考えた。
この方は、当店の看板を外させた。当店の客を、七十人ずつ、お連れになった。三百九十七軒を、三百四十一軒になさった。
悪意は、一つもない。
私が邪魔だから、潰そうとなさったのではない。この方の蔵が建てば、当店は、勝手に消える。消えることを、この方は、悲しむと思う。本気で。
……ただ、止めない。
「閣下。日取りは、十日後で」
「結構です。……ああ、それと」
その方は、ペンを置いた。
「一つだけ、条件があります」
「査定は、二人で行っていただきたい」
「……二人?」
「あなたと、当庫の首席担保査定官。同じ品を、同時に。別々に所見を述べ、両方を記録する」
私は、動かなかった。
動かないように、した。
「……閣下。それは、なぜ?」
「公平のためです」
グランヴィル氏は、当たり前のことを仰るように、仰った。
「あなた一人に検めさせて、あなたが『贋作だ』と言えば、それは、あなたの言い分です。当庫の査定官が『本物だ』と言えば、私の言い分だ。……二人が同じ品を見て、同じ所見を述べれば、それは、言い分ではない」
一拍、置いて。
「事実です」
私は、片眼鏡の鎖を握っていた。
鳴らせなかった。
……閣下。
あなたは、正しい。
いつも、正しい。
「閣下。首席査定官は」
「ジョスラン・ミレー」
その方は、そう仰った。
「三十年前に不当に追われた、王都で一番の目です。……ヴィオレッタ殿。彼は、私の側の人間だ。俸給を払っているのは、私です。彼が『本物だ』と言えば、あなたは、反論できない」
グランヴィル氏は、書き物に戻った。
「彼の目は、あなたに引けを取りません。断言します」
「……ええ」
私は、そう申し上げた。
「引けを取りませんわね」
頭取室を出て、私は、廊下で少し立ち止まった。この方は、ご自分でお決めになった。
王都で一番の贋作の手を、壇上に上げると。ご自分の側の証人として。ご自分の蔵を守るために。
……閣下。
わたくし、申し上げたわね。贋作を作れる人間以外に、贋作を見抜ける人間が、いますか、と。あなたが、そう仰った。
ええ。いない。
ですから、あなたは正しい。最後まで。
*
店に戻ると、テオが飛んできた。
「姐さん! どうだった!?」
「受けてくださいましたわ」
「……マジで?」
「ええ」
私は、外套を掛けた。
「それと、条件を、一つ」
「条件?」
「壇上に、二人で立ちますのよ」
テオが、目を丸くした。
「二人って——え。え? まさか」
「ええ」
声は、思ったより静かに出た。
「ミレー様と、並んで」
「あの方が、ご自分でお決めになりましたのよ。わたくしは、一言も、お願いしておりませんわ。……テオ。閣下は、こう仰いましたの。『彼は、私の側の人間だ。彼が本物だと言えば、あなたは反論できない』と」
「……姐さん」
「ええ」
「それ、姐さんが仕組んだの?」
「まさか」
私は、帳場に腰を下ろした。祖母が四十年、肘をついていた場所だ。
「わたくしは、五つの穴を、お教えしただけですわ。……閣下は、五つとも、お塞ぎになりましたの。真贋の欄をお作りになって、それを埋める目を、お探しになった」
湯呑みの縁を、指でなぞった。
「王都で一番の目を、お探しになりましたのよ。……お見つけになりましたわ」
「テオ。十日ですわ」
「……何すんの」
「お立ち会いを、集めますわ」
綴りの新しい頁を開いた。
「貴族院。組合。警吏隊。……それから」
私は片眼鏡を着けた。
「希望する方、すべて。——書いておきましたのよ、申し入れに」
テオが、笑った。
この弟子が、うちに来てから、一番良い顔をした。
「姐さん」
「なあに」
「下町、全部、呼ぶの?」
私は、答えなかった。答える代わりに、算盤を、ぱちん、と一つ弾いた。
条件は、あちらからでございました。「二人で、同じ品を、同時に」。
……閣下。あなたは、いつも、正しゅうございますわ。正しさだけが、あなたの穴でございますの。
十日後。担保庫の扉が、開きます。
次回、第60話『数式でお勝ちになりたいのなら、数式で負けてくださいまし』——
弾を、揃えますわ。
十日後、担保庫の扉が開きます。お立ち会いくださる方は、ブックマークを一つ。




