第29話:『本物はすべて当店に。——買い戻しは元利込みで承りますわ』
宝物院の大広間は、立錐の余地もなかった。
貴族席に、メルローズ公爵家——父、ユディト、ロザリー。その隣にファルジェ侯爵家。報道席、鑑定人席、そして一般席には、下町の見慣れた顔ぶれまで。
壇上には、長卓が三十七。それぞれに、布を掛けた品が二点ずつ、並んでいる。
「お集まりいただき、ありがとう存じますわ。三日月堂のヴィオレッタですの。本日は当店の鑑定——メルローズ公爵家所蔵品三十七点『写し』判定について、根拠の実演をいたします」
私は、最初の卓の布を引いた。
「一番。聖母画。左が公爵家の蔵にあった品。右が、このたび当店が落札者の方よりお借りした、十年前に黄金天秤で競売された品。——皆様、まず絵具の亀裂をご覧になって」
拡大鏡が、客席を回る。
左の亀裂は浅く、形が揃いすぎている。焼き入れで作った人工の罅。右は深く、不規則で、谷に三世代分の埃が眠っている。
「次に画板の裏。右には先々代の蔵書印と虫食い。左の虫食いは——錐で開けた穴ですの。虫は、こんなに行儀よく直線には食べませんわ」
会場の、息を呑む音。
二番、甲冑。三番、葡萄酒杯。四番、先々代の剣——
一組ずつ、布を引き、根拠を示し、判定を読み上げていく。途中、名乗りを上げた鑑定人が三人、壇に上がった。二人は検分の末に「……三日月堂の判定に、同意する」と記録に署名した。一人は左の品を本物と言い張り、では、と私が虫食いの穴に絹糸を通してみせると(直線の穴は、糸が通り抜けますのよ)、客席の失笑の中で署名して降りた。
三十七組目の布が引かれた時、大広間の空気は、完全に決していた。
「——以上、三十七点。すべて写し。そして本歌三十七点が、現にこうして在る以上」
私は、貴族席に向き直った。
「『三日月堂が写しを作った』という巷の御説には、ひとつ大きな穴がございますわね。写しを作った者が、本歌を三十七点も、わざわざ買い戻して保管する理由がございまして? 贋作師の目的は、本歌と写しを入れ替えて、本歌を売ることですのよ。さて——この十年、それを為さったのは、どなたかしら」
検事補が立ち上がり、よく通る声で読み上げた。
横流し三十一件の対応表。アンナ・モローの証言と、十年分の指示書。蝋封の印章の鑑定結果——ユディト・メルローズ公爵夫人の薬指の印章と一致。
「で……出鱈目よ! その侍女が、妾の印章を盗んで……!」
「奥様」私は、静かに申し上げた。「指示書の一通に、こうございますの。『蒼玉は天秤に出すな。あれだけは、わたくしが直接動かす』——侍女が捏造したにしては、ずいぶんあなたの焦りに詳しい文面ですこと。それに、暁の雫が質入れされた夜の名義と日付は、当店の台帳に。あなたが先日、ロザリーを取り戻しに寄越した記録も、当店の台帳に。全部、繋がっておりますのよ」
ユディトの扇が、止まった。とん、とん、と叩いていた薬指ごと。
父が、ゆっくりと立ち上がった。彼は妻を見ず、壇上の本歌たちを見ず、私だけを見た。
「……ヴィオレッタ。ひとつだけ、答えてくれ。五ヶ月前の夜会の夜——お前は、何も盗っていなかった。それだけ、確かめさせてくれ」
「お父様。それを確かめる機会は、五ヶ月前にもございましたわ。あなたが捨てたのは娘ではなく、確かめる手間ですの」
父は、立ったまま、目を閉じた。長い、長い沈黙ののち、彼は警吏に向かって、はっきりと言った。
「メルローズ家当主として、告発に同意する。……家内の、罪も含めてだ」
*
閉会の間際。
青ざめて席を立てずにいるファルジェ家の若様の前に、私は小箱を一つ、運ばせた。
「クレマン様。最後に、当店から一点だけ、ご紹介の品がございますの」
蓋を開ける。
金剛石の指輪。五年前に流質となり、祖母が買い戻した——ファルジェ家の、本物。
「あなたが硝子を贈ってくださったお陰で、わたくしの目は世間様に知っていただけましたわ。その節のお礼に、本物の在処をお教えしますの。当店の蔵に、ございましてよ。——買い戻しをご希望でしたら、元利込みで金貨八百枚。お支払いは、一括で?」
会場のどこかから、堪えきれない笑い声が弾けた。マルゴさんですわね、あれは。
クレマンは、口をぱくぱくとさせ——やがて、がっくりと首を垂れた。
「……分割は」
「お断りですわ」
お読みいただき、ありがとうございます。
公開鑑定、三十七組、完売——いえ、「完査定」でございました。
次回、第30話『わたくしの査定は、変わりませんわ。——お流れ、ですわ』——
第1部、最終話。清算の締めくくりですの。




