第27話:『でしたら法廷ではなく、査定台で決着いたしましょう』
蔵の壁の謎は、ひとまず棚上げになった。
奥の壁は厚い樫の板張りで、叩けば確かに、奥に空洞の気配がある。けれど継ぎ目も鍵穴も見当たらず、テオの腕をもってしても「壊さずに開ける口が、見つからねえ」。
「壊しますの?」
「だめだ。この板の組み方、めちゃくちゃ上等なんだ。無理にこじれば、中の物ごと傷む仕掛けかもしれねえ。……ばあちゃんなら、やりかねねえ」
同感ですわ。お祖母様の仕掛けに、雑なものはない。
開け方には必ず、正しい鍵がある。それが見つかっていないだけ。
——そして今は、壁より先に、看板の防衛戦だ。
*
翌日、私は宝物院で記者と貴族たちを前に、正式に発表した。
「先日来、巷で囁かれております『三日月堂贋作家業説』について、当店は一切を否定いたしますわ。つきましては——公開鑑定を開催いたします」
会場がどよめく。
「演目は、メルローズ公爵家の鑑定で『写し』と判じた三十七点。場所は王立宝物院の大広間。観覧は自由。鑑定の根拠は一点ずつ、その場で実演してご覧に入れますの。そして、当店の目に疑義をお持ちの鑑定人の方は、どなたでも壇上へどうぞ。反論は大歓迎。ただし、ひとつだけ条件がございますわ」
私は、客席を見渡した。
「壇上での発言は、すべて記録いたします。後日、判定が覆った場合——間違えた側は、その記録ごと、ご自分の看板で責任をお取りになって。当店は、それを賭けておりますの。目に職を賭けない鑑定人の言葉は、査定額ゼロですわ」
翌朝の新聞は、面白いくらいに割れた。
『下町の女鑑定人、世論に宣戦』『無謀か、潔白の証か』『貴族家の醜聞、白日の下へ』。
賭場では早くも、わたくしの勝ち負けに金貨が積まれているらしい。王都の皆様、お元気なこと。
*
「——派手にやったものだ」
夜、黒外套の常連客が、苦笑とともに帳場の前に座った。
「だが、良いのか。公開の場で三十七点を『写し』と立て直しても、怪文書の核心——『その写しを作ったのは三日月堂一味だ』という嘘は、直接には潰せん。連中は言うだろう。『見事な鑑定だ、作った本人だからな』と」
「ええ。ですから殿下、本日は仕入れのご相談ですの」
「仕入れ?」
「公開鑑定の壇上に、写し三十七点と並べて——本歌を、並べますわ」
殿下の眉が、上がった。
「本歌? メルローズ家の本物は、十年かけて売り払われたのだぞ。黄金天秤の競売で、王都中の——いや、国外の好事家の手にまで渡っているかもしれん品を、今から買い戻すと?」
「買い戻しではございませんの。呼び戻しですわ」
私は、黄金天秤の顧客名簿の写しを開いた。
「名簿には、委託の記録だけでなく、落札者の記録もございますの。三十八件の『本物』を、誰がいくらで競り落としたか。全部、ここに。——落札者の皆様は今、青くなっておられるはずですわ。黄金天秤で買った品は、贋作かもしれないと王都中が騒いでいる最中ですもの」
「……なるほど。読めたぞ」
「ええ。当店から落札者の皆様に、文をお出しいたしますの。『お手元の品、無償で真贋鑑定を承りますわ。本物と確認できた品には、宝物院指定鑑定所の鑑定書をお付けします』——と。贋作疑いで紙くず寸前の買い物が、お墨付きで蘇りますのよ。断る理由が、ございまして?」
「そして、その鑑定の場で品を借り受け、公開鑑定の壇上に『本歌』として並べる、か。持ち主は鑑定書のために喜んで貸し、あなたは買い戻しの金貨一枚も使わず、三十七組の本物と写しの並びを手に入れる」
「ふふ。商いは、双方が儲かる形が一番長持ちいたしますの」
殿下は、しばらく黙って私を見ていた。それから、妙にあらたまった声で言った。
「……ヴィオレッタ殿。前々から思っていたが、あなたは敵に回すと恐ろしいな」
「あら。お味方には、お安うございますのよ。常連様割引もございますし」
「では常連として、ひとつ買わせてもらおう。公開鑑定の壇上の警備と、品の輸送は宝物院が持つ。——それと」
殿下は、帳場に小さな包みを置いた。中身は、艶のある古い革の手袋。鑑定用の、最上等の品。
「開店祝いを、まだ渡していなかった。……いや。正しくは、開戦祝いか」
*
その夜更け。
帳場の灯りを落とす間際、私は無意識に、胸元の片眼鏡を磨いていた。祖母の形見。毎晩の癖だ。
ふと、テオが手元を覗き込んだ。
「……姐さん、そのモノクル、裏蓋あるんだな。蝶番、めちゃくちゃ細けえ……これ、相当な細工師の仕事だぜ」
「裏蓋? 鏡板のことかしら。レンズの裏当ての」
「いや、違う。ここ、よーく見て。縁の三日月の彫りの、影んなってるとこ。継ぎ目が、一本多い」
片眼鏡を、灯りにかざす。縁の彫りの陰に——言われなければ一生気づかない場所に、髪の毛ほどの継ぎ目が、確かに、あった。
三日月の、継ぎ目。
査定台の手配、整いました。そして手元の形見に、思わぬ継ぎ目が。
次回、第28話『裏蓋の鍵と、蔵の最奥。——ただいま帰りました、お祖母様』——
お祖母様の「まだ早い」の、期限が参ります。
形見の継ぎ目にぞくりとした方。ブックマークで、次の扉までお付き合いくださいまし。




