第23話:『お父様の蔵から、贋物が三十七点出てまいりましたわ』
メルローズ公爵邸の門は、記憶より小さく見えた。
五ヶ月前、この門を出た時、私の手には遺言状が一通きりだった。今日は、宝物院の委嘱状と、鑑定道具の革鞄と、見習いが一人。
「で、でっか……姐さんち、城じゃん……」
「元・ですわ。背筋をお伸ばしなさいな。本日のあなたは、指定鑑定所の助手ですのよ」
玄関広間には、両陣営が顔を揃えていた。
債権者団の代理人たち。立ち会いの宝物院書記官殿。そして——五ヶ月ぶりの、家族だったもの。
父は、痩せていた。
ユディトは、変わらず完璧に装っていた。完璧すぎる、と言うべきか。家計が傾いた家の夫人の装いとしては、耳元の真珠が、些か礼を失している。
ロザリーは、私と目が合うなり、ぷいと顔を背けた。
「……ヴィオレッタ」
父が、何かを言いかけた。私は一礼で、それを遮った。
「本日は宝物院指定鑑定所として参上いたしました、三日月堂のヴィオレッタですわ。债権者団のご要求に基づき、当家——メルローズ公爵家所蔵品の担保価値を査定いたします。私情は、持ち込みませんの。どうぞ皆様も、そのおつもりで」
「お待ちになって」
ユディトが、滑るように進み出た。微笑みは、絹のように完璧だった。
「鑑定はお受けいたしますわ、ええ、もちろん。ただ——勘当された娘が、よりにもよって生家の査定だなんて。遺恨による不当な評価を疑われては、お互いの不幸でしてよ? 鑑定人の交代を、宝物院に願えませんこと?」
「ご懸念はごもっともですわ、奥様」
私は、書類を一枚、掲げた。
「ですから本鑑定は、全点について根拠を文書で添付いたします。判定にご不服があれば、宝物院の再鑑定を請求できますの。再鑑定でわたくしの査定が覆れば、当店は指定を返上いたしますわ。——目に、職を賭けますの。これ以上の担保を、ご用意できる鑑定人が他におりまして?」
ユディトの微笑みは、揺らがなかった。
ただ、扇を持つ手の、薬指が一度だけ、とん、と柄を叩いた。あの夜会の晩と、同じ癖。
*
鑑定は、二日がかりだった。
大広間。東翼。書庫。宝物蔵。
目録にして百四十六点。私は一点ずつ、片眼鏡で検分し、テオが寸法と特徴を読み上げ、書記官殿が記録した。
聖母画。——写し。絵具の亀裂が浅すぎる。
大広間の甲冑。——写し。革紐だけ古物を流用した、巧妙な仕事。
葡萄酒杯の一揃い。——写し。
先々代の剣。——写し。
真珠の頸飾り。——写し。
継ぎ目には、ことごとく、横倒しの三日月。
二日目の夕刻、私は広間に戻り、結果を読み上げた。
「目録百四十六点中——真作百九点。写し、すなわち贋作、三十七点」
広間が、凍った。
「贋作三十七点の内訳は、別紙の通り。いずれも当家の目録上は『先代以前からの伝来品』。されど制作年代はいずれもこの十年以内。担保価値は、目録評価額の合計・金貨九千二百枚に対し——認められるもの、ゼロですわ」
債権者代理人たちの間から、呻きが漏れた。九千二百枚の担保が、紙風船だったのだ。
「ば……馬鹿な」
父が、よろめくように一歩、出た。
「写し、だと……? あの聖母画は、わしの母が嫁入りで持参した……剣は、先々代が陛下より拝領した……それが、贋物? 十年以内? あり得ん、蔵の鍵は、家の者しか……」
「お父様」
私は、声を落とした。
「ですから、家の中のどなたかが、為さったのですわ」
広間の視線が、ゆっくりと、一人の夫人に集まった。
ユディトは——笑っていた。完璧な、絹の微笑のまま。
「あらあら。皆様、なんて目で妾をご覧になるの。……旦那様、お気を確かに。これはこの娘の復讐ですのよ? 勘当の意趣返しに、家伝の品を贋物と言い立てているだけ。ねえヴィオレッタさん、その『写し』とやらの根拠は、結局あなたの目だけなのでしょう?」
「いいえ、奥様」
私は、最後の一枚の覆い布に手を掛けた。
「根拠は全点、文書で添付すると申し上げましたわ。そして三十七点には、目以外の根拠が、ひとつ共通してございますの」
布を、引く。
現れた甲冑の、籠手の継ぎ目。拡大鏡の下の、小さな小さな刻印を、書記官殿が衆目に回した。
「横倒しの、三日月。——職人の署名ですわ。同じ署名の贋作が、つい先日、北の堀沿いの工房から三十一点、宝物院に押収されておりますの。これより当家の三十七点と、押収品の作り手の同定に入ります。作り手が割れれば——」
私は、絹の微笑を、まっすぐに見た。
「注文主も、割れますわね?」
扇の柄を、薬指が——とん、とん、と二度、叩いた。
里帰りの手土産は、贋作三十七点の目録でございました。
次回、第24話『この三日月の継ぎ目は、職人の「署名」ですわ』——
写し師の正体に、一歩近づきます。
生家の蔵から贋物が出た瞬間、にやりとしてくださった方へ。☆を一つ。




