第20話:『目玉のお宝冠——贋作と盗品で、査定額ゼロですわ』
大競売の会場は、満員だった。
貴族、豪商、好事家。三百の椅子が埋まり、立ち見が壁を埋める。壇上には天鵞絨の台座、その上に、燭光を浴びて輝く黄金の宝冠。
「——さて皆様、お待ちかねの目玉でございます!」
ドラモン男爵は、上機嫌の絹声だった。
「『先王妃ゆかりの宝冠』! そして本日は特別に、王立宝物院指定・三日月堂の女主人をお招きし、皆様の御前で鑑定の儀を執り行います! さあどうぞ、女主人どの、壇上へ!」
拍手。好奇の視線。あちこちの席に、目つきでそれと分かる「高名な鑑定人」の方々。
絵に描いたような賭場に、私は一礼して、登った。
「では——査定を、始めますわ」
片眼鏡を着ける。
会場が、静まった。
黄金の打ち出し。七つの蒼玉と真珠。内張りの天鵞絨。台輪の継ぎ。
……ふふ。なるほど、これは。
「お伺いいたしますわ、男爵様。この宝冠の由緒を、いま一度、皆様に」
「無論! 二十年前の戴冠五十年祭で先王妃陛下が戴いた宝冠の同型品として、さる名家より委託された逸品でございます!」
「同型品。結構な言葉ですこと。——皆様、三点だけ、ご一緒にご覧くださいまし」
私は宝冠を、衆目に掲げた。
「一点目。台輪の内側の継ぎ目。横倒しの三日月の刻印がございますわ。これは王都の市場に出回るある種の『写し』に共通する、職人の署名。同じ刻印の品が、本日の出品目録だけで他に四点」
ざわ、と会場が揺れた。鑑定人の一人が立ち上がりかけ——殿下が手配した会場係に、丁重に着席させられる。
「二点目。七つの蒼玉のうち、中央の一つだけが本物ですの。残り六つは上等な鉛硝子。面白いのはその本物——石の腰の彫り癖に、見覚えがございますわ。十五年前に東街の宝石商から盗難届の出ている『青の七姉妹』の三女と、寸分違わぬ特徴。盗品手配書の写しは、こちらに」
ざわめきが、どよめきに変わる。
「そして三点目。これが一番、肝心ですわ」
私は、宝物院の保管記録を掲げた。
「『先王妃の宝冠』の本歌は、二十年前から王宮の宝物庫に在庫。出庫記録なし。つまりこの品は、写しであることを隠して『ゆかりの品』と装った贋作であり、使われた宝石は盗品であり——由緒書きは、今年漉かれた紙に書かれた創作ですの」
私は片眼鏡を外し、満場に向かって、にっこりと微笑んだ。
「査定、確定いたしましたわ。目玉のお宝冠——贋作と盗品で、査定額、ゼロ」
会場が、爆発した。
悲鳴。怒号。「私が先月競り落とした壺は!?」「うちの絵は!?」——三年分、五年分の「お買い上げ」の記憶が、客席のあちこちで音を立てて崩れていく。
「で、でたらめだ!!」
ドラモン男爵が、絹を脱ぎ捨てて吠えた。
「下町の小娘の言いがかりですぞ皆様!! 保管記録だと? 紙切れ一枚、いくらでも——」
「その紙切れの発行元として、申し上げる」
会場の後方で、黒外套がはらりと落ちた。
青の正装。銀の飾緒。割れるようなどよめきの中、ルシアン殿下はゆっくりと壇へ歩を進めた。
「王立宝物院総裁、ルシアン・ド・アルディス。本鑑定は宝物院の委嘱による正式なものだ。——そして、たった今届いた報せを諸君と分かち合いたい。本日同時刻、宝物院は北の堀沿いの某工房に臨検を執行した」
殿下は、書記官の差し出す書面を読み上げた。
「押収品、未完の『写し』三十一点。古色づけの顔料と道具一式。由緒書きの版木と、書きかけの証書の束。それから——彫り消し途中の、王家の略紋入り銀器が二点。以上」
ドラモン男爵の顔から、色というものが消えた。
「ち、違う……あれは、私は、仕入れただけで……鑑定は、専門家が……わ、私も騙されて……!」
「あら、男爵様」
私は、帳場の声で申し上げた。
「先日わたくしに仰いましたわね。『由緒というのは、私が値段をつけるんですよ』——と。あの夜のお言葉、当店の台帳に、日付つきで記録してございますの」
ジラール警吏長が、偶然にも会場に居合わせた偶然にも非番の警吏十名と共に、壇へ上がった。
「オーギュスト・ドラモン。詐欺、盗品故買、および文書偽造の容疑だ。——五年、待った」
縄を打たれる男爵の横で、私は宝冠を、そっと天鵞絨の台座に戻した。
哀れな品だ。贋作に罪はない。罪はいつも、値札を貼った手にある。
「皆様、お騒がせいたしましたわ。最後に、当店から一言だけ」
私は満場に向かって、一礼した。
「お手元の品の真贋にご不安のある方は——下町ラトン街、三日月堂まで。正しい査定は、いつでも開店しておりますの」
*
その夜。黄金天秤の帳場から押収された分厚い顧客名簿を、書記官殿が宝物院で整理していた。
委託者の頁を繰っていた殿下の手が、ふと、止まる。
「……ヴィオレッタ殿。これを」
差し出された頁には、十年に亘る委託の記録。委託者の欄に、几帳面な筆跡で、繰り返し繰り返し、同じ署名があった。
『U・メルローズ』。
そして委託品の最後の行に——『蒼玉の首飾り。委託予定。未着』。
「……あら」
わたくし、笑ってしまいましたわ。
お義母様。あなたの売り場は、いま、燃え落ちましたのよ。
お読みいただき、ありがとうございます。
第2章「黄金天秤編」、本日はここまで。査定額ゼロのお宝冠と共に。
次回、第21話『顧客名簿の「U夫人」……ずいぶん羽振りがよろしいこと』——
第3章「公爵家清算編」、開幕ですわ。




