第19話:『競売の壇上ほど、査定に向いた舞台はございませんわ』
大競売を三日後に控えた夜、三日月堂の奥の間に、妙な顔ぶれが揃った。
帳場側に、私とテオとマルゴさん。
客側に、黒外套姿のルシアン殿下と、宝物院の書記官殿。そして——所用で通りかかっただけ、という体裁を最後まで崩さない、私服のジラール警吏長。
「……言っておくが、私は非番だ。ここにいるのは偶然で、茶を飲んでいるだけだ」
「ええ、警吏長殿。当店のお茶は偶然にもよく出ますの。——では、棚卸しを始めますわ」
私は、壁に大きな紙を張り出した。
「目標はただ一つ。大競売の壇上で、黄金天秤の商いの正体を、誰の目にも否定できない形で開示すること。手札は、四枚ですわ」
一枚目。由緒書きの解剖。
紙の産地と年代、量産の印影、文案の癖。ご隠居の保証書を筆頭に、被害者七名から預かった証書二十一通、すべて同じ工場の製。
二枚目。テオの記憶。
四年間に運んだ木箱、三十六箱。焼き印、日付、品物の特徴。書記官殿が三晩かけて調書に起こしてくださった。特筆すべきは、彫り消し前の王家の略紋の銀盃——そして調書の一行目には、約束どおり『証言者は当時、強要された被害者である』の一文。
三枚目。裏台帳。
祖母の三十年。黄金天秤の出品と「写し」の対応表。ただし、これは表に出す順番が肝心だ。出所を問われれば、店ごと標的になる。
「裏台帳は、最後の札ですわ。できれば壇上では使わずに勝ちます。使う日は、もっと値打ちの出る局面に取っておきますの」
そして四枚目。
「宝物院の臨検権」殿下が引き取った。「テオ君の調書を根拠に、北の蝋燭工房への臨検令を、総裁名で発行した。執行は競売当日の同時刻。工房と競売場、両方の品を同時に押さえる。——時間差を与えれば、証拠は水路から消えるのでね」
「同時刻、ですか」ジラール警吏長が湯呑みを置いた。「宝物院の臨検には、現場保全の人手が要りますな。……偶然、当日非番の警吏に心当たりが十人ほどある。偶然、全員、五年前の捜査を畳まれた口だ」
偶然の多い夜ですこと。
「それで、肝心の壇上は?」マルゴさんが煙管を構え直した。「あんた一人で乗り込んで、『これは贋物です』って叫ぶのかい? 連中の庭だよ。摘み出されて終わりさ」
「叫びませんわ。招かれて、登壇いたしますの」
私は、金縁の招待状を卓に置いた。二週間前、黄金天秤から届いたものだ。
「ドラモン男爵は、当店を潰す絵を二つ描いておりますわ。一つは脅しと兵糧攻め。これは失敗。もう一つが——公開処刑ですの。招待状の文面をご覧になって。『目玉出品「先王妃ゆかりの宝冠」の鑑定披露に、新進気鋭の目利きのご臨席を賜りたい』」
「……つまり、壇上であんたに宝冠を鑑定させて」
「ええ。わたくしが『本物』と言えば、宝物院指定鑑定所のお墨付きを只で手に入れられる。『贋物』と言えば——あらかじめ仕込んだ『高名な鑑定人』たちに袋叩きにさせて、下町の小娘の目は節穴と、公開の場で当店の看板を割る。どちらに転んでも男爵の勝ち、という賭場ですわ」
「分かってて、行くのかよ……」テオが呻く。
「分かっているから、行きますのよ。向こうが用意してくださった壇と客と高名な鑑定人——全部、こちらの開示の舞台に使えますもの。競売の壇上ほど、査定に向いた舞台はございませんわ」
*
散会の後、殿下だけが、少し残った。
帳場の灯りの下で、彼は一通の古い書面を取り出した。
「……これを、先に見せておく。宝物院の保管記録だ。『先王妃の宝冠』は二十年前、戴冠五十年祭の後に王宮の宝物庫へ納められた。出庫の記録は、ない」
「まあ。では黄金天秤の『先王妃ゆかりの宝冠』は——」
「出庫記録のない品が市場にある時点で、答えは三つしかない。写しか、盗品か、その両方か。……ヴィオレッタ殿。壇上であなたが開けるのは、商会一つの蓋ではない。王宮の蔵の蓋だ。引き返すなら、今夜が最後だが」
ご親切な、最終確認ですこと。
私は片眼鏡を、きゅ、と磨き上げた。
「殿下。質屋の帳場には、鉄則がございますの。蓋を開けずに査定はできない——以上ですわ」
殿下は一拍おいて、それはそれは愉しそうに笑った。
「……ああ、まったく。十年探した甲斐があった」
決戦は、三日後。
黄金天秤、大競売。演目は『先王妃ゆかりの宝冠』。
お客様には、とびきりの査定をご覧に入れますわ。
お読みいただき、ありがとうございます。
役者と書面、揃いましてございます。
次回、第20話『目玉のお宝冠——贋作と盗品で、査定額ゼロですわ』——
第2章、決着の壇上へ。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




