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婚約破棄された公爵令嬢は、下町で質屋を継ぎました 〜ところでその婚約指輪、贋物ですわよ?〜  作者: 朝比奈ミナ


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第16話:『その「由緒書き」、紙が今年の漉きたてですわよ』

 反撃の第一歩は、敵の商品を知ることから。

 幸い、材料は揃っていた。油問屋のご隠居が預けてくれた青磁の香炉と保証書。下見会で記憶してきた由緒書きの数々。そして、ジラール警吏長が「参考までに」と回してくれた、過去五年の被害相談の記録。


 帳場に紙を広げ、私は片眼鏡を磨いた。


「テオ。これから当店は、黄金天秤の『由緒書き』を解剖いたしますわ」


「かいぼう」


「ええ。嘘にも、作り方の癖がございますの。癖が分かれば、量産された嘘は、芋づるで掘れますわ」


 まず、紙。

 ご隠居の保証書の紙は、厚手の上質紙に蝋引き。一見、年代物の風格。けれど繊維の目が若い。漉き桁の癖から見て、王都の北で漉かれた、ここ一、二年の紙だ。三年前の競売で「古文書付き」として売られた品の証書が、売られた年より新しい。


「笑ってしまいますわね。三百年前の由緒を、今年の漉きたてに書くなんて」


 次に、墨と手。

 由緒書きの筆跡は数種類あるが、文章の癖は一つだった。年号の書き方、敬称の選び方、「ゆかり」「伝来」「いわれ」の使い分け。書き手は複数でも、文案の元締めは一人。


 そして、印。

 保証書の隅に押された「鑑定済」の朱印。印影の縁が、どれも判で押したように同じ欠け方をしている。同じ版木から彫り出した、量産の印章だ。


「つまり、ですわ」


 私は調べを一枚の紙にまとめた。


「黄金天秤の『由緒』は、北の紙、一人の文案、量産の印で、工場のように作られておりますの。あとは、その工場の場所と職人を、書面で押さえるだけ」


「……工場なら」テオが、ぽつりと言った。「俺、入ったことある」


 *


 北の堀沿い、蝋燭工房。

 テオの記憶を、私は一枚の見取り図に描き起こさせた。表は本当に蝋燭を作っている。だが奥の二間が古色づけの作業場で、地下が倉庫。品物の出入りは夜、堀の水路から。


「で、でもさ、姐さん。倉庫ん中までは、官憲だって入れないだろ。令状ってのが要るんだろ? 五年前は『上から畳まれた』って……」


「ええ。ですから今回は、畳めない筋から参りますの」


 夕刻、店の奥の間。

 約束どおりの刻限に、目立たない辻馬車で、ルシアン殿下がお見えになった。今日は黒外套の常連客の装いだ。そのほうが落ち着く、と仰る。王弟殿下の落ち着く先が下町の質屋の奥の間というのは、王国の行く末として いかがなものかしら。


「——ほう。由緒書きの量産体制、紙の産地、工房の見取り図。二週間と言ったが、三日でここまでか」


「当店、納期の前倒しがお家芸ですの。それで、殿下にお願いがございますわ」


「言ってみるといい」


「宝物院令の臨検権について、確認させてくださいまし。宝物院は、王家ゆかりの品の真贋に疑義がある場合、保管場所の如何を問わず、品物の検分を命じられる——条文には、そうございますわね?」


 殿下の目が、すっと細くなった。


「……なるほど。警吏の令状が畳まれるなら、宝物院の臨検で入るか。あの工房に王家ゆかりの品が一点でも持ち込まれた形跡があれば、根拠は立つ」


「形跡なら、ございますのよ」


 私は、一枚の書き付けを差し出した。テオの証言の記録。三年前、彼が運ばされた木箱の中身——彫り消し前の、剣と星の紋が刻まれた銀盃。


「王家の略紋の品が、欠け月の焼き印の木箱で、あの工房に運ばれましたの。運んだ本人の証言つき。これで、入り口は立ちましてよ」


「……三日月堂。ひとつ、聞いておきたい」


 殿下は書き付けから目を上げた。


「この証言者は、当時、品物の素性を知らずに運ばされた子供だ。臨検の根拠に使えば、その子の過去が、書面に残る。あなたはそれでも使うのか」


 よくぞ、聞いてくださいました。

 その問いをなさる方だから、私はこの筋にお願いするのだ。


「使いますわ。ただし、条件がございますの。証言調書の作成は警吏ではなく宝物院の書記官が行うこと。証言者の名は封印扱いにすること。そして——証言者が当時強要された被害者である旨を、調書の一行目に書くこと。順番が大事ですのよ。罪の告白ではなく、被害の届け出として綴じてくださいまし」


「……承知した。書記官には、私から言っておこう」


 殿下は書き付けを丁寧に仕舞い、それから、ふっと表情を緩めた。


「あなたの査定は、品物より、人の扱いのほうが丁寧だな」


「あら。品物の値打ちは間違えても直せますけれど、人の値打ちを間違えた書面は、一生ものですもの」


 私にも、覚えがございますの。何しろ「家宝泥棒」と書かれた身の上ですから。


 仕込みは、進む。

 残る大物は、二つ。倉庫の中身の特定と——あちらが大競売に出す『先王妃ゆかりの宝冠』の正体だ。


 そして、その翌日。

 店先に、思いもよらない客が立った。

 豪奢な外套。見覚えのある桃色の髪。傲然と顎を上げて、けれど目の奥に隠しきれない焦りを滲ませた——


「……お久しぶりですわね、お姉様?」


 異母妹の、ロザリーだった。


お読みいただき、ありがとうございます。

由緒書きの解剖、ご清覧いただけましたかしら。


次回、第17話『お久しぶりね、ロザリー。お探し物は「蒼玉」かしら?』——

実家のほうから、歩いてまいりましたわ。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。

利息は次話で、必ずお返しいたします。


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