第17話:『お久しぶりね、ロザリー。お探し物は「蒼玉」かしら?』
「相変わらず、辛気くさいお店」
ロザリーは挨拶の代わりにそう言って、店内を見回した。扇の先で、棚の鍋を、つん、とつつく。
「鍋ですって。質屋って、鍋なんかも置くんですのね。お姉様も、ずいぶんとお似合いの場所に納まったこと」
「ようこそ、三日月堂へ。本日はどのようなご用件かしら。鍋の質入れでしたら、相場は銀貨二枚からですわ」
「……っ、誰が鍋なんか!」
扇が、ぱしりと閉じられた。
焦りが顔に出るのが、昔から早い子なのだ。
「単刀直入に言うわ。この店に、うちの『暁の雫』があるはずよ。出してちょうだい。今すぐ」
あら。
あらあら。まあ。
「妙なことを仰るのね。『暁の雫』は、わたくしが盗んで質に入れた——そういうお話ではございませんでしたかしら。盗品でしたら、警吏に届け出てお探しになるのが筋ですわ」
「そ……それは……」
「それとも、質札をお持ちで? 質草のお引き取りには、質札と、名義人ご本人のご来店が必要ですの。名義人のお名前は、なんと仰って?」
ロザリーの顔が、白くなったり赤くなったりした。
質札はアンナが持っている。名義もアンナ。そして「アンナを取りに行かせればいい」と言えないのは——アンナに何の名目で行かせたかを、口にできないからだ。盗まれたはずの家宝を、屋敷の侍女が質入れした。その筋書きの矛盾に、この子はいま、店の敷居の上で気づいている。
「~~っ、いいから出しなさいよ! 家族でしょう!?」
「あら。わたくし、勘当されておりますの。あなたのお家の式典で、ですわよ? お忘れ?」
「~~~~っ」
ロザリーは地団駄を踏みかけ、すんでで令嬢の体裁を取り繕った。それから、声を一段低くした。こちらが本題、という声だ。
「……ねえ、お姉様。あの首飾り、本当に、ここにあるんでしょう? お願い。今月中に要るのよ。お母様が、どうしてもって……」
「ユディト様が? なぜかしら」
「し、知らないわよ、そんなこと! とにかく、お金ならクレマン様が……ファルジェ家が、その、いずれ……」
いずれ。
婚約者の家の名前を出すのに、「いずれ」をつけなければならない。なるほど、ファルジェ家の台所事情は、あの贋作指輪のとおりということ。
「ロザリー。質屋として、一般論を申し上げますわね」
私は帳場に肘をつき、ゆっくりと言った。
「質草というものは、借りたお金を返せば戻ってまいりますの。金貨三千枚と利息。名義人がお持ちになれば、明日にでも。——逆に申せば、それ以外の方法では、戻りませんわ。家族の情でも、脅しでも、扇で鍋をつついても、ですの」
「……っ、後悔するわよ。お母様は、お姉様が思ってるような方じゃないんだから。あの方、本気になったら——」
ロザリーは、そこで言葉を呑んだ。
言い過ぎた、という顔。それは図らずも、本日いちばんの収穫だった。娘は、母を怖がっている。
「ご忠告、痛み入りますわ。お帰りはあちらよ」
扉が乱暴に閉まり、鈴がしばらく鳴り止まなかった。
*
「……ね、姐さん。今の、妹? 性格わっる」
「あの子は、いいのよ。昔から、ああいうふうに育てられただけですもの」
怖いのは、育てた側だ。
今月中に金貨三千枚。ユディトが急いでいる。黄金天秤という換金路が傾き、競売も来月。資金繰りの川が、あちこちで詰まり始めている。詰まった川は、必ずどこかで溢れる。溢れた水は——一番低い場所に流れ込む。
夜、私は蔵で裏台帳を開いた。
今度こそ、公爵家のページを。
武器として使う日が来たら開くと決めていた。実家のほうから店に歩いてきた以上、その日はもう、来ているのだ。
『○年花月。メルローズ公爵家。東翼の間の聖母画。写し』
記録は、十年前から始まっていた。
十年前——ユディトが後妻に入った、翌年だ。
一行ずつ、品目を確かめる。聖母画。甲冑。真珠の頸飾り。葡萄酒杯の一揃い。先々代の剣。年に二、三点ずつ、淡々と、規則正しく。まるで月々の家賃のように、メルローズ家の蔵から本物が抜かれ、写しが納まっていった。
そして、最後から二行目。
日付は、一年半前。
『蒼玉の首飾り『暁の雫』。写し、発注の動きあり。職人、受けず』
……受けず?
あの三日月の署名の職人が、暁の雫の写しだけは、作らなかった。
だから屋敷の暁の雫は本物のまま残り、すり替えで処分できず——盗難事件を、でっち上げる必要があった。濡れ衣の理由が、帳面の上で、かちりと音を立てて嵌まった。
最後の一行は、震える細い字だった。
『あの子が疑われた。わたしの記録が、あの子を守る日が来る。その日まで、この帳面は開かせない』
……お祖母様。
あなたの貸付は、本当に、取りこぼしがありませんのね。
私は頁を閉じ、片眼鏡を仕舞った。
涙は、こぼさなかった。こぼす代わりに、算盤を一つ、強く弾いた。
パチン。
査定対象が、増えましたわ。
黄金天秤の向こう側——お義母様、あなたの帳尻も、わたくしが合わせて差し上げます。
お読みいただき、ありがとうございます。
裏台帳・公爵家のページ、ついに開封いたしました。
次回、第18話『テオ。あなたの目は、盗むためでなく見抜くためにありますのよ』——
その前に、うちの見習いの古傷に、決着をつけませんと。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




