第15話:『王立宝物院総裁・ルシアン・ド・アルディス。——この店の目は、本物だ』
「ルシアン・ド・アルディス」
青の正装の人は、店先の往来のただ中で、はっきりと名乗った。
「王弟。および——王立宝物院総裁」
下町が、静まり返った。
王弟殿下。国王陛下の実弟。王家の宝物と、王国中の美術品・古物の真贋を統べる宝物院の、頂点。
それが、幾度も黒外套で下町の質屋に通い、懐中時計だの古銭だのを査定させていた。
「……道理で」
私は、溜息を一つだけ、つかせていただいた。
「お持ち込みの品が、毎度、試験問題のようでしたわ」
「実際、試験だった」殿下は悪びれもしない。「宝物院の鑑定人候補には、いつも同じ品を見せる。あの懐中時計の彫り消しに触れた者は、十年で——あなたが、二人目だ」
「あら。一人目の方は、どちらに?」
「半年前に、亡くなった。ラトン街の、質屋の女主人だ」
……お祖母様。
あなたの貸し借りの帳面は、いったいどこまで広がっておりますの。
殿下は表情を改め、懐から一通の書状を取り出した。垂れ下がる組紐と、王家の封蝋。
「本題に入ろう。三日月堂女主人ヴィオレッタ殿。王立宝物院は本日づけで、当店を宝物院指定鑑定所に指定する」
「……指定、鑑定所」
「王宮の蔵に納まる品、王家が下賜した品、国の催事に用いる品。それらの真贋鑑定を、宝物院の名の下に委嘱する民間の鑑定所だ。現在、王都に三軒。いずれも中央市場の大店——下町には、初の指定となる」
ざわめきが、波のように広がった。マルゴさんが拾った煙管をまた落とす。
「畏れながら、殿下。当店は昨日、組合を除名されましたの。鑑札のない店に、その指定は——」
「質商鑑札と鑑定所指定は、根拠法が違う」
殿下は、こともなげに言った。
「鑑札は組合法、指定は王立宝物院令。組合は質屋の開業を止められるが、王命による鑑定業務は止められん。それに——その除名についてだが」
彼は二通目の書状を取り出した。
「臨時総会の議事録を取り寄せた。傍聴席に特定商会の関係者が同席し、複数の組合員が同商会への債務を抱えたまま採決に参加している。強迫および利益相反の疑いとして、宝物院から商務省へ、議決の再審査を申し入れた。結論まで、除名の効力は停止される」
「……手回しの、よろしいこと」
「商人の街で育った訳ではないが、書面の戦は嫌いではなくてね」
涼しい顔で仰るけれど。
議事録の取り寄せも、商務省への申し入れも、一晩でできる仕事ではない。この方は除名の報を聞いてから、夜を徹して紙の山を積んだのだ。下町の質屋ひとつのために。
「理由を、伺ってもよろしくて?」
私は、まっすぐに殿下を見た。
「宝物院の指定も、再審査の申し入れも、王弟殿下のお立場には何の得もございませんわ。黄金天秤は中央に根を張った大商会。敵に回して、釣り合うお取引とは思えませんの」
殿下は——初めて、あの黒外套の夜と同じ目で、笑った。
「先日、あなたは言った。『贋物に本物の値札を貼る手は、正しい値打ちへの信用から盗む』と。……ヴィオレッタ殿。いま王都で、その盗みの被害が最も深い蔵が、どこかご存じか」
「————まさか」
「王宮だ」
彼は声を落とさなかった。落とさずに、言い切った。
「詳細は、いずれ。今日は指定の儀だけだ。受けるか、受けないかは、あなたが決めるといい。ただし——」
殿下は、店の看板を見上げた。三日月の意匠を。
「私は王弟としてではなく、宝物院総裁として言う。十年、この国の目利きを探してきた。先代エルマの目は、もう戻らない。だが」
視線が、私に戻る。
「この店の目は、本物だ。王家が、そう査定した」
*
お受けいたします、と答えた瞬間の下町の歓声は、ここには書き切れない。
マルゴさんは泣きながら笑い、ご隠居は誰彼かまわず胡桃を配り、テオは「うちの姐さんは王家御用達だぞ!」と路地じゅうに触れ回って、夕方には喉を嗄らしていた。
騒ぎが引いた後、殿下は帰り際の馬車の前で、ふと言った。
「ところで。指定鑑定所の最初の業務だが」
「ええ、伺いますわ」
「来月、黄金天秤が大競売を開く。目玉は『先王妃ゆかりの宝冠』だそうだ。——宝物院は、その来歴に確認したい点がある。指定鑑定人として、同行を願いたい」
まあ。
初仕事から、敵の本丸の壇上ですのね。
「謹んで。——では殿下、見積もりを申し上げますわ」
私は、深々と一礼した。
「反撃の査定、開始まで——準備に二週間、頂戴いたします」
お読みいただき、ありがとうございます。
常連様の正体、皆様の予想は当たっておりまして?
次回、第16話『その「由緒書き」、紙が今年の漉きたてですわよ』——
二週間の、反撃の仕込みが始まります。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




