表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢は、下町で質屋を継ぎました 〜ところでその婚約指輪、贋物ですわよ?〜  作者: 朝比奈ミナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/17

第14話:『値札のない棚の品は、どなたにも売りませんの』

 明朝、店を開けずにお待ちいただきたい。

 言付けどおり、暖簾は出さなかった。出さなかったのに——夜明けから、店の前に人が並び始めた。


「マルゴさん。これは、どういう人だかりですの」


「見りゃ分かるだろ」女将は煙管をふかして、にやりと笑った。「お客だよ」


 ポレットさんは、繕い終えた半纏を三枚。油問屋のご隠居は、土産だと言って胡桃の袋。指物師は「直すところはないか」と道具箱ごと。若い母親は、芋の煮っころがしの鍋。

 誰も彼も、質草でもないものを抱えて、閉まった店の前に立っている。


「あのね、お嬢。下町じゃ、鑑札ってのはお上の紙のことでね。店ってのは、人が集まる場所のことを言うんだ。あんたの店は、紙は失くしたが、場所は失くしちゃいないよ」


 ……まったく。

 この街の人々は、査定泣かせだ。値段のつけられないものばかり、抱えてくるのだから。


 *


 精算の準備は、午前のうちに大半が片づいた。預かり質草は、台帳と突き合わせて一点ずつ磨き、返却の包みにする。

 その途中で、テオが蔵の奥から声を上げた。


「姐さーん、この棚のやつも精算すんの? 値札、ついてないけど」


 北側の壁、裏台帳の棚の隣。

 古い飾り棚に、品物が十数点、静かに並んでいた。欠けた湯呑み。子供用の木靴。色褪せた組紐。古い指輪の空箱に——小さな絹張りの小箱がひとつ。


 値札は、ひとつもない。

 代わりに、品物の下に小さな紙片が敷かれ、祖母の字で名前だけが書いてある。


「それは、精算いたしませんわ。売らない棚ですもの」


「売らない棚?」


「質屋の蔵にはね、テオ、ふた種類の品がありますの。値段で預かった品と——約束で預かった品。これは後のほう。流質の期限が切れても、お祖母様が流さずに取っておいた品々ですわ。いつか持ち主が、あるいは持ち主の子や孫が、買い戻しに来る日のために」


 欠けた湯呑みの下の紙片には、私の母の名前があった。

 母が娘時代に使っていた湯呑みだろう。公爵家に嫁ぐ日、置いていったのだろうか。祖母はそれを、捨てずに、売らずに、棚に置き続けた。


「……これも、いつか誰かが買い戻しに来るの?」


「いいえ。これはもう、買い戻されましたわ」


 私は湯呑みを、そっと棚の奥へ押し込んだ。


「わたくしが帰ってきましたもの。お代は、暖簾の続きで払いますの」


 絹張りの小箱には、触れなかった。

 中を検めるのは簡単だ。けれど、紙片の名前が——『ヴィオレッタへ。まだ早い』とあったのだ。まだ早い、と書く以上、開くべき日があるのだろう。お祖母様のなさることに、雑な伏線はない。それが質屋の台帳というものだ。


 *


 午後。

 人だかりがふいに、左右に割れた。


 石畳を鳴らして、馬車が一台、店の前に停まる。

 黒塗りの車体。飾り気はない。けれど扉に刻まれた紋章を見て、ご隠居が腰を抜かし、マルゴさんの煙管が口から落ちた。


 剣と、星。

 ——王家の略紋。


「な、なあ姐さん……あれって、あれって……」


「ええ。最近、別の場所で見た意匠ですわね」


 彫り消される前の姿で、ですけれど。


 馬車の扉が開く。

 降り立ったのは、見慣れた黒い外套——ではなかった。深い青の正装に、銀の飾緒。胸には剣と星と天秤を組み合わせた、見たこともない徽章。


 けれど、その所作を、私の目が忘れるはずもない。

 敷居をまたぐときの、磨かれた足の運び。


「……開店前に押しかける無礼を、まずお詫びしよう」


 常連客の声で、その人は言った。

 下町じゅうの視線が集まる中、彼は私の前に立ち、これまでで一番ていねいに、頭を下げた。


「名乗りが遅れたことも、合わせて」


お読みいただき、ありがとうございます。

売らない棚の絹の小箱は……ええ、わたくしも気になっておりますの。ですが「まだ早い」そうですわ。


次回、第15話『王立宝物院総裁・ルシアン・ド・アルディス。——この店の目は、本物だ』——

黒外套のお客様の、正札しょうふだが明かされます。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。

利息は次話で、必ずお返しいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ